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「ENIGMA二次創作」 君がくれた"奇跡"の魔法

 




 はじめに


 

いつも私の記事をご閲覧くださり誠にありがとうございます。
 今回は趣向を変えまして、棗いつきさんの10thアルバムである『ENIGMA』に感銘を受け、特典小説の二次創作を書いてみました。
 下記のリンクは、ENIGMAの特設ページと棗いつきさんのYouTubeチャンネルです。

普段こういうのをほぼ書かない人間なので、至らない部分もあると思います、というかありますのでその点だけ目をつぶっていただけると幸いです。

 一応、本二次創作を読むにあたっての注意事項だけ説明します。

 ※本小説は、偉大なる本編様あってのものとなっておりますので絶対に本編を読んでからお願いします。

 ※本小説は、私個人の考察と解釈を含んだオリジナル設定があります。そういうのが苦手な方のご閲覧はオススメしません。

 ※本小説は、本編終了後の物語をベースとしています。結末やネタバレを含みます。

では、本編です。


本編


1 虚構が生み出した世界

 


 詠唱を終え宙に舞った本が地面にパタンと落ちる。 
 私は、その本を拾い上げ抱くようにその場に仰向けになった。
 錫蒔狛騎という少年が怪異(エニグマ)と戦い世界を救った虚構(おはなし)。それが私が最後に閉じ込めた物語だ。

 青い空の下、不穏な空気が流れていた京都からエニグマたちの気配が徐々に消えていった。
 
 あぁ、これで全てが終わったんだなと理解する間もなく意識が薄れていく。膨大な魔力の消費からくる疲労と、魔力機構の消失による身体への負担によるものだろう。
 
「狛騎、終わったぞ」 

  ただ、一言そう呟いて私はその場に気絶した。




 その後、すぐに見知らぬ天井の下で目が覚めた。
 交換されたばかりであろう綺麗シーツにどこか薬品臭い室内、そして医療関係のものと思われる機械。

 ここは、病院か?

 どうやら私は、誰かに助けられ病院に運び込まれたようだ。
 本は……無事みたいだな。
 まだ言うことの聞かない体を何とか起こして本を手に取ろうとしたその時、病室の扉が開いた。 

「千桜ちゃん。体調は大丈夫?」
「雛菊か、私の体調は……万全とは言えないが、問題は無い」

 入ってきたのは雛菊莉麻だ。
 どうして彼女が私が病院にいることを知っているのか考え込むような仕草を見せたのを察したのか、彼女は口を開いた。

「良かったぁ……迎えに行ったら千桜ちゃん神社で倒れてたんだよ。私びっくりしちゃった」
「君が、私を迎えに?」
「うん、駅前に新しくできたカフェに行こうって千桜ちゃんから珍しく誘ってくれたじゃん」
「私が、君を?」

 会話を受け、整理するが状況の辻褄が合わない。
 確かに狛騎と獅子門に関する情報及び、関連する出来事は全て虚構化され、無かったことになったはずだ。
  その事は、能力の所有者である私が1番理解してるし今までもそうなってきた。
 今回起きた事件の代わりが天災でも人災でも何でもいい、エニグマが起こしたということが置き変わっていればいつもの通り。むしろ、変わってないとおかしい。
 5万人が亡くなっている大規模な事件だったんぞ。それがそのまま無かったことになるのは有り得ない。
 だが、今回のようなケースは初めてのことだ。雛菊も恐らくエニグマでは無い何かしらの被害にあっていると思われる。なのに状況は平和そのものと言って良いだろう。
 少し探りを入れるか。

「すまないが、テレビをつけてくれないか」
「別にいいけど、今って面白い番組やっていたかな」

 雛菊は、リモコンを手に取りテレビをつける。私の指示で公共放送を含むチャンネルを3つほど変えてもらったが、どこにもエニグマが起こした事件の代わりとして起こった事件のことが報道されていなかった。

「どうなっているんだこの世界は」
「ねぇ千桜ちゃん。さっきから様子が変だけど具合が悪いの? なんだかよそよそしい気もするし、まるで別人みたい」

 私の行動が変に写ったのか、訝しげな顔を浮かべる。 
 会話の流れで察したが、どうやらこの世界での私と雛菊は2人で茶会をするくらいには交友関係は築けているようだ。
ならば、これ以上怪しいことをして理解への糸口が消えてしまうのも私としてもあまりよろしくない。
 ここはひとまず記憶喪失ということにしておこう。

「すまない、少々頭を打ってな。軽度ではあるが記憶喪失になったようだ。ほんの数日間の出来事だがあまり覚えてなくてね。この数日間に私は何をしていた? 」
「ここ数日の千桜ちゃんかぁ。普段通り学校行って私は部活してたけど千桜ちゃんは、たまにあの神社に行ってたね。あ、あと体育の補習で文句も言ってたよ。『生きる上で最低限の体力があればいいのに長距離走なんて走らせるな』って」

 どうやら私は狛騎の代わりに学校へ行っているようだ。
 その時、狛騎が最後に想像した世界を思い返す。

""空泉東高校の教室に僕の席はなくて、代わりにそこが千桜の席になる。莉麻ちゃんは、きっと魔法使いじゃない君のことも、放っておかないだろうな""
 
  彼が想像したままの世界が、私の目の前に広がっている。
 消えゆく彼を哀れんだ神の慈悲なのか彼と私が救った世界は、彼の望んだ世界として体現させた。
 そんな表現が正しいだろう。

