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【その顔とその顔とその顔】①
備忘録 〜貴婦人編 その1〜
立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花よりも、彼女は石楠花そのものだった。
出会いの巻
初めて彼女を見たのは、地元の商店街だった。
田舎町の商店街で見かけたこともないような
一目でブランド物とわかるコートを着て
艶めく黒髪を綺麗に巻いてベビーカーを押して歩いていく姿は誰もが振り返った。
肌は陶器のように白く、目鼻立ちのはっきりした
それこそ百合の花のような華やかな雰囲気だった。
しかし一番に際立ったのは今にもはじけてしまいそうなガラスのような繊細な雰囲気だった。
この人大丈夫かな、と不安になるような儚さを身にまとっていた。
【薗坂華枝 そのざか かえ】
彼女の名前さえも美しく、その上、その地方でも有名な何百年も続く名家のお嫁さんだった。
最初に見かけてから数ヶ月後、偶然にも子どもの
幼児教育の教室に彼女がいて、私たちは知り合うこととなった。彼女は私が街角で見かけていたことに気づいてなかった。
狭い町だから、どこかで知り合う可能性は低くはなかった。彼女の義母と、私の夫の母は時々、仲間内で食事に出かける関係だった。
お互いの義母は、自分たちの嫁が知り合って交流ができることとなり、多少なりとも驚いていたが
本音はお互いどう思っていたことだろう。
そんなことはつゆ知らず、私はこの綺麗な新しい友人を歓迎したし、楽しくおつきあいできることが嬉しかった。子供が教室に行っている間は、ホテルのアフタヌーンティーに誘われたり、近くのお菓子作り教室に参加したり、束の間の休息のリッチな時間を彼女とだから経験することができた。
ただ、私自身、彼女とつきあうに当たっては
自分を晒し出していたわけではなかった。
田舎町とは歴史の長い家柄は無条件に山の手で
それ以外は下手扱いになるのが暗黙の了解なのである。
要するに、彼女は名家の嫁というだけで、その町の頂点に君臨しており、彼女から私はお付きの者のように思われているんだろうと解釈してつきあっていた。だから本音ではなく、彼女の欲しい情報を私の不利にならない程度に伝えていたと思う。
今思うと、そうしていたのだが、その時は、本能的にそうしていた。
彼女はよく、16時ごろに電話をしてきた。
とてもせっぱつまった心理状態で。
話はいつも同じ。
自分の娘の友達が、学校帰りに遊びにきて
おもちゃを使わせてくれないということや
担任の先生が、娘の誕生日を忘れてクラス通信にのせてくれなかったことを先生に話すべきかどうか、そんな話だった。
私は身内の介護も忙しかったし、身内を亡くしたりしていたし、毎日毎日が考える暇もないくらいやる事に追われていたのだが、彼女の気持ちが安らぐよう言葉を選んで伝えていた。
1時間ほど話すと途中で電話を切るため、頑張ってね、と終わらせる。
話は結論が出ない。
彼女は結論が出なくてもいいから、焦燥感や不安感を誰かにぶちまけて、エネルギーを発散したかったのだろう。
それが彼女のどうにでもなるお付きの者なら、彼女の思いつきで電話ができるので好都合だったろう。
その2に続く。