バッド・ロマンス
2月某日。その依頼は突然舞い込んだ。
「Lady Gaga の Bad Romance を歌ってほしい」
私は物書き以外に、吹奏楽もやるのだが、今回はそちらの案件だ。四年生を送り出す会で行われる出し物で、そのパフォーマンスとして是非私に歌をと。
Bad Romance……だって?
エキセントリックで、愛と激情に満ちたあの歌を……?
狂おしいほど愛を求めて、愛が欲しいなんて叫んだ経験が私にあるのか。なんとも言えない。
私は YouTube を開きーするとすぐに目に入るオススメ動画を懸命に無視して、検索窓に Bad Romance と打ち込んだ。
近未来の宇宙エネルギーを感じるような怪しいサングラスをかけた女性。彼女がその人だ。
歌い出しはきっと彼女の魂の声なのだと想像する。
言葉として掴めなくても、それは喉を伝い、口から飛び出して空を震わす。
パフォーマンス予定なのはイントロから一回目のサビのあとまで。
ぞわぞわっと脳内に入り込んで、通った道を焼き切るようなその歌、ひとまず日本語で綴ってみることにする。
和訳ではないが、私が英語で受けたエネルギーをそのまま日本語に流すなら、こんな感じ。
「愛の暴力」
この歌は私にはそう聞こえる。
あたしの言う「ヤバい恋」というのは天使がくれるような甘くて春の風のような暖かなものではない。きっとそれは悪魔が己に纏わせているような破滅と熱情、愛への渇望。
どうしようもなく愛し、愛されたい。人間にはきっとそんな瞬間がある。
たとえ目の前に立っているのが悪魔だったとしても、
醜くて汚くておぞましくて恐ろしい、そんな全てを一身に受けてでも愛が欲しくなってしまう。
だって、人間として、愛し愛される存在として生まれてきてしまったから。
みんながみんな、天使に愛してもらえるわけじゃない。
一人では生きられない寂しさを抱えた存在ー
人間は愛されたいと思い、愛したいと思い、愛を求めて彷徨うことに喜ぶ。
「あんた」というのは名前のついた特定の誰かではないと思う。「あたし」に「きっと私を愛してくれる」そんな希望を抱かせてくれる存在。たとえそれが優しくなくても。本当はそうじゃなくても。
「あたし」という人は、儚くて、残酷で、自分に取り憑いて離れないそれに、”Bad Romance” と名前をつけたのではないか……
あたしは乱れて絡まった髪を解いている。
明日も明後日も、暗闇で一人、きっとそうするのだと思う。
自分が狂っているってことには、もうずっと前から気づいている。
危険だとわかっていても、傷つくとわかっていても、その危険な愛に手を伸ばさずにはいられない。
たとえそれが買われるってことだったとしても、誰かに自分を求められる感覚はそれほど悪くないわ。だからね、あたしも、あんたをバカみたいに愛してあげる。
あたしを可哀想だなんて思ってくれなくて結構。あたし、自分のことはそれなりにイケてると思ってるから。
愛に取り憑かれたあたしは、バッド・ロマンスに溺れて愛を求め続ける。
誰も見ていない場所であたしは小さく笑みを浮かべた。
どんな風に歌うかなって、私はそんな想像をしてみる。