レンタルビデオショップとナポリタンと不思議な彼女
ボクがいまなんとなく人とコミュニケーションが取れるようになったきっかけといえば、高校時代のクラスメイトの”ある女の子”のおかげだと思う。
彼女は特に目立つタイプの女子でもなく、かといって地味なタイプでもなかったように記憶している。
どちらかといえばいわゆるヤンキー系に属する女の子だったと思う。
ボクがすべりどめでぎりぎり合格した県立高校はボクの家から自転車で一時間くらいの距離の場所にあった。
当然、当時電動アシスト付きの自転車など存在していなかったので(あったとしても高額すぎて買えなかったが・・・。)普通のママチャリで通学していた。京葉工業地帯のあたりで朝はトラックやダンプカーなどの大型車両が数多く走っており、寝ぼけながら自転車を漕いでいるとなんどか接触しそうになったものである。
当時のボクは完全に人間不信の塊(かたまり)のような人間だったので同じ中学からの友達もほとんどいなかった高校では当然友達もいなかった。ボクの学年は特に男子生徒よりも女子生徒のほうが数で圧倒しており、もはや女子高といっても差し支えないくらいの男女比であった。
ボクはいつも学校に行くふりをして通学途中の映画館に立ち寄っては夕方まで映画をみて過ごし(当時は入れ替え制ではなく朝からずっと居座ることが可能だった)、夕方のホームルーム前に通学するという過ごし方をしていた。
高校二年生になったとき、クラス替えがあった。
ボクは昼休みになると決まって人の少ない図書室にいっては、クラシックギターを学校に持参していた悪友と弾き語りをしたり、図書室にいる生徒からリクエストをもらって歌の練習をしていた。
歌のうまい奴が昼休みになると図書室でライブをしているという噂はそれとなく広まっていたらしく、そこそこの観客が集まるようになっていた。
そのなかに偶然彼女もいたらしい。
ある時、ふいに教室で彼女から声をかけられた。
彼女「ねぇ、なんでいつも昼休みにご飯も食べずに歌を歌ってるの?」
ボク「ん?食費浮かせたくてご飯代を節約してるんだ。ただ、それだけ。」
それっきり会話はなくなり、その日はそれだけで終わった。
話したことでそれなりにお互いを教室で認識するようになった。
当時、彼女は一学年上の先輩と付き合っており、放課後になるとその先輩が教室にきては彼女を迎えにきて一緒に帰るところを目撃していた。
ボクは別段彼女に対して、特別な想いもいだいていなかったのでなんとなく目の端(はし)にとどめるのみだった。
さして趣味のなかった当時のボクの唯一の楽しみが、学校帰りに立ち寄るレンタルビデオショップであった。
そこで気になる作品を何本かレンタルして家で見るというのが日課になっていた。
そのレンタルビデオショップが入っているテナントビルの二階に喫茶店があり、気にはなっていたがお金のないボクとは縁のない場所であった。
ある日、いつもどおりレンタルビデオショップに入ろうとしたところで声をかけられた。
声のしたほうを振り返ってみると彼女だった。
彼女「こんなところでなにしてるん?」
ボク「ビデオ借りにきたんだよ。ぶらぶらしてるように見える?」
なにがツボだったのかいまだに謎だが彼女はおもいきり笑い出した。
そして、おもむろにこう告げた。
彼女「ねぇ、ビデオ借りた後にうえの喫茶店おいでよ。」
ボクは一瞬なにを言われたのか混乱した。
なぜビデオを借りたあとに喫茶店に行かなくてはならないのか?
ん?これはひょっとしてお茶をごちそうしてほしいとかそういうこと?
なんとなく彼女が考えていることが知りたくなり、ボクは了承した。
ビデオを借りて喫茶店の店内にはいると喫茶店の制服らしき服をきた彼女がいらっしゃいませと声をかけてきた。
そのまま店内のテーブル席に案内されると彼女は小声でこう告げた。
彼女「ねぇ、ご飯食べてないんでしょ?私がおごるからなにか食べていきなよ。」
ボク「えっ、いいよ。そんなの悪いよ。コーヒーくらいなら自分で払えるから、コーヒーでいいよ。」
彼女「いいから、いいから。クラスメートのよしみだし、いつも無料で歌きかせてもらってるお礼だよ。」
彼女のごり押しに負ける形となったボクはお店の食事のメニューで一番値段の安いナポリタンを注文することにした。
しばらくすると彼女がナポリタンとアイスコーヒーを持ってきてくれた。
あれ?アイスコーヒーなんて頼んでたっけ?
