研究生活を始める学生に知って欲しいこと
背景
都内の大学院で合成生物学関連の研究をしているM1(修士1年生)です。
自分の研究室は学生ごと独立したテーマが与えられて、自分で研究をマネジメントすることを求められる環境でした。研究はじめたての頃に、知っていればもっとうまく研究できたのに、、、無駄な時間を過ごさなかったのに、、、と感じるようなことがたくさんありました。これらをまとめて、来年卒業するタイミングで信頼している先輩や教授に託し、今後の学生に生かしてもらおうと思い、研究室向けに少しずつ文字に起こしてきました。研究室という小さいコミュニティで活用されるよりも、やはり多くの人の目に触れたほうが、自分の経験が活きると考えて公開します。
一般向けに編集したため、具体的な研究内容等をかなり省いています。話が抽象的であったり、例えが分かりにくかったりする場合がありますが、ご了承ください。抽象的な部分は読み手の経験に照らし合わせて読んでいただけると嬉しいです。
前提
プロフィール
バイオ系研究室所属の修士1年生
4月からM2
対象
実験系の研究室に配属される3, 4年生
理論系の研究に関して明るくないので参考程度に
1年目で心掛けること
研究費の申請書を読んでみよう
まとまった研究費を求めて、教授が全身全霊で自分の研究室についてアピールしたものが申請書。研究業界の現状や向かっている方向、課題などが記載されており、その課題に対してどういう解決策を考えていて、どんな研究を展開しているのか?が分かりやすくまとめられています。学生視点では、研究に関して、教授とコンセンサスが取れるので、以降のディスカッションがスムーズになります。絶対に読んだ方が良いです。
分かりやすいと言ったものの、配属されたばかりの学生が一人で読んだところで理解はできないでしょう。教授や助教の先生に読み合わせをお願いしたり、研究を担当している先輩と一緒に理解を深めたりするといい。頼まれて断るような人はおそらくいないはず。研究で活躍している人は皆、人が好きで、ディスカッションが大好きな人ばっかりだから。
㊟ 申請書は外に出さないものなので、見せてもらうのは配属が確定してからにしよう。
実験は結果を得るための手段 (研究≒実験)
まず前提として以下。大学入学初期や学生実験で形は違えど似たようなことを言われたことがあるんじゃないかな。
研究サイクル
仮説設定、目的設定
実験
考察
(必要に応じて)リサーチ
このサイクルのうち、1, 3, 4は頭脳労働で、2は肉体労働(≒作業)。このサイクルを繰り返して、研究を進めていく。
研究をする上で気を付けるべきは、肉体労働ばかりをしないこと。確かに長時間の実験は肉体の疲労に変換されて達成感を得ることができるけど、実験が目的になってはいけない。実験から考える考察やそれに付随する知識が伴って初めて研究になる。
ただ、配属後の数カ月は実験量に力を入れることは正しい。実験手法を学んだり、引き継いだ先行研究の再現を取ったりするには、やはり実験あるのみだから。ここは慣れの部分が大きい。どんどん実験して安定した結果が出せるようになろう。
1,2ヶ月経って、ある程度一人で実験ができるようになったら、今度は意識的に頭脳労働に時間を割いていく。設定する目的は適切か?サンプリングに抜け漏れはないか?予想外の結果が出れば人とディスカッションし、類似の研究がないか論文を探る。
これができるようになれば、後は大丈夫。頭脳労働の触媒として実験を進めていけば、研究を振り返って進捗が無いなんてことは無くなるはず。
一つ一つの作業に目的を持とう
例えば、リサーチ。
一口で論文を読むといって、その目的によって読み方は結構変わってくる。
研究分野の全体像を把握するためならアブストやイントロで十分。原著論文だけでなく総説(レビュー論文)も参考になる。
実験手法を得るためなら、figやメソッド
考察の材料を探すためならfigやイントロ、ディスカッション
ジャーナルクラブで発表するなら、試薬の企業名やサプリ含め隅々まで目を通す必要がある。場合によって先行研究も同様に読み込む。
といったように、リサーチ一つとっても、目的に応じて、適切な読み方は変わってくる。目的に応じた手段選択をすることによって、時間の浪費を防ぐことができる。何をするにも、何がしたくてどうすることが適切か?考える癖をつけると良い。
研究を続けていくと、「目的によってやり方が変わる」ことを多く体験する。研究の面白さの一つはココだと思っている。
とはいったものの、論文を読むことに慣れないうちは、隅々まで読んで、論文の全体像を把握することは重要。知りたい情報がどこにあって、どこにないのか?これが分かっていないと、読み方を変えることができないからだ。
進捗報告と向き合おう
進捗報告では経験豊富な教授陣から色々アドバイスをもらえる。
この時のアドバイスは大きく分けて3つある。
別視点からの考察