「そうか狛騎。お前は最後の最後までお節介な奴だ。消えた後にも借りが出来たじゃないか。余計なお世話だがな」

 思いにふけていると、つけっぱなしのテレビからお昼の情報番組が流れる。
 そこに映し出されたのは、"例の事件"の被害者であるAlumiこと須羽或深の姿だった。


『続いての話題です。人気バンドテロメアの新曲"愛のテロメア"についてですね。本曲ですが、なんと今回の作詞はAlumiさんではなく他の方が担当しているということなんですよね』
『えぇ、今回の作詞に関わった羽代さんはなんと、Alumiさんの高校時代の同級生ということで話題性ありましたもんね』

 或深だけではなく、瞑までもが例の事件の影響を全く受けていない。
 ここまで来ると妙な気持ち悪さも出てくる。
 まるで『僕以外の皆が幸せに過ごしている世界』という自身の生を否定し続けた果てにあるものと言えよう。
 この世界で生きるということは、彼がいないことを受け入れ、認めることと同義だ。
 それでも、私は生きる。
 彼がくれた幸せの魔法を無駄にしないためにも。


2 逆夢



 狛騎がいなくなってから5年

 世間は何も変わりは無い。
 スーツを着て忙しなく歩くサラリーマン、子供を抱えあやしている母親。周りを見ずに我先へと走る児童。
 古都が故に再開発が進んでいないため、今やレギュラーとなったメタバースでの生活はほとんど見られず、レイワを彷彿させるような光景だ。
 私は今をそれなりに幸せに過ごしている。
 
 怪異に対する知識は魔法が使えずとも健在であ
るため、逸先輩の妹である病さんの提案でメタバースを通してエニグマなどどうしようもない相手への相談を受け持つ仕事をしている。
 なぜこれを仕事にしているかと言うと、元々は逸先輩に病さんが話をもちかけていたが、少しでも力になりたくて私に回してくれと頼んだからだ。
 私が祓う事は出来ないが、魔法が使えなくとも低級のエニグマくらいならなんとかなる。
 それに、自営業でいる方がしがらみがないため特異現実対策委員会(以下ETF)の連中の世話になるより何倍もマシだ。
 ちなみに、自分でも驚いているが機械の扱いというのは苦手では無いみたいだ。というか今までが触らなすぎたのだろう。慣れてしまえばなんてことは無い、単純な操作だ。

 稼ぎの方は労働に大してまずまずと言った金額だが、時には好みである菓子と紅茶を嗜む余裕もある。
 魔法が使えない私は案外この世界に順応できているみたいだ。
 変わらないことがあると言えば戦う相手がエニグマであることくらいか。

「情報だけでエニグマを制す。やってみる価値はあると踏んでいたが、どうにかなるものだな」

 元々、相手のことを調べるというは私の能力において必須の条件だった。それ故に今まで虚構化したエニグマの事なら手に取るようにわかる。
 言ってしまうと私は歩くエニグマデータベースのようなもの。
 ありがたいことに私が虚構化したことのあるエニグマに関する相談が大半を占めるので、解決策を用意するのは容易いことだ。
 だが、魔法が使えなければ完全な解決とは行かないので討伐となると他を頼らざるを得ない。

「追い詰めて最後何も出来ないのは辛いな。私と一緒に同行して色々祓ってきたが、お前の気持ちが少しは理解出来たよ狛騎」

 その事を考えていると、私宛にボイスメッセージが入る。

『拝啓、芹生千桜さん。自分、雨崎 疾風(あめざき はやて)と言います、急で申し訳ないのですが、要件の方を説明します。怪異の専門家である千桜さんなら知ってると思いますが、ドリームキャッチャーについての相談なんですが……』

「ふん、またこの件か」

 私は深めのため息をついてボイスメッセージを切り、吐き捨てる。

 ドリームキャッチャー

 この時代にネットを触っている人なら知らない人はいないだろう。
 つまり、全人類が知っていると言っていいほど世間を騒がす存在。
 名前の通り、夢を掴む者という意味で遭遇することが出来ればどんな願いでも叶うという話だ。
 実際に会うことが出来て億万長者になった人や美男美女になった人もいるとの噂だ。
 正直な話、エニグマ関連でなければお手上げもいい所だ。メタバース中にいる有象無象共と話題に躍起するといい。
 それよりも私は解決しないといけないことがある。
 それは、京都で寝たまま起きない人が多発しているという事件だ。
 しかし、この事件の相手の目星はある程度ついている。   

「今回は奴が相手かもしれない。さて、今の私ではどうにもならないが、どうすべきか」

 ""奴""
 それは、逆夢(ぎゃくむ)と呼ばれる中級のエニグマだ。
 人の夢へと入り込み、その夢を喰らい悪夢へと変える。干渉するのが少し厄介なエニグマだ。    
 名前の由来は、獏に酷似した見た目とは裏腹に悪夢を見せる事から来ていると言われている。
 悪夢を見せられた人間は、逆夢の空腹が満たされ、存在が一時的に消えるまでは起きてこない。
 その周期は大体2、3日ほどとされているが、今回の事件は1週間は寝たままのようだ。

 逆夢とドリームキャッチャー

 2つとも夢に関する話題と事件。
 リンクさせて考えてみるのはありかもしれない。

「一応、病さんにも調べてみる価値はあると言われてるし、依頼が来た以上は仕事をしなくてはな」

 そう言いながらボイスメッセージを再生する。
 聞くだけ聞いたら私の担当じゃないことを伝えて丁重にお断りさせていただこう。
 そんな風に考えてメッセージを聞いていると、興味深い内容へと発展したのだ。

『自分の友人がドリームキャッチャーに会うことが成功したみたいで、なんでもそいつ魔法とやらが使えるようになったんですよ。嬉しそうにしていましたが、その後友人がずっと寝込んでしまって……申し訳ないのですが、調べて欲しいです。可能でしょうか? 返事待っております』

