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背中は任せろ!

最後に会ったのは11月ではないだろうか。するとあれから4ヶ月会っていない計算になる。しかし、彼女が言うには1年くらいは会っていないらしい。

これといって夢も華もないが、安心感だけは段違いの「地元駅」という場所で私は彼女に会った。4月某日。

「久しぶりだねー」からはじまって、「最後に会ったのいつだっけ?」に続いていくのだが、どうやら彼女の中では1年会っていないことになっている。4ヶ月前、一緒に韓国料理屋さんに行ったではないか。私はチャミスルあおってベロベロになったんぞ!?

と思いきや話を聞くに、韓国料理屋さんでの一幕もちゃんと記憶にはあるようだ。ただ少し時系列がおかしいだけで。出来事の順番が狂ってるだけで。

おやおや歴史のお勉強みたい。どっちが先でどっちが後で、あれ? それって何年だっけ? 

過去の栄光と思い出に浸りがちな私とは違い、彼女は現在進行形を生きる人間だ。きっと彼女には起こったことを正しい順番に並べる暇なんてないのだ。

ちなみに、彼女というのは高校の同級生である。

地元駅から徒歩数分、餃子が旨い居酒屋さんで、私と彼女は肉汁でテカった箸を片手に声を張る。大きすぎるBGMに負けじと。その内容はまぁ、彼氏が欲しいということである。最近ビールの味を覚えたらしい彼女は、時折ジョッキに視線を落としながら、我らが高校の同級生、Jくんについて語ってくれる。

3月末、日帰りでスノーボードをしに出掛けたけれど、「やっぱりJくんダメだって思ったぁー」
あーはいはい。

彼女は会う度に言う。
「もうJくん無理だと思う。縁切る!」

はてさて、そう言い続けること早2年だろうか。

ちなみに彼女とJくんは付き合っているわけではない。他愛もないメッセージのやり取りを続け、Jくんに誘われて出掛けては「やっぱりもうJくんダメ〜」の繰り返しである。

その度に私は「さっさと絶交しちゃえよ」と煽るのだが、何を隠そう、私はJくんが嫌いである。なんとなく見栄っ張りで、プライド高くて。高校1年生ではじめましてしてから、どうもいけ好かない。実は同族嫌悪なのかもなんて……思いたくはないが、当たらずも遠からず……。まぁとにかく嫌いだ。

しかしもう何度目か、彼女の話を聞いているうちに、最近は少しずつJくんが可哀想に思えてきた。あくまで私の視点からであるし、彼とはほとんど接点がないので半分以上は独断と偏見なのだが、

Jくんは間違いなく彼女に気がある

好きかどうかは知らない。でも絶対に気があると私はそう思う。同族の言葉は重いよ。

そして何が残酷かって、彼女が、まるで付き合う気はないのにJくんに期待を持たせるようなことを続けていることだ。2年も。

いや、考えてみよう。もしかしたら、彼女に付き合う気がないというのは間違っているのかもしれない。高校のとき、彼らはカップル成立あと一歩までいっていたではないか。それはつまり彼女にはJくんと付き合うポテンシャルがあるということだ。そして、きっとJくんもそれをわかっている。いや、わかっているはずだ。

メッセージには必ず返信をするし、誘いも断らない彼女に、Jくんは過ぎ去った青春の1ページを重ね、今度こそは上手くいくとささやかな可能性にかけているのだ。

きっと彼は歴史から学んでいる。彼女との過去をふまえ、慎重を期すあまり、次の一手を考えあぐね、もう2年が経ったとか、なんとか。そして過去を振り返るあまり、前方不注意なのかもしれない。飛ばされてきた幸運をすかさずつかみ取るための、今この瞬間への集中力が足りていなかったりして。

一方で彼女の方は、今この瞬間に全集中で生きている。メッセージには返信してあげるし、誘いには乗ってみるし、流れてきたものは取り敢えずつかみ取る。だから、なんだかんだチャットは楽しいし、誘いには乗るし、それでダメだな~と思っても、次の瞬間には新しいメッセージに返信している自分がいるのだ。

あーあ。リア充め! もう付き合っちまえよ!

よく見かけるよね。漫画とか小説とか、二人で一つ、完全体ってやつ。
Jくんは後方担当。彼女は前方担当。
だってさ、2年も続いてるんだよ。それってあれじゃん。なんかピンチが訪れたらちゃんとカップル誕生するやつじゃん。よく見かけるやつじゃん。うん。

グラスの水滴を撫でながら、私はレモンサワーを一口含む。話し続ける彼女の手元にはビールジョッキがある。

私がビールをはじめて飲んだのは20の誕生日の三日後だったと思う。最初の三口くらいは美味しいと思うけど、ジョッキ一杯分なんてとても無理だと思ったよ。苦くて。それ以来、何となくビールは避けている。

でも、次に機会があったら飲もうかな。確かに苦かった記憶はあるけど、それって1年前かもしれないし、どっちが先でどっちが後で、あれ? いつのことだっけ?

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