蛍光灯

廊下の蛍光灯が切れた。
その状態で過ごし始めて3週間ほどが経過した。
長いこと一人暮らしをしているが、私は蛍光灯を取り替えるという作業が家事の中で一番きらいかもしれない。

蛍光灯が切れたらまず、新しい蛍光灯を買いに行かなければならない。
接続部分の大きさはいくつだ、長さはどれぐらいか、ワット数は…。確認しなければいけないことが多すぎる。
小さな電球なら、切れた電球を持ってお店に行ってそれと同じものを探せば良いが、大きい蛍光灯だとそうはいかない。
写真を撮ろうにも、長期間強い光を浴び続けてきた蛍光灯のガラスは劣化して、書かれている文字も読みにくい。
完全に蛍光灯の寿命の長さが仇となっている。

それでもなんとか合いそうな蛍光灯を探し当てて買う。
そうすると、次はこれを持ち帰らないといけない。蛍光灯ほど”ワレモノ注意”なものは他にはないと思う。薄いガラスでできているはずなのにパッケージのガードが甘すぎる。四角い筒状のダンボール紙みたいな紙筒。そんなちょっとうねうねさせただけの紙で蛍光灯のような繊細なガラスが守れるのか。しかも、どういうわけかその紙筒は両端が開いていて筒抜け状態である。こんな長いものを横に持って歩くわけないのに。落ちないように適度な力で握り続けなければいけないではないか。
そんなワレモノと一緒にびくびくしながら家に帰るのも一苦労だ。

そして家に着いて蛍光灯を変える。
このために買った踏み台に乗って、天井に手をのばす。
当たり前だが、蛍光灯を変えるときはその空間に灯りはない。人生でほとんど経験のない作業を暗い中でしなければいけない。しかもワレモノを相手に。
古い蛍光灯を外そうとしたが、なかなか外すことができないのでネット検索で蛍光灯の取り外し方を探す。本体部分を回転させることで外すことができるらしい。
その通りにやってみるとカチッと音がして片方が外れ、もう片方は支えを失って簡単に外れた。
その瞬間、いつのものか分からない埃が降り注ぐ。逃げようにもここは踏み台の上、逃げることもできずに顔面に浴びてしまった。
マスクをつけたままやるべきだった。それもネットに書いておいてほしい。

一頻りくしゃみをした後、天井付近の埃を払って、新しい蛍光灯を頼りない紙筒から取り出す。床に勢いよく当たったりしないように慎重に取り出して、再び踏み台に上る。取り付けるときは簡単。取り外すときの逆をすれば良いのだ。片方を取り付けて、それを支えにもう片方をカチッと差し込む。

これで完了。この先数年は変えなくて良いはずだ。そのころにはもう私はこの部屋にはいないから、次にこの部屋に住んだ人、よろしくお願いします。
そう思って電気のスイッチをONにする。

点かない。何度パチパチやっても点かない。
スイッチをONの状態にするとジジジ…と小さい音がして、蛍光灯の右端が少しだけ赤く光る。なんかやばそう。

仕方ないので、もう一度踏み台に乗って向きを逆にしてみたり、取り付け直してみたりしたがやはり点かない。わけが分からず、一旦明るい部屋に入りソファに座ってネットで検索することにした。
「蛍光灯 取り替えても 点かない」
蛍光灯の向きや種類、取り付け方など色々な対処方法が出てきたがどれも試したことばかりだった。そして最後に、
「それでも点かない場合は、蛍光灯の寿命ではなく、安定器の不具合である可能性が高いです。」


読み進めると安定器の不具合の場合は、自力で直すことは難しく、業者を呼んで直して貰う必要があるらしいことが分かった。
一般的に安定器は8~10年ほどの寿命であるらしい。2年だけ住んだこの部屋で、その交換時期を引き当ててしまった。
非常に面倒くさい。
灯りが点かない原因を蛍光灯の寿命だと信じて、新しい蛍光灯を買いに行った時間と労力は何だったんだろう。あの踏み台は他に使い道があるのだろうか。
そして、業者ってどうやって頼むんだろう。知らない人を家に上げなければならないのも何かいやだ。見られるところは綺麗に掃除しておかなければならないのに、掃除が必要な空間が暗いのもいやだ。

まあ、昼間の明るい時間に掃除して、人に見せられるくらい綺麗になったら業者に電話することにしよう。そう思って3週間。
その状況で暮らしているうちに、灯りのない廊下にすっかり慣れてしまった。
廊下にキッチンがある間取りなので、料理をするときもスマホの微かな灯りだけが頼りだ。特に深夜に寒天を仕込む時間。ほぼ暗闇の中で鍋に水と粉寒天を入れてかき混ぜる。仕込みの時間は、基本的に好きな芸人のラジオを聞いているので、終始ニヤニヤしている。傍から見れば魔女が毒的なものを仕込んでいる様だ。
それでも、慣れてしまえばこっちのもの。暗闇の中でも水を計ってフルーツ缶を開けて、出来上がったらタッパーに注ぐことができるようになった。

これだけ暗い廊下に慣れることができたなら、さっさと掃除して整理整頓して、業者を呼べば良い。そう思う一方で、これだけ暗い廊下に慣れることができたなら、この部屋を出るまでもうこのままでも良い気もする。

私の部屋の蛍光灯はいつ点くようになるだろうか。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?