 ボイスメッセージの再生が終わると私は2度目のため息をつく。

「こいつ、私を探偵か何かと勘違いしているな? 」

 あくまでも病さんを通して怪異に対する相談を受け、なるべく適切な対処をとるというのが私の仕事だ。
 ドリームキャッチャーがエニグマでない可能性がある以上私の出る幕は無い。
 第一、魔力機構を持たない人間が魔法に似た力を手にしたらその負荷に耐えれず身体という器が崩壊するのは必然だろう。
 私は、魔力機構を持たない身体に魔力を注がれ苦しんだ奴を知っている。もし、彼がいたのなら、救いを差しのべるだろう。

「進まないが、この件は受けてやる。それに、寝たきりという点も引っかかる部分がある。調べる動機は充分だろう」

 今回ばかりは探偵の真似事でも何でもしてやろう。
 今の私には、体内に不足している魔力を分け与え快復させる方法は取れない。ならば、せめて解決までは面倒を見てやる。
 そんなことをしても狛騎は戻ってこないが、どうしてもその少年と狛騎を重ねてしまう。

「夢が叶う……か。私の夢が叶うとするならもう一度、狛騎に会いたい。それ以上望みはしないから」

 
絶対に叶わぬ願いだけが虚しく私の胸中に留まっていたのだった。


3 夢を求める少年


  

 某日。
 私は、朱納神社にて差出人である雨崎を待っていた。
 
「遅い」

 もう約束の時間から10分も過ぎている。
 仕事ということは置いておいて、レディを待たせるとは男の風上にも置けん奴だ。

「すいません。遅くなりました……」 

 腕を組み、多少イラついた様子でいると少年が、境内の階段から息を切らし駆け寄ってくる。
 こいつが雨崎疾風なんだろう。
 

「貴様、約束をした仕事相手を待たせるような人間なのか」
「僕から依頼したのにも関わらず遅くなってすみません。少し準備に手間をかけちゃって」  

 そう言って彼は金属バットを取り出す。

「今から得体の知れないものと戦うんですよね? なら、武器くらい準備した方が良いかと」
「ふん、無駄なことだ。奴らに物理的な攻撃は効かない。荷物になる前に置いた方が良い」
「そうなんですか、分かりました。じゃあこれは置いていきます」

 物分りが良いのか、雨崎は手に持った金属バットを地面に置いた。
 まさかこんなものために遅れたのか。とでも言ってやりたかったが、私と同行するにあたって謎に準備をしてきた光景は、何度も見てきた。
 大方、ネットで調べた浅い知恵を頼りにしたんだろう。

「今回の件は、ドリームキャッチャーを捜し出して友人を開放するという依頼で間違いはないか?」
「はい! 間違いないです」
「耳元で叫ぶな。ちゃんと聞こえている」
「あ、はい。間違いないです」

 雨崎は、さっきより小さい声で答えを返した。
 威勢が良いのはいいが、なんだか気合いが空回りしてるな。

「先に伝えておくが、うちは高いぞ? 見たところ君は高校生のようだが金はあるのか」
「あります。僕、欲があまりなくてお金の使い道がないんですよね」
「ほう、ならば良い」

 金の心配はいらないようだ。
 私に直で相談を持ちかけるようなやつは、まともじゃないのは知っていたし、過去には未払いのまま行方をくらました奴もいる。ましてや、学生なんて言ったら冷やかしのような依頼もある。
 友人の為とはいえ躊躇いもなく『あります』と言える人間は、多少信用してもいいかもしれない。

「早速で悪いが本題に移るぞ。偶然なことに今ドリームキャッチャーが出現しているのは、この空泉市でね。だから君をこちらに招かせてもらったよ」
「もうそこまで調べたんですか、早いですね」
「数日前から私の知り合いにメタバースの方を調べてもらっていてね。話題が話題だけに情報が回るのも早かったからな。とりあえず移動するぞ」

 私は、雨崎を車に乗せ移動先を指定する。
 その場所とは。


「千年森まで」








『目的地までご案内します。シートベルトをご着用ください』

 車内のアナウンスと共に車が動き出す。
 この辺ではあまり見られないフルオート自動車だ。
 最新のものでは無いが、京都で暮らすには十分すぎる性能だ。

「……千年森ってあの千年森ですか」

 動き出して間もなく雨崎が口を開く。車内で2人きりだと気まずいのだろうか。
 それに、何やら知っているような口調だ。

「どの事を指しているか私には分からないが、これから行くのは空泉市のはずれにある千年森だな。近くまでは車で移動するが、中まで行くには歩くぞ」
「やはりあそこでしたか。魔女の家があるという千年森。僕、初めて行きます」
「魔女の家か。君は他所出身だろ? そんな馬鹿げた噂話をどこで聴いた」
「以前、僕は京都にいたんですよ。父が亡くなってからは母の実家がある神奈川へ帰りましたが、当時子供だった僕は周りからその噂を聞いていました」

 意外な新事実が発覚する。
 思い返せば友人の魔法の存在を否定しなかったり、やけに理解が早いと疑問に思っていたところだったが、これで合点がいった。

「あと、僕たちはオカルト部に所属してしまして、こういう噂話の類は好きなんですよ。魔女の家の事もメタバース内では結構有名な話です。ドリームキャッチャーの事も願いなんて叶える気はなく、興味本位が勝ってましたから」