トラブルシューティング
方向性の修正
1, 2は想像しやすいと思う。
1に関して
自分の知らない知識や彼らのバックグランドから来る考察を聞かせてくれる。基本的にこういった情報は自分からは絶対に出てこないものなので、積極的に吸収していこう。
最初のうちは何言ってるかさっぱりわからないだろうけど問題無し。研究を進めて、論文などで知識を増やしていくことで、徐々に何を言っているか分かってくる。会話が成立してくる。僕の場合は研究を始めて半年程度で、相手の言いたいことが理解できるようになってきた。相手の知識と自分の知識がどれだけギャップがあるかによって、キャッチアップする時間は変わるので、一概にどれくらいかかるとは言えない。まずは、経験と知識を積んでいこう。
2のトラブルシューティングに関して、もらったアドバイスはどんどん試しそう。1含め、これらは経験がものを言うので頼った方が速い。解決のための理屈やコツを一つ一つ吸収して、次回は自分で解決できるようになれば十分。臆せず利用させてもらう。
3の方向性に関して
サイクルをきちんと回していけば、研究は進んでいく。でも、現実はそう簡単じゃない。研究サイクルを回しても、申請書で確認したような方向性からズレてしまうことはよくある。
論文を読んで出てきたアイデアを無理に自分の研究に導入しようとしてみたり、トラブルシューティング(PCRかからない、形質転換で大腸菌が増えてこない etc.)に手間取って、そればっかりに集中したりする場合が特にそう。自分でも良く分からない実験をしている状態。このままで研究を進めていても、当然思うような成果は出せない。極端な例で言うと、サッカー選手になりたい少年が野球の練習を長時間やっているような状態。どれだけ素晴らしい練習を積んでも、夢に近づくことは一生無い。
残念なことに、こういったズレを自覚して、一人で軌道修正するのはなかなか難しい。方向性に関して意識を持っていないと修士を終わるまで理解出来ないこともある(修論報告会やラボの進捗報告を聞けばわかるが、実際がいる)。
どこかのタイミングでずれの修正を行う必要がある。それが進捗報告会だ。
ただ、これには注意が必要。進捗報告に対してマイナスな印象を持ちがちなのが、このプロセスだと考えてる。良く進捗報告で叩かれるって話を聞くが、研究の方向性の自覚がない人に、ずれを修正しようとする場合に起こる現象なんじゃないか(中には心もとないことを言う指導者もいるかもしれないが)。
方向性に関する意識がない人にとっては、「本来の研究目的から逸れている(こんなに直接的じゃないです)」なんて言われても、何を言われているのかさっぱりわからない。やってきたことを否定するような形に、どうしてもなってしまうので、叩かれたように感じてしまう。
1,2に関しては、知識や経験が無いので、指摘されればキャッチアップして、次の反省に生かすだけなので指摘としては結構簡単に終わる。でも、3に関しては、もともと無かった意識を新しく植え付ける作業で、おかしい物にはおかしい、違うものには違うといわなければならない。ある程度の痛みは伴うわけです。その痛みを叩き、否定と捉えてしまうと研究が嫌になっちゃうわけ。
決して本筋からズレるな!と言っているわけではないです。興味を持つのも良いことだし、それに従って実験を組み立てることも力がついてきた証拠。何より研究のセレンディピティはそういった想定外からこそ発見できると思うし、研究が行き詰った時のブレイクスルーはそういったからです。
本筋からズレているという自覚、研究を俯瞰するための巨視的な視点を持つこと。これが、研究をマネジメントして、指摘を真摯に受けとめるために大事なことだと思うのです。
まとめ
長々書いたけど、大事なことは
研究の方向性を掴む
実験ばかりに依存しない。リサーチ含めてバランスよくサイクルを回す。
作業の目的を考える
指摘を真摯に受けとめる
これができていれば、少なくとも研究が悪い方向にはいかないでしょう。
ここまでで示した自分の考えは、あくまで一意見としてとらえてくれると嬉しい。僕にとっての最適解はこうだった。振り返ってこう考えるとしっくり来たという話です。
研究に対する考え方や向き合い方は人それぞれで、良い研究をするためには色んな考えを持った人がいるべきです。研究を通じてあなただけの財産を築いていけることを応援しています。
appendix
方向性のズレを無くすコツ
一人でずれを修正するのは難しいけど、コツはある。
定期的に実験をまとめる
2週間や1ヶ月、決まった期間ごとに自分の研究サイクルをまとめる時間を取る。頻繁にディスカッションする
最近こんな結果出たんだーとか、こんなこと知りたいんだけどいい実験ありますかーとかなんでもいい。人と話して、自分以外の視点から研究をとらえてみる
どちらも肝は「自分の研究を俯瞰する」こと。研究サイクルから一歩引いた位置で振り返る。