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お山のアカネさん
「山の中に住んでいます。大きな木に囲まれた生活は自然を実感する日々です。誰かが残した大切な何かを次の世代の誰かにつなげられたら嬉しいな」
お山のアカネさんは、私が人から紹介されて、一時期連絡を取り合っていた文通相手だ。その頃私は、ある大学院で秘書をしていた。
私の仕事は昼間だったが、夜間大学院だったため、昼間あらわれる先生がたは少なく、比較的一人で自由にさせてもらっていた。環境的にも条件的にも恵まれていたと思うが、友人ができず、一人で心細いと感じていた時だった。
アカネさんのことで私が知っていたことはほんの少し。夫君と二人暮らし。骨董品に興味がある。自宅の風呂が温泉。送られてくるハガキが筆文字で篆刻つき……これくらいだろうか。アカネさんは私生活の多くは語らず、私もさほど気にしていなかった。そんなアカネさんから、突然言われた言葉で、今でも心に刻みこまれている言葉がある。
「なむさんの印象。なむさんはいつも机の上をふいているイメージ。ゆっくりと、丁寧に。丁寧に……。」
ドキッとした。その頃の私の仕事は、教官室に入ったら、まず一番に部屋にある大きな木製の机の上をごしごしとふくことだったから。それは、部屋にはいったら、無意識に朝一番にやっていたことだが、誰にも見られていないことのほうが多かった。それをアカネさんは、見事にいいあてたのだ。なんという洞察力。アカネさんとは多分、波長があっていたのだろう。
大学院の秘書の仕事は、いわば裏方が多く、忍耐力を強いられることも多々あった。時々、折れてしまいそうになった私を、アカネさんは、よく支えてくれていたと思う。
「なむさん、あわてずにね。ゆっくり、ゆっくり」
そして、あの頃を振り返ると思う。精神統一したくなったら、机の上をふくのが一番だと。それに気付かせてくれたアカネさんには、感謝している。今でもきっと、自分のペースで四季の中をひょうひょうと過ごしているに違いない。