 私の事もそんなに有名になっていたとは。
 空泉の人間が作った都合のいい教訓は今や、見ず知らずの輩にも知られるようになっていたとはな。
 もう私はあそこに住んでいないので迷惑はかかってないが、せめて美人であるとかいい方向で広まっていてくれと願うばかりか。

「ふん、そこにあるのは魔女の家でもなんでもないさ。それに、魔女と呼べるほど大それたものでも無い」
「はぁ……そう、なんですね。でも、現地の人間がそう言うんだし、千桜さんが言うなら尚更説得力ありますから、はい」

 明らかにガッカリされた態度で返事をされる。
 本人の前で露骨に残念がるな。拗ねるぞ。
 まぁ今そんなことはどうでもいい、先に聞いておかねばならんことがある。

「君に聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「君の友人は、魔法が使えるようになったと言っていたが、どういう魔法なんだ?」

 彼の友人が手にした魔法。
 普通、魔法というのは生まれつき固有の能力で修練で身につけた魔法を、魔術と呼ぶ。
 そんな世界の理すら捻じ曲げる力をドリームキャッチャーが持っているのであれば、私たちは容易に会うべきでは無い。
 しかし、対峙するのであれば万が一に備えて情報は多く集めておこう。

「それは……ものを宙に浮かせたり、手から炎が出せたり、どこかへ一瞬で移動出来るようになったとあいつは言っていました。これって、魔法ですよね」
「それは超能力と言うやつじゃないか? 少なくともそれを魔法と呼ぶには多才すぎる」
「あ、言われてみればそうですね」

 雨崎は、やっちまったという感じに頬を赤らめ恥ずかしそうに顔を隠す。
 今の話を聞いた感じ、魔法も超能力もごっちゃになってるようだ。
 この際、どちらでもいいが魔力機構のない人間がそれだけの力を手にしたら起きてこないのも納得がいった。

 そんな話をしていると千年森へ着く。
 入口付近から感じられた瘴気やおどろおどろしい空気はもはや無く、ただ入り組んだ道無き道がある自然が作り出した天然の迷路と言った様子だった。
 それは、残された私の魔力が消滅したことを意味する。魔法使い芹生千桜は、死んだのだ。

 ……3年ぶりか、ここへ帰ってきたのは。

「ここから気を引き締めていけ、君らが躍起になっていた存在が、所詮は虚構であるに過ぎないということを」

 そう雨崎に言い放つと、2人で森の奥へと歩みだした。


4 願いの果てに



 私たち二人は、道と呼ぶにはあまりにも不格好な道を進む。
 私が住んでいた頃よりもより複雑に、より不気味になっており、差し込んでいた陽の光は無いに等しく昼でも暗いのでより幻想的な世界へと変貌を遂げていた。

「まだ、つかないのですか?」
「文句を垂れるな。私だってこんなに酷い有様になってるとは思わなかったさ」
「ふぁーい」

 訂正しよう。気を引き締めるのは私の方だった。
 自慢では無いが私は、ここを抜ける体力は元からもちあわせていない。だが、雨崎もこんなに体力がないとは思ってもみなかった。
 噂話1つでドリームキャッチャーを探しに行くような奴だからてっきりアウトドア派とばかり思ってたが、 インドアな2人には険しい道だ。

「ちゃんと歩くとこんなに遠いんだな。どうりで狛騎も来るのを渋ったわけだ」

 今更申し訳さを感じていると、ポツンと一件佇んでるレンガ造りの洋館を発見した。
 以前は鉄柵が囲むように聳え立っていたが、手入れをするものがいなくなったであろう形跡として、生え放題になっている雑草に劣化でコケも生え始めた鉄柵が変わりと言わんばかりにそこにはある。私が住んでいた家だ。

「この様子だと鍵はいらないか」

 持っていた鍵をしまい、扉を押し開けようとしたが、扉が開いているのだ。
 私は、ここへ寄ったのは宛があったからではなく寄り道をしたかっただけで、ドリームキャッチャーが千年森に居ると言う情報はあったがここへは確信を持って来た訳では無い。
 
「馬鹿な!? 奴にそんな知恵は無いはずだ。私の推測が間違っていたのか」
「千桜さん。やっぱりなにかご存知なんですか」
「うむ、調べていく情報を掛け合わせていくうちにドリームキャッチャーの正体が、逆夢と呼ばれるエニグマであると私はそう考えていた。しかし、奴は知能なんてもの無いに等しいため扉を開けるなんて行為をしないはずだ」
「……つまり、ドリームキャッチャーは知能のある相手ということですよね」
「そう、なるな」

 扉の前で戸惑っていると、足音が聞こえてくる。
 コツコツと革靴らしき音を立てているため、人である事は確信した。
 そして、洋館から一人の男が出てくる。

「これはこれは、お客さんかい? 私と出会えた君たちは非常に幸運だ。君の夢を叶えよう」

 年季の入ったスーツに高そうな装飾品を身にまとった男。そして、ビリビリと伝わる魔力。
 間違いない、こいつがドリームキャッチャーだ。

「そう警戒しないでくれ。私からの無償の愛だよこれは。お前たちの苦労をずっと見てきたぞ。本当によく頑張ったな」

 身構える私を見て、警戒されたと思ったのか懐へ入ろうと聞こえのいい言葉を並べる。
 にこやかな表情の裏に、ドス黒い魔力が時おり溢れてくるので私には逆効果だが、ドリームキャッチャーを見るなり雨崎は感情のまま叫んだ。

「僕の……俺の友達に何をしたんですか!! 」
「何を、とは?」
「あいつ、急に魔法が使えるようになったと言って連絡くれたんですよ、会いに行ったら全然起きなくて、今も寝たままなんですよ。」
「……ふむ」
 
