「人形のお医者さん」第一話

「……よし、もう関節も元通りだね。お疲れ様、おうちに帰れるよ」
「本当? 良かった! 思ったより早かったね!」
「君が頑張ったからだよ。鳩を飛ばすから、お迎えに来てもらおうね」
「うん!」
 カルテに完治と判子を押して、要連絡ファイルに挟む。今日も一人、俺の手で元通りに治してあげられた事に胸が熱くなる。さて、次の患者さんは、と。
「御機嫌よう、マダム。お加減はいかがですか?」
 椅子に腰掛けた豪奢なドレスのマダムに目線を合わせて跪く。
「御機嫌よう、坊や。坊やのおかげで随分と良くなったわ。私はどれくらいであの子の所に戻れるかしら」
「この調子だと今週中には」
「まあ、そんなにすぐ? これも貴方の腕が良いからね」
「お褒めに預かり光栄です」
 俺の一日はこうして始まる。患者さん一人一人に声をかけて容態を確認する事から。最初は小さかった俺の店も、今ではそれなりに繁盛している。本当は繁盛しない方が、俺の仕事が無い方が良いんだろうけれど、それでも街の人に頼りにされるのは嬉しい。頼りにされているんだ、俺ももっと腕を上げないと。
「おはようナタエナル。気分はどう?」
 最後の一人に声をかける。返事は無い。眠るかのように、あるいは何かを祈るかのように伏せられた瞳。俺がこの店を始めて今まで一度も開かれた事の無い目。
「……今日も駄目か……」
 ぼそりと言葉を漏らす。俺の初めての患者さん、ナタエナル。俺の相棒、ナタエナル。
 ここは人形の国。人形には神が宿り、人の子の歩む道の案内人である、と教会は説く。この国に生まれた子供は親から名前と共に自分だけの人形を贈られる。その人形が共に道を歩む神であり、人の子の人生の相棒として、一生のほとんどを共に過ごす。そして生まれた子供が十歳の誕生日を迎えた時、相棒の人形に魂が吹き込まれる。魔法石と呼ばれる虹色の宝石、神からの授かり物とされるその石を人形に与える事で、人の子の相棒は動き出す。そう、この国に住む人形達は皆動くのだ。俺が今見ていた患者さん達は皆、人形なのだ。何らかの理由で壊れてしまった人形達の傷を治すのが俺の仕事。人形の国の外れにある小さな街で、俺は人形修繕師として生計を立てている。
「……お前は、いつ起きるんだろうね。ナタエナルの寝坊助」
 ぼそりと目の前でぼやいても、伏せられた瞼は開けられた事がない。彼が眠りについて早六年。彼を起こす術は未だ見つからない。俺に人形作りを、人形の修繕を教えてくれた師匠も居ない。
「ねえ、ナタエナル。俺、どうしたら良いんだろうね。どうしたら、お前を治してやれるんだろうね……」
 動かない体を抱き上げる。俺の師匠が、俺の相棒にって作ってくれたナタエナル。魔力を用いて固めた樹脂の体は酷く冷たい。魔力の火で焼いたビスクの子だってこんなに冷たくないのに。七十センチもある大きく重い体はとても冷たかった、かつて俺の目を見て笑ってくれた温もりは一欠片も残っていない。
「リュカ、そろそろ時間よ」
 ノックの後、ドアの外から声がかけられる。ああ、もう開店の時間だ。うじうじしている暇なんか無い。俺がしっかりしなきゃ、俺が腕を上げなきゃナタエナルはきっと帰ってこない。
「今行くよ、マリー」
 ナタエナルを元通り椅子に座らせて戸を開ける。俺の目線のずっと下、レースの三角巾で赤金色の髪をまとめた小さな頭が見える。俺の今の相棒、アン・マリー。俺の二番目の患者さんで、俺が初めて治した人形。昔貴族の間で流行ったマガリー型と呼ばれる八十センチ位の大きなビスクドール。壊れて魔法石も無くして棄てられていたとは、彼女を連れ帰ってきた師匠の談。師匠の手を借りながら修繕して、今こうして俺の仕事の相棒として動いている。
「あ、また髪結ってない。毎日同じこと言ってるのに」
「結うのはどうにも苦手なんだよ」
「しょうがないわね。結ってあげるから、ほら」
 相棒、と言うよりは親代わりみたいな感じで世話を焼かれていることが多いけれど。
「はい、出来たわよ」
「ありがとう。それじゃ今日も一日頑張ろうね」
 店の玄関ドアにかけた札をひっくり返す。人形修繕師リュカ、今日もお仕事開始だ。

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