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痕・約束(きず・やくそく)2・『原作者より・前述』

『原作者より・前述』


 この物語が書き終わるまで、「COVID-19」が収束しているのだろうか?
 僕が物語を書くなんて初めての事だ。僕がこの物語を書き始めたのは、「COVID-19」が日本で深刻になった頃だった。(二〇二〇年四月中旬)
 物語の改定を重ねていく中で、僕は何度も自問自答を繰り返した。はじめこの物語は、自意識過剰な自伝で済ます予定だった。気の置けない仲間にでも読ませ、笑われることで終わる程度に…そう思っていた。
 しかし、彼女が残した細い線を辿(たど)って「現在の彼女」へ、ようやくたどり着いた時、僕は驚愕の事実を知ってしまった…素人が探偵のマネ事などするべきじゃぁ無い。
 間違いなく、この物語は「彼女」が「主人公」なのだ。だからもう一度、この物語を初めから書き直す事を決意した。

 それでも、この物語は、僕の物語なんだ。
 誰にでも、「よくある話」だろうけれど、僕にとっては少年時代に作った大切な宝箱なのだと思う。しかし、いつの間にか何かが無くなっていた。この宝箱の中には大切なモノが一つ欠けているとさえ思う。

そして、僕が物語を創(はじ)めるにあたり、旧家・小学・中学・高校と訪ね歩いた…
 小学校は、僕が小学四年の時に新校舎が建てられ、小学五年の進級と共に、校舎を移動した。その後、旧校舎の取り壊しと共に、新体育館が増床された。それ以来、四〇年近い校舎はそのままだが、旧校舎は跡形もなく整地され、運動場になっている。
 中学・高校に至っては、完全に新築され昔の面影は全く無くなってしまった。唯一、旧正門だけは残されているが、そこを利用するモノは、今は誰もいない。改めて見渡せば、昔の面影を匂わせる場所は無くなってしまった。あぁ…運動場だけは残されているのか…
 振り返り見渡せば、残った場所があったとしても、やはり、「思い出」とというモノは、旧校舎と共に無くなってしまったんだなと、しみじみ思いながら、新校舎を見上げてしまう。

僕の思い出といっても、遙か忘却の向こうで、さしたるモノは無いけれど、あったはずの建造物が無くなるだけで、こんなにも、心は寂寞としてしまうんだ。
 僕の生家は、中学時代に建て替えられた。同じ町内ではあるけれど、別の場所へ移動したが所以(ゆえん)、旧家は跡形も無い。
 彼女の実家は、まだ同じ場所に同じ形で或るけれど、ここに彼女はいない。それは知っている。
 もう一つ、ここで書いておくべきだろう…
 彼女の帰るべき実家は在っても、彼女と「初めて出会ったリンゴ畑」は、もう無い。僕の親父が、彼女の祖父から受け継いぎ、今は僕が耕作している。
 そう、彼女の「想い出の帰る場所」を奪ったのは、僕自身なんだ。
 だからと云って、彼女が僕を恨む事は、無いと思いたい。
 もうこの畑は、彼女にとって無関心な場所なんだ。

なお、文中の登場人物名は、仮名です。お許し下さい。


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