怒りの混じった言葉をぶつけるが、 ドリームキャッチャーは理解を示さず、頭をポリポリとかいている。  
 それは、言葉が通じるのに話は通じていない妙な気持ち悪さすらあった。

「私は、彼が望んだことを叶えただけだよ。その後のことは知らないさ」
「そんなこと言わないでくれ……頼むから返してくれよ……親友なんだ」

 涙が込み上げてきた雨崎を見てやっと理解したのか肩をぽんと叩き、こう答える。
「それが君の願いだな。ならば叶えてやろう」

 そう言い雨崎の頭を掴み、3.2.1とカウントダウンを始める。
 0になった瞬間、その場でバタンと雨崎が倒れたのだった。

「おい、あいつに何をした」
「何をしたかって? 夢を叶えてあげたんだよ。彼が望んだんだ、友人を返してくれって。だから友人と同じ所へ連れて行ってあげたにすぎない」
「……夢の世界か?」
「ご名答」

 奴は、わざとらしく拍手をする。
 雨崎とのやり取りを見て分かったが、ドリームキャッチャーは願いを叶える存在なんかでは無い。
 人が望んだ夢の世界へ連れて行く存在だ。
 いや、人を夢の世界へ連れていく魔術師という方が正しいか。
 ある意味、夢を叶える存在というのは間違ってないが、どこか腑に落ちない。
 
 
「けど、貴女は私のことを知りすぎたね。また住処を変えなくてはならなくなったよ」
「ふん、他人様の家に勝手に転がり込んでおいて何を言う」
「あぁ、ここは君の家なのか。それはすまないね。ま、どうせ最期になるんだから謝る必要は無いか、千年森の魔女さん」
「その名は捨てた。そう呼んでくれるなドリームキャッチャー」
「その名は仮だよ。則本壱馬(のりもと かずま)という名前があるのだから、そうは呼んでくれないか。その名で呼ばれる度に笑っちゃいそうになるから」

 正体がバレたのをいいことに奴は本性を表す。

 ""則本 壱馬""
 今、魔法教会の中で問題になっている魔術師だ。
 一般人を危険に晒すことを厭わないやり方でエニグマを祓う方法が問題視され、ETFを去った。
 つまり、元同僚という訳だ。 
 まぁ、この世界の私はETFとは関係ないがな。

「君がどんな魔術を使うのか知らないが、私には勝てないさ」
「ほう、魔術師風情が私に楯突くのか? 」
「そうだそうだ、君は魔法使いだったな」

 則本は、くくくと微笑を浮かべる。
その態度は、余裕があり私を格下に見ている。
 実際、魔法が使えないので格下ではあるが、使えないのは気づかれてないようだ。

 ここはその場しのぎでもなんでもいい、私がやるべきことは、この場から雨崎を連れ帰りこの事を逸先輩に伝えることだ。
 ドリームキャッチャーが魔術師である以上、私たちも見過ごしにはできない。ETFの連中も動くだろう。
 
「で、私とやり合うのか則本」
「そんな分が悪い賭けに乗るほど私は馬鹿者じゃないんだ。だから、フェアな勝負をしよう。出ておいで逆夢」

 則本は口笛を吹き、合図を送る。
 すると、鉄柵をぶち破り巨大な逆夢が姿を現した。

「ぶるぁぁぁぁぁ!!!」
「……驚いた。ここまで育った逆夢は見た事ない」
「でしょ、私の可愛い相棒なんだ。この子は大食らいでね。特に人の幸せな夢が大好物なんだ」

 私の推測は間違っていなかったが、状況は予想よりも最悪と言っていいだろう。
 人相手なら誤魔化しが効くが、エニグマ相手じゃこちらに分が悪い。
 見たところ10mはある。こんなのが暴れたらひとたまりない。
 絶体絶命だけどここで私が止めなければ被害がデカすぎる。

「京都で起こした事件もお前の仕業か」
「正解。私の復讐の為の協力者になってもらったというわけ」
「なるほどな。お前はドリームキャッチャーという存在で興味をひき、無理やり眠らせて逆夢に夢を食わせてたわけか」
「つくづく勘のいい女だ。可愛さに免じて逃がしてやろうと考えていたけど、やめようかな」 


 私を下に見た態度から一変し、敵意の混じった目へと変わる。
 逆夢の虚構化の条件は、ほぼ揃ってる。後はもう少し情報があれば完全な虚構化も可能と言えよう。
 けれど、肝心の私はもう魔法は使えない。どうすればこの状況を打破できる? 


「みんな馬鹿だよね。会うことが出来れば願いが叶う? そんな都合のいい話なんてあるわけないだろう。やはり夢は努力して掴むべきだ。私みたいにね」
「お前が努力を? 冗談はよせ、お前がしてきたとこと言えば詐欺だ。それも幼稚なくらいボロが出やすいな」
「酷いこと言うな。まぁ、それを証明するために君の処分が終わったらETFに攻め込むよ。この逆夢を使ってね」

 則本は、今にも暴れだしそうな逆夢を撫で落ち着かせる。 
 正直、これが切り札とでも言うなら拍子抜けもいいところだ。
 ETFには、私以上の魔法使いが何人もいる。
 そんな連中なら、この大きさの逆夢であっても軽く捻れる。
 なのにこの自信は、なんなんだ? もう少し話をさせてみるか。

「ただ、でかいだけの雑魚で何をしようと言うんだ。お前も知ってる通りそのレベルのエニグマが束になっても勝てないぞ」
「""普通""ならね。でも、こいつは違う。私が育てあげた特殊な個体なんだ。私の術を遠隔操作できるんだよ。言わば動く催眠電波というわけ」
「なるほどな、お前の術のデメリットを逆夢でカバーできるというわけだな」

