第九話

「あら? リュート様、何かご用ですか?」

「ベルリラ。えへへ、お腹すいちゃって」

「もうすぐおやつのお時間ですから、仕方ないですよね」

 お城の厨房、ぱたぱたと忙しそうに動き回るベルリラに見つかった。お夕飯までまだまだ時間があるのにお腹がすいちゃったからおやつをねだりに来たの。

「もうすぐクッキーが焼けますから、そうしたらお茶にしましょ」

「おや、何を騒いでいるかと思えば。リュート王子、いらしていたのですね」

 厨房の奥の方から、ばあやが出てきた。きっとコックさんたちとお夕飯のお話をしてたんだと思う。ばあやはボクたちのお世話をしてくれる人。父様や母様はばあやのことをお名前で呼ぶけど、サクソルンはうばどのって呼んでるのを聞いたことがある。

「ばあや、こんにちは。えへへ、お腹すいちゃったの」

「それはそれは。すぐにおやつをお持ちしますから、お部屋でしばしお待ちください」

「あのね、見ていてもいい?」

「見ていて面白みがあるとも思えませんが、それでもよろしければどうぞ」

「ありがとう、ばあや」

 ベルリラが出してくれた丸椅子に座って厨房全体を眺める。お夕飯作りに取り掛かり始めた厨房では、コックさんだけじゃなくてばあややベルリラたちメイドさんも忙しそうに動き回っている。

「ねえ、ベルリラ」

「はい? 何でしょう」

「ベルリラっていくつなの?」

 ずっと思っていた疑問を本人にぶつける。メイドとしてはたらいているのは大人がほとんど、それに混じってはたらくベルリラは大人たちよりもボクたちこどもに近い気がする。当の本人は大きな桶に浮かべたお野菜をざぶざぶ洗っているけど。

「わたしですか? 今年で十一になります。だからまだ十歳ですね」

「ええと……」

「さ、算数のお時間ですよ。リュート様とわたしはいくつ歳が離れているでしょうか」

 ボクは今五つ、ネイ兄様は八つ。ボクとネイ兄様は……いち、に、さん、三つ離れてる。ネイ兄様の八つからベルリラの十へは……いち、に。二つ離れてる。三つと二つだから……。

「五! 五つ離れてる!」

「よく出来ました」

「あれ? ベルリラはオフィクレイド兄様よりも年下なの?」

 オフィクレイド兄様はネイ兄様と五つ離れてる、だから十三歳のはず。ついでにバーロン兄様はその一つ上だから十四歳。十歳のベルリラはそんな兄様達よりも年下になる。

「ええ、そうです」

「どうしてお城ではたらいているの。バーロン兄様だってまだはたらいてないのに」

「おうちの決まりなんです。わたしの家では七つになった子どもは王様に仕える事になってます」

「いつまで?」

「男の人だったら死ぬまで、女の人だったら結婚するまで」

「お父さんとお母さんは?」

「実家にいます」

「会えなくて寂しくない?」

「全然。週に一度は父が会いに来てくれますから」

「それって」

「ベルリラ! 手が止まってますよ!」

「おしゃべりが過ぎて怒られちゃいましたね。すみません、王子。仕事に戻らせていただきますね」

「うん、ごめんね」

 泥のついたお野菜を洗う仕事に戻ったベルリラ。お父さんやお母さんと離れていても寂しくないって、本当は寂しいはずなのに。だってボクがここに来てもうすぐ三週間、ナーストロイのお城にももう慣れたけどお父さんに会いたくて会いたくてたまらない。寂しい時は兄様やお城のみんながいるけど、それでも寂しくてたまらないのに。ボクも十歳になればベルリラみたいに強くなれるかな。お父さんの事を思い出して寂しくて泣いちゃう事ことも無くなるかな。

 ネイ兄様と一緒のおやつの時間、焼きたてのクッキーと牛乳を食べながら兄様に聞いてみた。ベルリラのお父さんって誰? って。ネイ兄様も知らないみたい。週に一度は父が会いに来てくれますから。ベルリラは確かにそう言っていた。週に一度お城に来る人ならセタール先生だけど、セタール先生とベルリラが似ているかどうかと言われるとちょっと違う気がする。ベルリラのお父さんって誰だろう。ボクもちょっと会ってみたいかも。

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