第十二話
「父様、リュートです」
「どうぞ、お入りください」
アサラトにドアを開けてもらって、父様のお仕事部屋に入る。沢山の本や紙切れに埋もれた机の椅子に父様はいた。
「やあリュート、突然呼び立ててしまってすまない。だが今日の所は今しか時間が取れなさそうでな」
「ボクに何かご用ですか」
「ああその通りだとも。アサラト、すまないが」
「かしこまりました」
父様の言葉でアサラトが席を外す。父様のお仕事のお手伝いをするアサラトがいないってことはきっと誰にも聞かせられない大事なお話。兄様達じゃなくてボクに、一体何のお話だろう?
「こちらにおいで」
椅子に座ったまま、父様がボクを手招きする。近寄ったら父様の大きな手がボクを抱き上げて、ボクは父様のおひざの上に。
「セタール先生に教えてもらう勉強はどうだ」
「楽しいです、とっても」
「ネイとよく一緒にいるようだが、意地悪はされてないか」
「ネイ兄様はそんなことしません。セタール先生のお話でわからないところがあったら教えてくれますし、いつも楽しい遊びにさそってくれます」
「そうかそうか、それは良かった」
父様の大きなおててがボクの髪を撫でる。父様そっくりの茶色のくるくるくせっ毛。にほんのお父さんもボクもそうだった、雨の日はボクもお父さんも髪の毛がすごいことになってたなぁ。今もそれは変わらなくて、雨の日の度にネイ兄様と一緒にお互いの頭を見て笑ってる。ここに来てもう一ヶ月くらいになるのかな、お城の人達ともだいぶ仲良くなれた気がする。
「それでな、リュート」
「なんですか?」
「ここはどうだ、お前が元いた場所と比べて」
「!」
兄様と一緒だ。父様も、ボクがナーストロイのリュートじゃないことに気付いている。どうしよう。父様に知られたらきっとお城を追い出される。
「リュート、わかっているぞ。お前の事、お前の秘密」
「ぼ、ボクに秘密なんて」
「まあ待て。まずはこの父の話を聞いてくれるか、ナーストロイの王になる者として生まれた私の話を」
父様はおひざの上のボクを後ろからぎゅっと抱きしめて、そのポーズのまま話し始める。お父さんがお布団の上にあぐらで座って、そのおひざの上にボクが座る、にほんのおうちでいつもやってたこと。今の父様は椅子に座ってるから少し違うけど、お父さんのおひざの上みたいですごく安心する。安心してる場合じゃないのはわかっているけれど。
「この父ショーゴは先代の王、つまりお前の祖父の第一子、最初の子供として生まれた。弟や妹もいたが事故やら病やらでいなくなってしまってな、代わりと言うにはおかしな話だが、同じ年の生まれである従兄弟と兄弟のように育った。お前も知っての通りセタール伯爵だ。十八でお前の母様と結婚して、二十の時に玉座に座ることになった。二十一の時にバーロンを、二十二でオフィクレイド、二十七の時にネイを、そして三十を数えた頃にお前を神から授かった。お前達が生まれた日の事は昨日の事のように覚えている」
絵本を読み聞かせるみたいに、父様は喋る。お顔は見えないまんま。目の前の本や紙切れが山積みの机はインクを垂らした跡とかたくさんの小さな傷とかがいっぱい残ってる、父様が忙しい証拠。ボクがここに来た日も夜遅くまでお仕事をしてた。今日だって、とっても忙しいはずなのに。
「冠を戴いたのが二十だから王になるにはいささか若すぎた気もするが、王になる者として割と普通の道を歩んできたように思う。だがこの父には普通のようでいて、普通でない所がある。わかるか?」
「ボクにわかるわけ」
「お前が何処から来た何者か言い当ててやろう。お前は日本で父と二人暮しをしていたりゅうと、そうだな?」
どうして、それを。それを知ってるのはここではネイ兄様だけのはず。ネイ兄様が父様に? 父様に言いつけるようなことしないって言ったのに。
「この地に生を受けるまで私は日本で暮らしていた、可愛い我が子と二人で。それを思い出したのが五年前、産まれたばかりのお前をこの腕に抱いた時。どうして忘れていたのだろう、あんなに大事だった我が子の事を、あんなに可愛がっていたお前の事を」
「……お父さん?」
「そうだ、お前と一緒に日本で暮らしていた父さんだ。目が覚めた時怖かっただろう。何も知らぬ所で目が覚めて、父さんが居ないのだから」
「本当に、ボクのお父さん?」
「お絵描きが好きで怖いのと暗いのが嫌いで、ハンバーグは好きだけどピーマンは嫌いな、日本で暮らしていたりゅうとの父さんだ」
「お父さん……!」
お父さん。ボクのお父さん。おひざの上はいやだ、お父さんの顔が見たい。おひざから降りて、今度は前から抱きつく。お父さんにそっくりだけど、お顔はやっぱり父様のまま。だけど父様は本当にボクのお父さんなんだ。お父さんの顔がにじんでぼやけて、前が見えなくなる。
「おと、お父さん。お父さん……!」
会いたかった。ここに来て一ヶ月、ずっと会いたいって思ってた。ボクのお父さん。お母さんがいないからずっと二人で暮らしてた、お父さん。やっと、やっと会えた。お父さん、お父さん。ずっとひとりぼっちだったけど、ここにはお父さんがいる。だからもう、寂しくない。寂しくないのに、次から次へと涙が出てくる。またお父さんとの約束破っちゃった。お父さん、約束破りだからってボクをきらいにならないで、お父さん。お父さんにしがみついて泣くボクを、お父さんは抱きしめてくれた。
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