 則本壱馬の魔術。それは、催眠術だ。
 けれどただの催眠術じゃない。催眠の発動のためには、相手に触れる事というのが条件だ。
 触れさえすれば、人だろうがエニグマだろうが関係ない。意のままに眠らせることも操るも出来る。
 強力な術で、エニグマを傷つけずに捕獲するには彼は必要不可欠と言っていいほどの活躍を見せていた。

「じゃ、お喋りはここまでにしてそろそろやろうか。私の復讐劇の開幕に相応しい相手だよ、魔女ちゃん」

 則本は身構える。
 私もそれっぽい臨戦態勢へ入るが、お互い見合うだけで何もしない。
 すると、則本が勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「頑なに戦う意思を見せないってことは……もしかして、君は魔法なんて使えないのか」
「な、何を言うんだ貴様は!」

 則本に魔法が使えないのがバレてしまった。
 どっと、緊張が走る。汗が額を伝って垂れ落ちる。このままでは、不味い。
 何故だ。私は使えない素振りを見せていないはずだ。

「こいつは面白い。千年森の魔女の蓋を開けてみれば魔法も使えないなんて事ない小娘だったとはな。君、お笑いのセンスあるよ」

 顔に手を当て口を開け大爆笑をする。
 ひとしきり笑った後、冷たく私に言い放った。
 
「興醒めだ。とりあえず邪魔だから寝ててくれ。一生覚めない悪夢を」
「――っ! しまった」

 為す術なく逆夢の攻撃をくらい、則本の術にかかってしまった。
術にかかった私は、次第に瞼が閉じていく。
 今からどのくらい眠るんだろうか?  考えたくもない。今の自分の立場と弱さを理解してなかったから招いた自体だ。

 魔法が使えない私は、私が思うよりも無力で弱い。

 そう突き付けるには充分な現実だった。


 狛騎……



5 君がくれた奇跡の魔法




 「千桜、起きるにゃ」

 誰かが、布団の上から私を揺らす。
 うるさいな、まだ起きる時間じゃない。私は眠いんだ。

「なら、こうしてやるにゃ」
「おい、なんだ。勝手に入ってくるな」
「起きない千桜が悪いにゃ」

 なかなか起きない私の布団に入り込み、奥へ奥へと追いやる。
 何故だろうか、その声の主がとる私への行動に不思議と懐かしさを覚える。 
 目を開いて周りを見ると、私の隣にはチャコが一緒に横になっていた。

「お前……チャコか?」
「チャコはチャコにゃ、忘れちゃったのかにゃち
――むっ!」 

 何か言いかけていた気もするが、気づいたら私はチャコを強く抱きしめていた。
 なぜ、チャコがここに居るのかは分からない。けど、抱きめした時に肌で感じた体温、鼓動は嘘では無い。
 もう一度会いたかった。ありがとうと言葉にしたかった。
 私が最後、お前にしたことは……

 「く、苦しいにゃ千桜。離してくれにゃ」
「そうか、すまない」

 言われて私はチャコを離す。
 非力な私ではあるが、痛みを感じるくらい強く抱き締めたのだろう。
 チャコは、喉を抑えていた。

「チャコ、千桜を起こしてくれって頼んだんだけど、千桜は起きたか」
「たった今起きたにゃ」
「そうか、なら早く朝ごはん食べよう」

 そんなやり取りをしているともう1人誰かが来る。
私はチャコを呼びに来た人物に目を疑った。
 
「こま……き?」
「僕の顔になにかついてるか千桜、そんな死人を見たような目なんてしちゃってさ」

 先程よりもさらに大きい衝撃が私を襲った。
 そこに立っていたのは、錫蒔狛騎で間違いなかった。
 なんて事ない会話ひとつではあるが、目頭が熱くなる。
 ――会いたかった。

「狛騎!!」

 私は、飛び起きて狛騎に抱きつく。
 狛騎は、急に抱きついてきた私に動揺したが直ぐに受け止めて抱き返す。
 こういう私への理解は早い奴だ。

「怖い夢でも見たのか。らしくないぞ千桜」 
「そうにゃ、いつもの千桜らしくないにゃ」

 軽口のように2人にらしくないと言われる。
 そうだ、私はいつも自信たっぷりだったな。

「すまない、少し気分が悪くてな。どうしても前向きにならなくて」
「そうか、熱でもあるのか」 
「――っ!?」

 狛騎は、私の額に自分の額を当て熱を測る。
 ただでさえ急展開に整理が追いついてない中、追い打ちをかけるようにドキドキが止まらなくなった。

「は、離れろ!! 君はデリカシーが無いのか。仮に私が風邪だとしたら、移るかもしれない。それに、君はほかの女にもこんなことをするのか」
「他の人なんてするわけないだろ。千桜にしかやらないさ。僕たちは運命共同体なんだ。パートナーの身体を労るのは当然だ」
「おま……えは……もう」

 どんどんと顔が熱くなる。
 自分のことなんて顧みずに他人のために行動するところが私は気に食わなかったんだ。
 いや、私以外にそんなことしないでくれという嫉妬心も今になって思えばあった。
 この感情が、愛してるなのか好きなのか分からない。
 よく分からない恋心が、掘り起こされ胸を締め付ける。
 悲しい事に、それが決め手となって理解した。

 これは夢であるという事を。

「熱がないなら朝ごはんを食べよう。千桜は直ぐに片付けをしないから僕がいる内にやってしまいたいんだ。早く下に行こう」
「チャコも行くにゃ、千桜も早く来て欲しいにゃ」
 
