痕・約束(きず・やくそく)21・『破の章』[進路ー前編]
[進路ー前編]二年の終わり
<1>
唐突に、教室内に校内放送が入った。チャイムも鳴らさない。
「タムラ・ジュンヤ、今日は、学校に来ているな!すぐ職員室に来い!逃げるなよ!繰り返す…」おいおい、こういう放送を教員がやっていいのか?僕はそう思った。
逃げても無駄だ。そういう事だろう。
だいたい何で、「今日は学校にいる」って決めつけて放送するんだよ…これじゃぁ、僕は犯罪者みたいじゃないか。
「今度は、何やらかしたの?」
そういうマツハシには、実際、問題児に見えるのだろうか…
クラスメイトも興味津々な目付きだし、あれこれ言ってくる…僕とクラスメイトの距離は、二学期以降かなり近くなっていたんだ。
林間学校の事も或る。
それ以上に、ファミコンの販売によって、システムエンジニア・システムクリエイター・プログラマーそういう言葉が一気に広まったんだ。僕がその前から苦労して積み上げたモノが、ゲームという形になる…タムラは「変わり者」だから目の付け所が違う…皆がそう思うようになっていたんだ。
変人だけ、余計なんだよ…
今年の二月に自分の進路校を決めるために、高校の見学会が行われたんだ。僕はヒロサキで唯一、「情報科学科」がある工業高校を第一進路に選んだんだ。
倍率は四十倍。
でも僕には自信はあったんだ。
しかし…見学会当日、僕が目にしたモノは、とてつもなく時代遅れに感じたんだ。だから、最後の質問時に僕は、手を上げ続けたんだ。
機械語の学習は?
ネイティブランゲージは?
オンラインは?
バッチは?
情報科学と情報工学の違いは?
あえて知っているのに、僕は質問攻めにしたんだ。
しかし、担当者は、これはあくまで見学会という事で…という曖昧な返答で見学会は終了したんだ。ここに、僕の追い求めるモノは無いんだ。そう確信したんだ。
だから、僕は進学先を失ってしまったんだ。どうするんだよ…
そんな矢先の、教員からの呼び出しだった。だいたいにして、たまたま授業に参加中だったんだ…
<2>
タムラ君が、授業中に「逃げるな!」とまで云われた校内放送を聴いて、私はとても不安になってしまった。
彼が進学先の変更に迫られている事も知っていた。
自暴自棄で、何かしら悪い事をしているのかも知れない…
彼に限って…そうも取れる放送なんだ。
「マツハシ…心配するなって、多分、僕の考えが正しければ、全然別の事なんだ。ただなぁ…これで、下手したら、マスコミ問題になるかもなぁ、知らぬ存ぜぬで通せよ…」
彼は、教室で授業中だというのに、ハッキリと私にそう云ったんだ…私と彼の関係はそんなに深いモノじゃ無い。
ちょっとした友達以上程度なんだから…
それに、授業中だというのに放送のため教室は、騒然となってしまった。
三学期目の三月なんだよね。授業なんて名ばかりの、ほとんど自習と変わらない日々なんだ。だから、彼も図書室では無く教室にいたんだよ。
彼は、一年の時、PCを手に入れていたらしい。でもゲームはほとんどやらないと云った。ゲームを買うお金がないとも云った。どうせなら、トコトン実験したいとも彼は私に云った事があった。
ファミコンは所詮、廉価版のゲーム機なんだ。メーカーが「ファミリー・コンピュータ」なんて名前を付けたから、親が騙されているんだとも私は聴いている。
「ゲームが嫌いなの?」私が云うと、
「嫌いって事は無いけど、中身がどうなっているのか知りたい」と云うんだ。
だから彼はファミコンを買う事は無かった。いつになっても、彼の方向は一度も曲がった事が無い。周りに流される事も無い。
本当に変わった人…でも、私も彼に感化されたのか、目標が決まればいつだって突っ走るようになった。
部活だってただ一人、全国まで行けたんだ。でも、全国の壁がいかに大きいのを知った。だからと云って、諦めるつもりなんて毛頭無いんだ…
私まで、タムラ化している…
<3>
