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知っておきたい為替の知識「国際収支の発展段階説」ってなに?
本日は少し落ち着いていますが、為替は激しい動きが続いています。
昨年末時点では、これほどの円安を予想した人は少なかったので、市場の大きな波乱材料です。
海外旅行は旅費も上がっていますが、1ドル100円の時の感覚で買い物をすると、日本に帰ってクレジットカードの請求を見て驚くでしょう。
為替レートが早めに反映される、ブランド品も一昔前とは価格が大きく変わりました。
為替レートはどう決まる?
ところで、そもそも為替レートはどの様に決定されるのでしょうか。
為替レートとは、外国為替市場において異なる通貨が交換(売買)される際の交換比率です。
わが国で最も頻繁に目にする為替相場は円・ドル相場ですが、そのほかにも様々な通貨の組み合わせに関する相場が存在します。
為替の動向を見る時にはドルと円の関係を見るだけでなく、他の通貨も横目で見ておくことが必要です。
円が安くなっているのか、ドルが高くなっているのかという事で、意味も変わります。
さて、現在の為替レートは変動相場制となっており、為替相場は、誰かが恣意的に決めるわけではなく、市場における需要と供給のバランスによって決まります。
これは、物やサービスの価格が決まるのと同じ原理です。
需要と供給のバランスという時には、誰が買って誰が売るのかを言う事を見る必要があります。
為替は参加者が多いので複雑ですが、例えば、企業だとこの様になります。
(輸出入の関係)
企業が日本製品を米国に輸出 ⇒ ドルで受け取って円に換える ⇒ 円高要因
企業が米国製品を日本に輸入 ⇒ 円を売ってドルに換えて支払う ⇒ 円安要因
(企業が投資する場合)
日本の企業や投資家が米国の会社を買う ⇒ 円をドルに換えて投資する ⇒ 円安要因
米国の企業や投資家が日本の会社を買う ⇒ ドルを円に換えて投資する ⇒ 円高要因
これらの要因をみると、競争力の強い企業がある国の通貨が高くなる方向に動いていく傾向がありそうです
ただ、それ以外にも投機筋と言われる、短期的な為替変動の方向性を予想して、通貨で投資をしている人達がいまし、みなさんが旅行に行く費用や海外企業のサービスを受ける時にも為替の取引が発生します。
為替相場は何によって動くのかを論理的に解明し、説明するための理論がいろいろ作られてきました。
しかしながら、私が知る限り、理論的にどう動くかはわかっても、実際の為替変動を説明出来ているものはないというのが実態です。
現実の取引でも常に大きな役割を果たしているのは金利動向なので、
為替の専門家は、金利で短期的な値動きを説明する場合が多いです。
為替に関しては、市場が拠り所とする「もっともらしい」ストーリーが時とともに移り変わっており、それが極端すぎ、時には事実とはかけ離れたものであったときに、行き過ぎが生じることになります。
足下の円安も金利ではやや説明が困難になっており、今後さまざまな解説が出て来ると思います。
今日は最近話題になっている、国際収支の発展段階説を説明します。
国際収支の発展段階説とは
国際収支の発展段階説とは、1950年代に経済学者のクローサーやキンドルバーガーによって提唱された説です。(つまり、とくに新しい考え方ではありません)
一国の経済発展に伴う貯蓄と投資のバランス(ISバランスといいます)を、人のライフ・サイクルに例えて、説明しようとする考え方です。
この説では国際収支を、6つの発展段階で説明しています。
(1) 未成熟な債務国:スキルもなく所得も少ない、学生や若者のような低開発国
この段階は経済発展の初期であるために国内貯蓄は不十分ですが、投資の限界効率は高いことから海外から資金が流入します。
(2) 成熟した債務国:所得は少ないもののスキルが高まってきた青年のような国
この段階は工業生産力が徐々に発達し、輸出産業の成長から貿易・サービス収支が黒字となる。
(3) 債務返済国:所得が増え、それまでのローンの返済も進んで、場合によっては完済した壮年期のような国。発展している新興国。
工業生産力が高まり、経済発展が進行する。長期的にみたとき、この段階で工業生産力はその国のピークとなる。
(4) 未成熟な債権国:蓄えができるようになった中年期のような国。先進国の仲間入りをする段階。
工業生産力がピークを過ぎ、若干衰えがみえる段階。
(5)成熟した債権国:豊かなスキルを保有しているが所得のピークが過ぎた熟年世代のような国。工業生産力が低下し、貿易・サービス収支が赤字化する。しかし、第一所得収支(所得収支)の黒字額が貿易・サービス収支の赤字を上回るので、経常収支は黒字を維持し、対外純資産は増加する。
(6)債務取り崩し国:貯蓄を取り崩して生活を行っているような成熟した国。
この段階ではさらに工業生産力が低下し、貿易・サービス収支の赤字額が第一所得収支(所得収支)の黒字額を上回り経常収支も赤字となる。
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一般に日本はこの中では5番目の「成熟した債権国」にあると考えられています。
ところが、ここに来て、少子高齢化や国内産業の競争力の相対的な低下を背景にして、意外に早く「債券取り崩し国」へ向かうというシナリオが意識されています。
なぜ今、国際収支の発展段階説なのか?