 ふたりが私を急かす。
 なるほどな、ここで着いていくと私は幸せな夢から覚めなくなるわけか。
 狛騎とチャコを私に見せたのは失敗だったな則本、私は2人前だけでは強がっていたい。
 もちろん、この夢が現実となって続いていけば良い。しかし、それは命をかけて世界を救った狛騎の願いを私が否定することになる。
 ……だから。


「狛騎、チャコ。私はまだ行けないんだ。そっち行くのがいつになるか分からない、だけど待っていてくれるか?」 
「……」
「……」

 2人は静かに顔を見合う。

「わかったよ千桜」
「わかったにゃ千桜」

 ありがとう……2人とも。

「チャコは先に行くにゃ、狛騎はもう少しいるといいにゃ」

 チャコはそう言うとすっーと消えてしまった。
 残されたのは私と狛騎の2人だけ。
 さて、何から話そうか。私が創り出した幻想とはいえ、言いたいことが山ほどある。

「久しぶりだな狛騎。こっちはどうだ」
「悪くないよ。世話が焼けるけどチャコもいるしね。それに、行儀の悪い弟もいるんだ。兄として責任は取るつもりでいる」

 そうだな。
 狛騎は、どう思っていたか知らないが私は、お前のその覚悟の決まった目が、瞳が好きだった。 いなくなって気づいたよ。

「会わない間に背が伸びたんじゃないか? 顔つきも良くなって綺麗だよ千桜」
「お前はすぐに調子のいいことを言う」
「本心だよ。だって僕は君が好きなんだ。今も、これからも」

 これが現実ならどれだけ良かっただろう。

「芹生千桜は強い。それは僕が1番理解してるつもりさ。僕がいなくなったあとも1人で戦ってきたんだね」
「お前が守ったこの世界を私も守りたいと思っただけだ。見ての通り、今もう魔法使い芹生千桜は死んでいるがな」
「いや、まだ死んでないさ。千桜に返すものがある」

 狛騎は、再び私を抱きしめる。
 体を伝わって魔力が注がれていくのを感じた。

「僕の体の95パーセントは千桜の魔力なんだ。だから、借りていた魔力を返すよ」
「そんなことしたらお前!! 」

 それだけはやめてくれと叫びたかった。
 だが、覚悟の決まった狛騎に何を言っても意味ないことは知っている。
 私と狛騎を繋ぐ唯一のものが、私の魔力だった。
 それさえも無くなるということは、私も狛騎を覚えている保証はなくなる。
 いやだ、いやだ、いやだ。

 「大丈夫。千桜なら忘れないよ。仮に忘れたとしても僕は君とひとつになる。芹生千桜という人間の中で僕は生き続けるんだ。形に残らない歪な愛だけど、受け取ってくれるかい」

 これは、狛騎なりの告白なのだろうか?
 それならば、NOなんて言えない。

「勿論だ。お前と私は運命共同体なんだから」
「ありがとう、そしてすまない。また君を託くして消える僕を許してくれ」
「許すも何も無い、君は英雄なんだ。もっと誇らしくしろ」
 
 決意を固め別れを告げる。
 前は泣きじゃくった顔で別れてしまったからこそ笑顔で見送ろう。

 全ての魔力が注がれた後、狛騎は砂のように消えてしまった。
 さて、見せてやろう。
 ―――本物の魔法を。



6 ハッピーエンドにはまだ早く



「狛騎!!」

 ガバッと飛び起きる。
 当たり前だが、狛騎の姿は無く完全に日が落ちたのもあって辺りは真っ黒になっていた。
 そして、目の前には私の夢を食らっていたのであろう逆夢がたじろいでいた。

「……驚いた。まさか、私の術を破るとはね。イレギュラーもイレギュラーだ」

 則本も困ったような素振りを見せてはいるが、まだ油断している。
 それもそうだ、相手からすれば棒立ちの女性に等しい。
 赤子の手をひねるより楽な作業が増えただけのことにしか思ってないだろう。

「もうお前の術は私に効かない、形勢逆転だな。諦めろ」

 力が漲る。
 5年ぶりだが、体に流れる魔力に嫌悪感は無い。
 元々自分のものだからというのもあるが、狛騎の体を経由してるのもあってか不思議とより強く、洗礼された魔力のような気もした。
 消失したはずの魔力機構は、不完全な形で再生されたのもあってか、今の私には回数制限がある。
 一撃で仕留めないとだな。

「貴女が今から起きたところで私には勝てないさ。それ程までに魔術を持つ人間と魔術のない人間差はでかいのだよ」

 まだ油断しているのか?
 なら、好都合。私の魔法は隙がでかいからこのまま油断してくれると助かる。

「それじゃ第2ラウンドと行こうか」

 則本は、逆夢を従え私に襲いかかる。
 しかし、もう勝敗は目に見えていた。

「■・■■■■!」

 私の声が響くと同時に、則本の真下に奇妙な紋章が浮かび上がる。
 久しぶりの感覚だ。金色に輝く円陣は、さらに大きさを広げ逆夢を覆うようになった。

「■■■・■■■・■■■■・■■■・■■・■■■・■■■■■■■」

 私は詠唱を続ける。そして、その音韻に呼応するように円陣から勢いよく鎖状のものが飛び出し逆夢を完全に捉える。

「お前……魔法が使えないはずじゃなかったのか!? 」
「誰も使えないとは言ってないぞ。さて、お前の馬鹿げた夢物語もそろそろ終幕にさせてもらう」

 鎖が逆夢をギチギチと縛る。
 がんじがらめになった身体はもう身動きとることは出来ない。
 見たところ則本本人は、そこまで強くは無い。やろうとしていたことは、自身が相手を眠らせ逆夢に夢を食わせる。
 そうして巨大化させて襲撃でもしようとしたのだろう。