職員室に呼ばれた理由は、薄々は気付いていたんだ。
十二月の締め切りギリギリまで詰めて詰め込んだプログラムなんだ。
内容なんて至って単純なんだ。
中一から中三までの数学の全てを網羅したプログラムを作ったんだ。
平方根も、ただのプログラムならマイナス値は計算されない。双曲線・因数分解・類似そういうものを、ただ解が出るだけでは無く、課程を表示するように見やすく早く表示する。
問題だったのは証明だったんだ。文章を入力するだけでは、プログラムでは掴みきれないんだ。
だから文章の中に出てくる要素を切り出して入力する必要があるんだ。流石にそこだけは人間じゃ無きゃ無理なんだよな…
(今では、AI・ディープラーニングを流用する事ができるため、ある程度の事は出来るようになったんだ。それでもビッグデータは必要なんだ…)
「失礼しま~す。タムラです」ノックもせずに、僕は職員室へ乗り込んだんだ…
しかし、ほとんど教員がいない…「それもそうか…今、授業中だもんなぁ」苦笑してしまった。
「タムラ、直ぐに校長室へ行くんだ。トウキョウから出版社の人が来ている。お前、一体何をしたんだ?」一人の教員が云うんだ。
だから僕は「さぁ?何でしょうねぇ?」と、とぼけてしまったんだ。
僕には「トウキョウの出版社」だけで、十分判ったんだから。
校長室には、数名の数学教師と、科学系の教員がいたんだ。あぁ忘れていた…校長・教頭もいたんだなぁ…
後は僕を訪ねてきたはずの、出版社の人。あれ?何で二人もいるんだ?
僕はてっきり一人だと思ったんだ。
名刺を渡されたけれど、僕には返礼する名刺なんて持っている訳は無いんだ。
僕はただ挨拶するしかない。
「どうも、わざわざ、田舎までお越し頂いてありがとうございます。」と云うしかないんだ。
名刺を見なくたって判るんだ。一人は編集局長だろう。もう一人は編集員だと思う。僕は、精々出版社の編集員が来るモノとばかり思っていたんだ。
僕のプログラムには癖があるんだ。まだ当時は「GoToレス」は主流では無かったんだ。それに、基本的なプログラムはBASICを使用していたけれど、描画速度を向上するために、所々に機械語が埋め込んであるんだ。
専門誌でもそうそう簡単に機械語を使う事は無いんだ。精々、ゲームのキャラクター用に、データ化された十六進数が使われる程度なんだ。
僕のプログラムはどれだけ評価されるのだろう…それだけが知りたかっただけなんだ。
<4>
いきなり、編集局長から質問が飛んできたんだ。
「君、まだ中学二年だと云うのは本当のようだ…このプログラムは、本当に君一人で作ったのかい?」
まぁ…誰だって判る人はそうも云いたくなるだろう…
「はい、僕一人です。コードは読まれたようですね。全体的に統一っていうか、癖みたいな感じありませんでしたか?何か問題でも?」
僕は相手を引っかけたんだ。相手は百戦錬磨のプロなんだ。プロなら、一目コードを見れば、何人で作ったか位判るだろう。
僕に一人で作ったのか聞いたのは、ただの挨拶なんだ。
問題だって沢山残っているんだ。テストは何度も機種を変えながらやったけれど、持っていないハードまでは手が回らなかった事なんて。自分が一番知っているんだ。
だいたいOSに左右されないように編み込んだんだ。
「ハッキリ云っていいかい?このプログラムには、絶対的に必要な事が抜けている。それは見れば判る。それ自体に、君は何というのかな?」
流石にプロだな…いの一番に、僕が出来ないと、諦めた部分を取り上げたんだ。
「はい、印刷ができません。プリンターはメーカー事に出力方式が違います。ページプリンタでは、ある程度、印刷する方法もありますが、ドットインパクトだと完全に印刷方法がありません…できたとしてハードコピーが精々ですね。
僕は個人です。
そんな高額な機械は購入する事はできません。だから、逆に、BASICといえど、コンパイル出来るように編みました。」
僕はプログラムを作った、組んだとは云わなかったんだ。「編んだ」と表現したんだ。
