第89回(「地理総合」研究チーム)世界史の教員による地理総合のすすめ~地理総合を進めていく上で必要なこととは~
第89回の研究会は、「地理総合」研究チームよりご発表いただきました。
発表者は、兵庫県内の公立高校に勤務されておられます。大学時代は美学芸術学を専攻されておられ、教員採用試験時には、自身の専門分野ともかかわりの深い世界史の専門性を活かした授業を行いたいと考えておられましたが、採用後は主として担当するようになった地理の面白さに気づき、現在も地理教育に熱心に取り組まれています。
今回の研究会では、初めて発表者からこれまでの地理教育の実践から得られた気づきや学び、疑問などについてご発表いただき、その後以下の2点について議論を行いました。
① 地理総合ではどのような教材研究が必要か
② 地理学・地理教育に関する校内での教員研修が必要か、それとも不要か
発表者のこれまでの地理教育実践について
高校で地理系科目を履修していなかった発表者ですが、初任1年目に赴任した高校では、国公立大学理系学部への進学を目指す生徒たちを対象とした地理Bの授業を受け持つことになりました。そこで、発表者は以下のようなことにまず取り組みました。
1.まずは普通に勉強する。※高校生になったつもりで受験用の参考書を買い、一個一個勉強していく
2.参考書・本に書かれている良さそうな説明を真似る
3.小ネタを集める。小ネタ集を読み漁る。
4.毎回テストを教頭先生(地理が専門の先生)に見せに行く
※最初の方はプリントも見せに行っていた
3.の「小ネタ」の収集については、小ネタの使いどころが難しいことや、小ネタを紹介するためについつい無意味な脱線をしてしまうなどの弊害があり、あまりうまくいきませんでした。それ以外の取り組みについては授業に役立てることができましたが、特に役に立ったのは、5.の教頭先生からの指導・助言でした。このことから、新しい科目の習得にはやはり研修(校内での教えあい体制確立)が一番効果が高いと発表者は感じられました。
2年目以降は、小ネタの収集ではなく、「地理において大事なことは何なのか」を考えながら教材研究を行いました。そのために、大学入試共通テスト過去問や地図活用問題をたくさん解いたり、NHK高校講座の「地理」と「地学」をすべて見るなどの教材研究を行いました。4年目以降には、地理の授業について後輩への指導も行い始めました。『新詳 地理の研究』(帝国書院,2021)や水野一晴著『自然のしくみがわかる地理学入門』(ペレ出版,2015)など様々な本も読みました。そうして毎年地理の授業を担当するうちに、地理を学ぶことの面白さに気づいていきました。
地理の面白さの一つは、「知識の抽象化が自ずと必要になること」です。雨温図の読み取りの際には、その気候の特徴を理解したうえで雨温図を読み取りますが、気候の特徴は様々な都市の雨温図の読み取りに応用可能ですし、雨温図の読み取り以外の場面にも容易に応用ができます。つまり、学習の転移が起こりやすいということです。また、雨温図問題や統計資料を用いる問題は、最低限の知識さえあれば、あとはそれを使って推察することで答えを導くことができます。すべての情報を丸暗記するのではなくて、「知識を使う」ということが自然に行われるのが地理の面白さ、楽しさの一つではないでしょうか。さらに、地理を学ぶことで、身近な地域にある神社や寺が「なぜ」そこにあるのか、日本史や世界史などで学ぶ歴史的事象について「なぜ」そのようなことがおこったのかなどが、地理的な見方で考えればより理解が深まるということも、地理の面白さでしょう。
地理を担当して数年が経つうちに、地理に対する授業観や考査観も変化していきました。
1年目~3年目は、「とにかく高得点がとれるようなわかりやすい授業をしよう」という意識で授業を行い、定期考査では「生徒たちの努力がしっかりでるよう解きやすく、かつ入試本番にも対応した問題」の作成を心がけていました。それによって、ある程度地理の知識や技能は身に付き、定期考査でもある程度の得点を生徒たちはとれるようになりました。しかし、模試など定期考査以外の問題では高得点をとることができませんでした。そこで、4年目からは、地理の問題を解くための抽象的なルールの理解に重点を置いて授業を行い、考査では実践を意識した初見資料を用いた問題を出題するようにしました。統計問題や雨温図の問題もたくさん出題しました。