 「■■■■■・■■■■■・■■■■■■■■・■・■■・■■■■■■■■・■■■■■・■■■■■・■■■■・■■■■・■・■■・■■■■■■■■・
■■■■■・■■■■■・■■■■・■■■■・■・■■・
■■■■――」

 私の言葉と同時に逆夢が鎖に引きずり込まれるように円陣の下へと沈み始める。 
 円陣の輝きは、暗くなった辺りを照らすようにその輝きを増していった。

「あれ、僕は何をしてたんだ」

 強くなった光の影響で雨崎が目覚める。
 彼も則本の魔術に打ち勝ったんだな。
 思ったよりも根性あるみたいだし、見直したぞ。

「目が覚めたか雨崎、無事なら少し離れててくれ」
「って、千桜さん!? なんですかそれは」

 目覚めと同時に広がった光景に驚きを隠せていないようだ。
 無理もない、先程まで自分よりも非力だったはずの女性が呪文を唱え、化け物相手に戦っている。
 映画の撮影と言われても納得いくだろう。

「君は忘れると思うが目に焼き付けておくんだな。これが千年森の魔女、芹生千桜だ!」

 溢れ出る魔力でまたしても瘴気が蔓延る。
 それが良くないものと理解したのか、雨崎は距離をとる。
 離れるのを確認した後、私は詠唱を最終段階へと移行した。

「――■■■■■・■■■■■・■■■■・■■■■・■・■■・■■■■・■■■■■・■■■■■・■■■■・■■■■・■・■■・■■■■■■■■・■■■■■・■■■■■・■■■■・■■■■・■――■■■!」

 
 長い詠唱を終えると、宙に本が舞いパタンと閉じる。
 そこには、巨大な化け物の姿は無く再び暗い森を静寂が包み込んでいた。

「終わったぞ」

 ただ一言、終わったとだけ伝える。
 前なら労いの言葉を狛騎がかけてくれたが、今は返事は返ってこない。
 変わりに則本の負け惜しみが返ってきた。

「驚いたよ……君がここまでの魔法使いだったなんてね。それより素晴らしい提案をしたい、私と組まないか? 見たところ君はETFには所属していないみたいだ。それはつまり、奴らのことをよく思ってないからだろ? 同じ思想を持つもの同士仲良くしようじゃないか」
「ふん、よくもそんな三下みたいなセリフをつらつらと言えるな。貴様の方がお笑いのセンスがあるんじゃないか」
「そりゃどうも」

 さっきまでの余裕たっぷりの態度から一変し、媚びへつらう。
 所詮、私怨だけで魔術を酷使する輩。
 私が相手するまでもない。

「言うまでもないが答えはNOだ。第一、私は心に決めた男がいる。そんな薄っぺらいラブコール程度じゃ何もなびかん。もっといい口説き文句でも考えたらどうだ? 」
「……く、クソガキがぁ!! 大人をバカにするんじゃねぇ!」

 逆上した則本は、携帯してたであろうナイフを手に取る。
 最後は物理で解決しようとするところこいつは魔術師なんて呼べはしない。 
 ただの惨めなテロリストだ。
 
「死ねぇ!!」

 ナイフを構え私に飛び込む。
 そのまま刺されると思ったが、後ろから雨崎が思いっきり則本の頭を殴りつけたのだ。

「ぐはぁ」
「千桜さんに手は出させませんよ。人間相手なら僕だって何とかなります」
「ふざけやがってガキ共……痛ってぇ! 」

 そう言うと雨崎は、倒れている則本の金的を執拗に攻撃し始める。
 この時だけは則本に同情したくなったが、そもそも私は痛みが分からないので、ただ見守ることにした。

 その後、数発蹴りを入れていると泡を吹いて則本がピクリとも動かなくなった。

「なんというか……結構むごいことするんだな君」
「ごめんなさい!! 千桜さんを守るのに必死でして……って、あれ? 身体が」

 雨崎は、フラフラとその場に倒れ気絶してしまう。
 そうか、私の魔力が戻ったことで森に蔓延っていた瘴気が復活したのか。
 起きる頃には、私の事もドリームキャッチャーのことも忘れ、その友人とやらと何気ない生活を送るのだろう。

 これで全て片付いた。
 後始末は、逸先輩達に任せよう。
 私も……疲れた。

 魔力の使いすぎなのか、その場に伏せてしまう。
 だが、狛騎を虚構化した時と違って魔力機構が失われはいない。まだ、魔法は使えるみたいだ。

 これが御伽話ならば、めでたしめでたしで物語は終わるだろうが現実はそうはいかない。

 私は、この力で狛騎の救った世界を守り抜いてみせる。
 君が言った通り、魔力を失えば忘れてしまう可能性だってある。
 けど、私とお前は本当に運命を共にする事になったんだ。大丈夫、忘れない、忘れないよ。

 なぁ狛騎。私はな、欲張りでわがままな女なんだ。君だけが僕のことを覚えていてくれれば良いなんて思っているだろうが、それじゃ私が嫌なんだ。
 だから、君の物語を1冊の本にしたい。君は本当に英雄として語り継がれていくんだ。
 そんな大それた者じゃないから恥ずかしい? 
 ふふ、ダメだ。これは、私一人残して先に行った罰なんだから、諦めて受け入れろ。

 ……その話がいつになるかは私にも分からない。
 けど、最後に言わせてくれ。




 奇跡という魔法をありがとう。


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