長い長いプログラムなんだ。作ったと云うより「編んだ」と云う方が伝わるだろう…そう思ったんだ。
「そうか…しかしこの計算式なんて、普通の中学生には思いつかないだろう?何処でそういう知識は身につけたんだい?」
やっぱり、そう云う質問をするよな…普通のBASICには限界があるんだ。解が二種類以上ある場合は、入力した数値に一番近い価しか計算出来ないんだ。
僕はそれを「そういうモノだ」とは思わなかったんだ。
だから方法論を模索したんだ。高等数学ですら無理だと思ったんだ。
追求型の独特な思考が無ければ、より良いプログラムなんて出来ないんだ。ある意味、センスが必要なんだ。
だから僕は言葉に気を付けながら続けたんだ…
「はい、ご存じのように、例えどんな電卓でもPCでも汎用機でも、二乗以上の解は、一つしか解けません。
僕にはそれが不満でした。
だからプログラムを作ってみよう、そう思ったんです。
僕は今、十四歳です。でもプログラムは十歳から始めました。
全て独学です。」
<5>
数人の数学の先生達が響めくのが判るんだ。
僕は数学と科学だけは、ほぼ満点なんだ。たまに、凡ミスで計算を間違える程度なんだ…まぁ、それが僕の弱点なんだよな。早とちりしやすいんだ。
「タムラ!いい加減な事を云うんじゃない!」
一人の数学教員が、僕の発言を撤回させようとするんだ。
そりゃそうだろうさ。数学教員だって僕のプログラムは理解不能だと思う。面目丸つぶれなんだよな。
「先生、質問していいですか?ゼロのゼロ乗の解は?答えは何ですか?」
ゼロを除く解は簡単なんだ。全て「1」になる。
僕はそれを得る為の方式がもう判ってるんだ。
高等数学まではそれでもいいんだ。集合値だから…数学の教員を黙らす方法なんていくらでもある。
「それはだな…1だ」
ダメだ、この教員も固定観念に縛られているんだ。
(ゼロだけは特異点なんだよ…)
僕は編集局長に向かって「どうぞ」と促したんだ。
そして二時間にも及ぶディスカッションが始まったんだ。まるで、テストを受けているような、そんな感じだったんだ。
最後の締めくくりはこんな感じだったと思う。
「何で、君は我が社の「新人部門・一般の部」へ、プログラムを投稿したのかな?」そうなんだよな…
「御社のプログラムの評論はいつも読ませて頂いております。レベルが高い事は承知していますが、だからこそ挑戦しました。
ただ残念な事に、年に一度の御社の登竜門が「一般の部門」と「高校の部門」しかありません。
僕はまだ中学生です。応募要項を満たすためには、一般で投稿するしかありませんでした…」
そういうことなんだ。僕の年齢ではまだ、登竜門に投稿するには早すぎたんだ。だから、プログラムの内容だって、ゲームでも無ければ、シミュレーターの中盤までで限界なんだ。高等数学ではシミュレータには、向き不向きが出てしまうんだ。
「まぁ、君の事はよく判った。ここからは、私と先生達と話し合ってみよう。あぁ、そうだった。このプログラムを作るために、君は仕様書や、フローチャートは作ったのかい?」
「はい、学校に置いてあります。今すぐお持ちしましょうか?」
そうなんだ。僕が図書室にこもっていた理由は、もちろん本を読むためだったけれど、自分が書いた仕様書の類いを隠すための絶好の場所だったんだ。A4サイズの二穴バインダー。
一冊に紙が五百枚以上入るんだ。それが二冊。これを作り上げるために僕は図書室にいたんだ。隠れてそこにいた訳では無いんだ。
木を隠すには森の中ということなんだよ。
「これ、トウキョウに持ち帰っていいかな?勿論コピーも取らないし、必ず君に、私から返そう。」
それだけで十分なんだ。間違いなく評価された。そう思ったんだ。
そして「私から返そう」ということは、また来るんだ。
編集局長が…その時ほど、興奮した事は無かったと思う。
<6>
僕が教室に戻ってからだ。何処で、そんな情報を得たのかは判らないんだ。
