第十八話

「父様、ごめんなさい。ボクのせいで……」

「もう謝るな。確かにお前にも落ち度はあったが、今重要なのはそこでは無い。一つ再確認させてもらうが、あの箱の中身は誰にも見せるなと、ネイと約束していた。そうだな?」

「はい……」

「お前が隠さずとも、あの中身についてはおおよその見当がついている。ネイ自身が描いた絵が入っている、そうだな?」

「……そうです。でも、どうして」

「子の隠し事など、この父には全てお見通しよ。……と言うのは冗談だが、実は以前あの箱の中身を見てしまってな。ヘッケルフォンやアジェンから聞いているがあの子は元々紙やインクの消費が多い子、何かしらの書き物をしているのはわかっていたが、それが絵だとは」

「兄様、とってもお絵描きが上手なんです。でも……、バーロン兄様やオフィクレイド兄様みたいにすごくはないからって」

「それで黙っていろと?」

「はい……」

「ふむ……」

 バーロン兄様の手当の後、身支度を整えなおしていた父様。椅子に座って、ボクを手招き。父様のお膝の上が、ボクの定位置。

「レベックにクレヨンをお願いしたのはボクが使いたかったのもあるけど、一番は兄様に使ってほしくって。だって、兄様は絵がすっごく上手なんです。そんな兄様の絵に、色がついたらきれいだろうなって。……兄様を怒らせちゃった……、どうしよう……」

「あのネイの怒り様からして、ごめんなさいで解決できそうに無いな。あの子からすればそんな単純な話でもあるまい、やはり日にち薬だろうか」

「でも……」

「リュート、ごめんなさいにもタイミングがあるんだ。例えば、例えばの話だぞ。お前が大切にしていたおもちゃを友達に壊されてしまったとしよう。大好きなおもちゃが壊れたばかりのお前はどんな気持ちになる?」

「すっごく悲しいです」

「そんな時に友達からごめんなさいをされたら、お前はそれにいいよと答えられるか?」

「すぐには……言えません」

「それと同じだ。ネイは約束を破られたと酷く怒っている、すぐにお前を許してやる事は出来んだろう」

 そんなの、いやだ。せっかく、せっかく仲良くなれたのに。うつむくボクを父様は優しく抱きしめてくれる。父様のお胸からとくとくという音が聞こえてくる。

「……ねぇ、父様。ううん、お父さん」

「どうした?」

「あの日、何があったの?」

「あの日?」

「最後にお父さんとにほんのお布団で一緒に寝たあの日。誰かに起こされたと思ったら、お父さんがボクに乗っかってきて。さっき父様がボクを守ってくれた時に思い出したの」

「……それがお前の日本での最後の記憶か?」

「うん」

「……そうか。つまり私は」

 父様の腕に力が入るけど、苦しくない。今は父様の方が苦しそう。インク壺がぶつかった所が痛いのかな。父様のおててをなでなでする。転んで泣いちゃったボクの頭をなでなでしてくれたみたいに、優しく、優しく。

「……ごめんな、りゅうと。お前を守ってやれなくて」

「やっぱりボク達は死んじゃったの?」

「そういう……事になるな。あの夜、大きな地震が起きた。隣で寝ていたお前を守ろうとしたつもりが、二人揃って……とはな。お前の母さんが死んだ時、この命にかえてでもお前を……」

 お父さんの声がだんだん変わっていく。きっと、泣いてるんだ。男なら泣くな、ボクにそう言ったお父さんが泣いてるんだ。泣かないで、お父さん。

「……私は、たった一人の我が子を守れなかった。目覚めて、気付いてみたらどうだ。今度は四人の子の父になって、沢山の人を導く王となって。……りゅうと、リュート。今度こそお前を守ってみせる、何があってもお前達を守ってみせる。この命に、この魂にかえてでも、私は……」

「父様、泣かないで。お父さん、泣かないで……」

 いやだ。お父さんが泣いてる所なんて見たくない。ネイ兄様と仲直りがしたい。ボクにできることは何? お父さんといっしょにいるのに笑えないなんていやだ。ひとりっこだったボクに兄弟ができたのにけんかなんかしたくない。ちゃんと兄様と仲直りして、父様に笑ってほしい。兄様と仲直りしなくちゃ、ボクがなんとかしなくちゃ。

 その日の夜、レベックにお手紙を書いた。兄様とけんかしちゃった、どうごめんなさいしたらいいかな。そんな風に。

 夏至のお祭りまであと一週間。兄様に大好きってお花を渡したい。でも今のままじゃきっと。クレヨンがあったら兄様と仲直りできるかな。ボクも魔法を使えたら、兄様と仲直りできるかな。

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