なぜ今、国際収支の発展段階説が話題に上る事が多いかというと、2022年ごろから「成熟した債権国」の地位が揺らぎ始め、少なくとも一次的には「債券取り崩し国」かのような状況になったからです。
それによって、円の安全資産神話が揺らいでいると言われています。
為替市場で円は安全資産と呼ばれてきました。
その理由は、多額の経常黒字を安定的に稼ぎ、「世界最大の対外純資産国」だったからです。
日本は世界で最も外貨建ての純資産を有する国であり、「いつでも外貨売りを行って円の価値を維持する余裕がある」と考えられていました。
世界最悪の政府債務残高や少子高齢化、低成長にもかかわらず、円や日本国債が安定してきた背景には、そうした「外貨建ての純資産の保有を背景にした安全神話」があったと考えられています。
日本は、近年は貿易赤字の年も珍しくないのですが、それを補って余りある第一次所得収支黒字により経常黒字は高水準を維持してきました。つまり海外への投資で稼いでいるという事です。
しかし、その信頼が揺らいだのが、コロナ禍の2021~2022年頃からです。
先程の「国際収支の発展段階説」という考え方で説明してみましょう。
日本は1970 年代以降、貿易黒字を確保した上で、海外投資の利子や配当金などを表す所得収支が黒字を続けてきたことで、常に大幅な経常黒字を続けてきました。
経常黒字の累積によって「世界最大の対外純資産国」となったわけです。
「貿易収支と所得収支の双方で稼ぐ」というのは発展段階説で言うところの「未成熟の債権国」の状態です。
この状況が変わったのが2011~2012年頃。このころからは、貿易黒字が消滅しました。
しかし、第一次所得収支が大幅に増加したこと経常黒字は維持されます。
「貿易収支ではなく所得収支で稼ぐ」というのは「成熟した債権国」の姿です。
リーマンショック、欧州債務危機、アベノミクスという局面変化を経験した日本は「未成熟の債権国」から「成熟した債権国」になったわけです。
ただ、貿易黒字を稼げなくなっても、際立った円高・ドル安は起きませんでした。
しかし、発展段階説に従えば、次に到来する段階は「債権取り崩し国」であり、そうなった場合は貿易収支の赤字に加え第一次所得収支黒字も減少へ向かい、経常収支が赤字に転落します。
これまでは、そうなるまでの時間軸は非常に長いはずで、近未来の出来事ではないと考えられてきました。
しかし、2021年以降、資源価格が急騰し、貿易赤字が急拡大しました。
それによって、経常収支が一時的でも赤字に転落しました。
その結果、もともとあった低成長・低金利という円売り要因に加え、需給構造の変化という長期的な円売り要因も意識されるようになったわけです。
その結果、予想よりも早い「債権取り崩し国」への転落の可能性を疑ってみる人が現れているのは、事実でしょう。
2022年3月以降、円安に対して使われるようになった「構造的な円安」は「経常収支の悪化」を指していることが多く、これは「債権取り崩し国」へ転落を意識していると考えられます。
さて、2022年以降の「経常収支の悪化」は「貿易赤字の拡大」と同義であり、これは原油や天然ガスなど資源価格の高騰が原因です。
つまり短期的には日本が、「成熟した債権国」が「債権取り崩し国」になるのかどうかは、資源価格に依存しています。
資源の純輸入国である日本にとって、仮に資源価格が高止まりすると、経常収支や貿易収支の悪化が構造的に決定づけられる、可能性がありわけです。
「債権取り崩し国」に向かっている、という考えが支配的になった時、円は安全資産としてのプレミアムを失う可能性があります。
経常収支が赤字化し、国債の買い手のうち外国人投資家の割合が増えれば、国債の安定消化に対する不安も高まる可能性があります。
円安は資源の輸入価格を引き上げる事になるので、円安がさらなる貿易収支の悪化を招く可能性もあります。
この理論は、為替水準に対して何か示唆を与えるものではありませんが、円に対する弱気派の見方は、この様な考え方も背景にあることを理解しておくとよいと思います。
また、注意したいのは、現実の世界では、この6つの発展段階説はかならずしも順を追って進むわけではなく、実証分析においては、逆進がしばしば観測されています。
実際、先進国で高齢化が進んだ成熟国であっても、北欧諸国やスイスのように経常収支が黒字の国もあります。
一方、もっと悲観的な議論もあります。
1つ目は、第1次所得収支と呼ばれる、海外資産への投資が、海外で再投資されているため、円買いが想定よりも発生していないという事です。
2つ目は、サービス収支で、インバウンドによって旅行収支黒字が過去最大を更新している一方、GAFAM(グーグルやアップル、Amazonなど)への支払いが膨らみ、サービス赤字が続いている事です。
この様になると、国際収支の発展段階説では想定してなかった形で、債権取り崩し国への転落が早まると指摘する人もいます。
この説は、運命論的で感覚的にも理解しやすいので、今後広く議論されるのではないでしょうか。
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