「タムラ!さっきの人、トウキョウの出版社だって聞いたけど、本当なのか?」
「一体何をやらかしたの?」
「タムジュン、ファミコンのゲームでも作ったのか?」
「学校やめるって本当か?」
ここまでくれば、伝言ゲームだな…内心苦笑してしまうんだ。
「違うよ、トウキョウの新聞社の人が来ただけだよ。ファミコンのゲーム?そんな作れる訳無いじゃないか…だいたいさぁ、義務教育って、やめれるのか?」
そう云って、たしなめるしか無いんだ。
だいたいにして、僕は昼食も取っていないし、今、授業中だぞ…
事情を知らない先生も、興味はあるようなんだ…
いきなり先生は黒板に「自習!」って書いて、教室を出て行ったんだ。
僕だって、あれこれ聞かれたって、云えないことの方が多いんだ。まさか試験みたいな事をしていたなんて云ったら、それこそブーイングの嵐に決まってる。何も無かったとは云えないし…
こういう時はどうすればいいんだろう…
そこまでは、流石に考えていなかったんだ。気持ちにゆとりも無かった。
自分自身が興奮しているんだから…
万が一にも、地元の新聞社に感づかれたくは無かった。
テレビ局もそうだ。
でも、その塩梅は、多分、あの編集局長が何とかしてくれるだろう…そういう安心感はあったんだ。
教室を静かにしてくれたのはマツハシだったんだ。
「みんな、タムラ君が困ってるじゃ無い。ちゃんと、先生から説明があると思うから、それまでは、普通にしていようよ。何かあったら、先生に聴こう!それでいいじゃない?」
助かるよ…マツハシ…
本当に、僕は疲れ切っていたんだ。
いつもなら先手を考えるだけの余裕があるけれど、今日は無理なんだ…
だから、その授業が終わった後、フラフラと図書室に閉じこもったんだ…
<7>
私は、彼があれだけ憔悴している姿を初めて見た気がする。
いつもなら、できるだけ目立たないようにしている彼なんだ。でも、いつだって何かしら目立つモノが或る。
でも、今日の彼は、多分、彼自身が何かをやらかしたんだ。
悪いことじゃない…それは判る。けれど、悪目立ち過ぎなんだ…
私がアオモリ代表になった時、トウホク代表になった時、試合で疲れていたんだ。それなのに、次々とイベントがマスコミが押し寄せてくる。両親も戸惑っていた…
あの時を思うと、ゾッとする。
あらかじめ用意されていた私の発言は、私が書いたのもじゃないんだ。
始めから用意されていた。
彼は、あの時の私と似ている。
ただ彼には、私のようにあらかじめ準備されたモノが何も無いんだ…だから余計心配になる。
彼にはいつだって余裕があるはずなんだ。あのすばしっこさ…先読みする能力…途方もない知識と実践力。それでも、彼は疲れた。
私が知っているのは「トウキョウの出版社が来た」事だけ。
皆何か勘違いしてしまったんだ…
私は、ただ彼に届くために努力してきたんだ。だいぶ近づけたと思ったんだけどなぁ。
今日の出来事で、多分、また私は引き離されてしまうんだ…私もかなり努力してきたつもりだけど、彼は、彼が出来る事を次々と挑戦しているんだ。
私達の目の届かない場所で…
少しくらい、私に相談してよ!そう思うことも或る。
でも、彼は自分の努力を私にさえあまり話すことは無い。
「アヤにはまだ早いよ」って。
どんどん、先に進んで云ってしまう。
私だって、寂しいんだ。
でも彼には本当の意味で、相談相手はいないんだと思う。理解者がいないんだとも思う。
私には、両親が、友達がいた。
彼は、以前、私に云ったんだ「両親だって判りはしないよ」って。
勿論、私は彼の友達。他にだって彼の友達はいるけど、コンピュータがこれだけ話題になるのに、私達は、まるでそれがどういうことなのか判らない…
辛いよ…私は彼に何も出来ない…
力になってあげたい。けれど、一体どうすればいいんだろう…
私には、結局、彼を休ませてあげることしか出来なかった。
彼は云ったい何処まで進み続けるのだろう…