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明るい人が得をするし、何ならこの世は陽キャに支配されている。
「みんなの笑顔の中に自分が居なかった」
これは声優・東山奈央さんの名言で、ある事情により悩み苦しんでいた頃の自分を形容した言葉である。私は37年間ずっとこれだった。学校も職場も、社会の中心はいつも陽キャの笑いに満ちていて、その中に自分が存在していた記憶は皆無に等しい。明るい人だけが楽しめる世界。いつだって陽キャが優勝する無慈悲な賞レース。
どう足掻いても陰キャは陽キャになれないというのが私の経験から出した結論だった。暗い人は一生暗いまま生きていくしかない。しかしこの春、そんな通念を覆す少女と出会ってしまった。かつて私と同じように暗かったのに、同僚全員から明るいと褒められる程に紛うことなき陽キャへの転身を遂げた少女の話を少しさせて欲しい(※ラジオで話した内容と被ります)。
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白のフリースに白の膝上丈スカート、そして白いレースのハイソックス。あのちゃんみたいな少し派手目の服を着て出勤する27歳の女子社員。仮に“あのさん”と名付けよう。彼女はとにかく明るく、陽キャのテンプレを忠実に踏襲している。
「貴方は何故そんなに明るいの?」
社長の疑問をきっかけに、あのさんは半生を振り返った。その内容は全社員に共有される程の価値があるとても良い話だった。なんと、元々は内気でとても暗い性格だったのである。
小学生の時から母子家庭で育ちました。
中学時代は学校を実に3分の2も休む、いわゆる不登校少女でした。何らかの理由で周囲からの視線が怖くなり、教室に入ることが出来ず保健室で一日中休む日もありました。
高校は中学の同級生が誰一人いない学校を選び、吹奏楽部に入部して楽器に打ち込みました。しかしここで転機が訪れます。祖父母が認知症になってしまいます。介護をしなければならなくなったということで、それが原因で高校中退を余儀なくされます。
「どうして私ばかりこんな目に遭わなければならないのか」と思ったそうです。
その後、祖父母は特別養護老人ホームに入所し、あのさんの介護人生はようやくピリオドを打たれるわけですが、この時点でもう20歳、成人になってしまいました。
この時「大事な10代を棒に振った」と嘆いたそうです。
しかし、その後就職した会社で、上司からの言葉に救われることになります。
「自分は運が良いと思いなさい。運が良いと思える人はどんなことも受け入れて立ち向かえる強さがある」
この言葉に強く感銘を受けたあのさんは、不登校や介護、そして営業の仕事も“貴重な経験”だったと前向きにとらえられるようになりました。そして(今の会社に)転職し、27歳の今に至ります。
暗かった人が陽キャに転身。そんなことがあるのか。私は驚きを隠せなかった。ただ、冷静に考えれば無くも無い話である。
あのさんは中学時代、周囲からの視線が怖いと思う程、自分に自信が持てていなかったと推測できる(それが容姿か内面かは不明だが)。しかし、少なくとも現在の彼女は可愛い。おそらくメイクやファッションなどで垢抜けたのだろう。それにより自分に自信を持ち、加えて前述の上司の言葉をきっかけに明るく前向きな性格になった。そう考えれば合点がいく。
………いや待てーい。
「自分は運が良いと思いなさい。運が良いと思える人はどんなことも受け入れて立ち向かえる強さがある」
少なくとも私は、この言葉だけでは考えを改められないし、明るく前向きにもなれなかっただろう。私は高校中退後、鬱病だった時期がある。その頃の自分が仮に「運が良いと思いなさい」と言われたとして、素直に運が良いと思えるわけが無い。一時は頭が重く、眼前の景色がぼんやりとしか映らず、万物の全てに実感が伴わないレベルまで落ちていた。その状態で何を言われても、どんな救いの言葉も文字の羅列でしかなく、咀嚼できないのである。
ただ、あのさんにとっては「運が良いと思いなさい」が救いの言葉になったのである。私のように救いにならない人も居る。ただそれだけのこと。
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「誰にでも明るくなれるチャンスはある」
あのさんの半生を聞いた社長の出した結論だった。本当にそうなのだろうか。私にもチャンスはあったのだろうか。確かに高校で友達が出来ず、担任教師に相談した時も「明るくなった方が良い」と言われた。何なら今の職場でも「性格を真逆にするくらいでないと評価されないかも」とさえ言われている。しかし、そのための具体的な方法を教えてくれた人は、救いの言葉をかけてくれた人は誰一人いなかった。
ただ現実的な話、いつの時代もどんな場所でも、元から明るい人、あるいは明るくなれた人が社会の中心に居る。この世は陽キャに支配されている。暗い人はそれだけで不利である。どうしても明るくなれないのなら、ビハインドを抱えた状態で苦しみながら社会を生きるしかない。
そしてこれは受け入れたくない人が多いかもしれないが、客観的に見て暗い人より明るい人のほうが確実に印象が良い。特に職場の人間の大半は、お互いがパーソナルデータをほとんど把握していない状況にある。そうなると笑顔で明るいというだけで話しかけやすい、コミュニケーションが取りやすい、それにより性格や内面も少しずつ理解していけるので必然的に評価ポイントは高くなる。暗い人はそもそもどんなタイプの人間かも分からないので接しにくい、扱いづらい、もっと言うとちょっとした発言が誤解を招きやすい(ここ重要)という大きなデメリットもある。
私だって受け入れたくない事実だ。しかし、あのさんを見てようやく理解した。あのさんはまだ社員としては2年目で、私より後輩ですらある。勤務能力も飛びぬけて高いわけではない。ただ明るいというだけで社長に褒められたのである。暗い人が褒められることは永遠に無いと思った方が良い。真面目に頑張るなんてみんなやっていることだし。
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暗い人が明るくなれるチャンスは本当にあるのか。その人にとっての救いの言葉は本当に見つかるのか。私に出来ることは、あのさんのような事例をnoteで発信することくらいである。これで救われる人が一人でも居るかは不明だが、明るくなれた人の事例を今後も継続的に発信していきたい。私のような人を一人でも増やさないために。
「みんなの笑顔の中に自分が居たい」と少しでも願うのなら、今からでも遅くない。まずは自分が笑顔になるなど、出来ることから少しずつ。
(↓続きを書きました)