困惑しているボクをみて、彼女は”にやり”としながら、こう言った。
彼女「あっ、アイスコーヒーは私のだから。飲まないでよね(笑)。」
なんでもその喫茶店は暇らしく、彼女としては退屈しのぎの相手をさせるべく、レンタルビデオショップに入ろうとしていたボクに声を掛けたらしい。
そんなことがあって、それ以降もボクは彼女の暇つぶしの相手として喫茶店に通うこととなった。毎回、ただ飯を食わせてもらえるボクとしては特に断る理由もなかったのである。ただ、一つだけ問題があった。
それは、食べているあいだずっと彼女に見られているということであった。
なにが楽しいのかボクが食べているあいだずっと”にやにや”して眺めてくるのだ。。。
ボク「あのさ、ボクの食べ方ってなにか変?」
彼女「なんで?普通だと思うけど。」
ボク「じゃあ、なんでいつも”にやにや”してるの?」
彼女「なんか小動物みたいでかわいいから。」
ボクはあやうく水を吹き出しそうになった。
ボクがかわいい?
いま、そう言ったのか?
ボク「あのさ、もう一度きくけど、今かわいいって言った?」
彼女「うん。言ったよ。かわいいもん。」
ボク「。。。。。。」
なんでも彼女には両親が離婚した際に離れ離れになった弟さんがいたらしく、ボクを見るとその弟さんを思い出し、かまいたくなって、いてもたってもいられなくなるらしかった。
彼女「弟がお姉ちゃんに甘えるのは自然なんだから気にせず、もりもりご飯を食べたまえ。」
ボク「いや、同級生だし。なんかおごってもらうのも変なんじゃ。」
彼女「わたしからおごられるの嫌なの?(といって彼女は少し悲しそうな表情を浮かべる)」
ボク「えっ、そんな。全然嫌とかじゃないけどっ。。。」
彼女「それならだまって冷めるまえに食べなさいっ。」
ボクは長男で姉がいたことはなかったのでなんだかとても甘酸っぱい気持ちになってしまった。なぜだか彼女のいうことには素直に従えてしまう自分がいた。
そのうち彼女の彼氏である先輩とも仲良くなり、いつのまにかほんとうの兄弟のような関係になっていった。
デートにもたびたび呼び出され、いつのまにかムードメーカー役を担うようになっていた。
高校三年生になった。
クラス替えもなくそのまま彼女とボクは同級生としてもう一年同じ教室で過ごすこととなった。
この一年間では特別記すこともないので割愛する。
卒業式の日、寒波がきた。
雪でもボクは自転車で通学していた。
その日スリッピーになっていた路面でボクはバランスを崩して路駐していたトラックの荷台の角のところに脇腹をぶつけてしまった。
にぶい痛みが走ったが卒業式には出たかったのでそのまま痛みをこらえて登校した。
なんとか卒業式を終え、学校をあとにしようとすると彼女が声を掛けてきた。
彼女「卒業おめでとう!これからは離れ離れだね。」
そういうと彼女は大粒の涙を目にいっぱいためて泣き出した。
なんだかボクもたまらない気持ちになり、二人で校門の前で大泣きした。
自然と彼女がハグしてきた。
彼女「最初に声かけたとき。キミはとても暗い目をしていたんだよ。だから、私は胸が痛くなって思わずご飯食べさせなきゃって勇気を出して、声をかけたんだよ。」
ボク「。。。。。。」
彼女「(激しく嗚咽しながら)ちゃんと人間の目になってよかった。優しい顔になったね。おめでとう!」
ボクは激しく嗚咽してしまった。
こんなに友達から優しくしてもらったのは、はじめてかもしれない。
そんな思いでずっとボクに接してくれていたのかと思うと涙がとまらなくなってしまった。
彼女「最初に図書室でキミを見かけたとき、どこかうつろな目をして寂しげなオーラをまとっていたからずっと気になってたんだよ。教室でも誰とも話してなかったし。この子は大丈夫なのかな?って。」
彼女「だからね、キミがレンタルビデオショップに通ってることを知ったとき、わたしが人間に戻してあげなくちゃって思ったの。彼にも話したら、俺も協力するっていってくれて惚れ直したんだから。」
なんとなくのろけられた気もしたが、ボクはうれしさとはずかしさが入り混じった感情でどういう表情をしていいのか混乱していた。
彼女「いい?私はこのまま卒業したら就職しちゃうけど、世の中には悪い人もたくさんいるから、つらいことがあったら私と彼のことを思い出して人間に戻るんだよ。」
それからもなにかとりとめのないことを話した気がするけど、今はほとんど覚えていない。
ほんとうにありがとう。
ボクが今こうして人間でいられるのはキミのおかげだと思ってるよ。
キミと出会えてよかったよ。
そんなことを休日に思い出しながら筆を置くことにする。
End
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