その後、現任校に赴任し、今年度初めて「地理総合」を担当することになりました。学習指導要領を読んでも具体的に何をどうすればいいのか明確にイメージがつかない中、年度当初は以下のような方針をたてて地理総合をスタートさせました。
⑴ 三観点評価を意識したカリキュラムにする。【今までは知識に偏り】
⑵ 系統地理(自然地形・気候・産業)の網羅をやめる。【地理探究との差別化】
⑶ バラフライエフェクト的地理【色々な経済・国際・歴史とのつながりを意識】
⑷ 地域調査をどうにかやってみる。【実践的な地理的技能の育成】
• 考査に関しては、思考力を問う問題を必ず入れる。
しかし、授業では教師の説明が多く進度は遅くなり、学習内容も知識偏重になりつつあります。また、他の業務に追われて自転車操業状態となり、教材研究や後輩への指導を十分に行うことができていません。生徒からは、とくに思考力を問う問題について「テストの点がとりにくい」と言われています。
そこで、地理総合について以下のような悩みを現在抱えています。
・ 来年の「地理総合」の方向性 →「地理総合」で教えるべきことはなにか。→ どのような教材研究が必要か。
・ 「地理総合」を教えるにあたり、教員間の知識格差をどうすればよいか →個人的に「地理」を教える際には、細かい知識を生徒に教授する必要はないが、 その背景にあることに関してはしっかりと教員が幅広い知識を持っておく必要があると感じる。しかし、現状地歴教員で地理を勉強していない教員は多いため、どうしても教員間格差があるので、できることなら学校内の研修などをした方がいいのではないか。(やはりある程度見えてくるまで、まる3年はかかった)
・ 思考力を問う問題とは結局のところなんなのか →教員の価値観によってぶれる。
・ 主体性を考査で問うとしたらどんなことを問うべきなのか →主体性の見極め方が難しい
そこで、今回の議題である①「地理総合ではどのような教材研究が必要か」、②「地理学・地理教育に関する校内での教員研修が必要か、それとも不要か」について、参加者同士で議論を行いました。
【質疑】
Q.もし自分が指導主事なら、5年目までの先生に対して何をする?
A.挑戦してみて失敗する経験が大事だと思うので、それを経験できるような研修があればいいなと思う。自分でいいと思っていてもダメだったというような経験の方が自分のためになっているような気がする。
Q.ご自身は世界史専門なのに地理でも手を抜かずに頑張れた原動力は何だったのか
A.地理をちゃんと学んでいないという劣等感があった。見えていないものがあるという感覚があった。あとは、教頭先生の期待に応えたいという気持ちと、教頭先生がいろいろ教えてくれる分、後に引けないという状況もあった。
Q.教頭先生から教えてもらったことのうち、何が一番助けになったか。
A.地理についてすごく楽しそうに語ってくれることが一番刺激になった。例えば、「赤穂のあそこには~があるんだぞ」のようなこと。
【議論】
・ 研修については、時間の都合上、お互いの授業観察と観察後の討議ぐらいがちょうどよいと思った。
・ 校内研修をやるなら、一回につき2時間は必要だと思う。できれば月一で行いたい。
・ 教材研究を行う際、教科書で子どもがどこにつまづくのかについてもう少し考えるべきではないか。教材研究も子どもの存在を中心にすえて行うべきではないか。
・ 教材研究を行う際に、「何を教えたいか」と「子ども中心」のふたつのアプローチがあるなと思った。
・ (大学の先生のコメント)研修は、内容の決まった校内研修をするよりも、自分たちが自分のやりたいことをやればいいのではないか。授業を観たいなら見ればいい、旅行に行きたいなら行けばいい。何を求めるか、何を学びたいのかはもっと自分で求めていけばいい。研修は自分で組めばいい。自分たちが指導主事になったつもりで、自分たちがやりたい研修を企画するのが良いのではないか。
・ (大学の先生のコメント)大学では、免許状をとるときに教科指導と教材研究のあり方について学んでいるはずだが、あまり学びが生かされていないのではないだろうか。
参加者:18名
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