
”武士の誕生” 作けまお
日本史に必ず出てくる武士ですが、その誕生は、いまだによくわかっていません。いろいろな説があります。僕は、その説のうちの一つを物語にしてみました。
これは10世紀のころの話だ。
国司と部下はいっせいに赤衛にとびかかった。
「放せっ、何する」
赤衛は倒され押さえられた。そして首には刃物を向けられた。
「そのまま取り押さえておけ。」
国司はそう言いながら家の奥に入り、そして置いてあった5袋の米を全て取り、言った。
「これは重くて持って帰るのが大変そうだな。」
「やめろっ、税は1袋分だろ。それは俺たち家族の1か月分の食料だ。返せ。」
「いやだね、最初からは渡さないのが悪いんだ。はぁっはっはー。」
「くっ・・・」
国司はさらに奥の方に刀が立てかけてあるのを見た。
「おっなんかいいもんあるな。これもついでに持っていくか。」
赤衛の表情は急に一段と険しくなった。
「おいっ、それだけは持っていくな。」
赤衛は暴れた。しかし、左腕を押えられ、身動きが取れない。
「そんなに大事にするってことは何か高価なものなのか?なら一層もらいたくなってきたな。」
そう言って、国司は刀を持っていこうとした。その瞬間、赤衛は身体全体に、力を入れ、起き上がり、赤衛を押えていた部下に馬乗りになった。
「なんて力・・・」
身体を押えながら殴ることはできないので、左手で腹を全力で殴り、悶絶させた。部下は倒れ、赤衛は国司に向かっていった。
「やめろ、近づくな」
武器も何も持っていなかった国司は、近づいてくる赤衛に恐怖を覚えた。
「刀と米、両方返したら、何もしない。だから、返せ。」
「・・・わっ、わっ、わかった。かっ返すよ。」
国司はそう言った。
「じゃあ返してもらうぞ。」
赤衛はそう言って、国司に近づいた。その時、国司はそばに立てかけてあった、鍬が目に入った。そして、赤衛の様子をうかがった。赤衛は、俺を警戒しているそぶりはない。チャンスだ。フッフッ・・・。国司は内心ほくそ笑んだ。赤衛は刀を受け取った。そして国司が置いていた米を取ろうとした時だった。国司は、バッと鍬を持ち、そして、赤衛がそれに気づく前に赤衛の頭をガンッ、と音がするほどの勢いで殴った。赤衛は痛みで、その場に倒れこんだ。頭からはドバっと血が出ていた。・・・役目は果たした。・・・それに米も多くもらえた。一石二鳥だ。国司はそう思い、倒れていた部下を起こし、刀を持ち、馬で去っていった。
数十分後、この家で赤衛と共に暮らす氷衛が帰ってきた。
「なっ・・・・・」
氷衛は絶句した。そこには親友の赤衛が血だらけで倒れていた。
「なんてことだ・・・・おいっ赤衛、何があった!?」
赤衛は痛みに悶絶しながら言った。
「すまない・・・国司のやつに刀を取られちまった・・・。」
「・・!・・赤衛・・赤衛・・・もしかしてそれを守るために?」
「・・・・・」
「あっ赤衛・・今何か血止めるもの・・持ってくる。」
氷衛は涙を流しながらそう言った。
「いや・・いい・・俺はもう助からない・・。自分の身体だからわかる。」
「赤衛・・・」
「氷衛、俺はお前と一緒に過ごせて楽しかった。いままで・・・あり・・がとう。」
「俺も・・俺も、赤衛と過ごす時間は楽しかった・・・。」
「ちなつには直接・・・言えなかった・・けど・・好きだったって・・伝えてくれないか?」
「・・・!?・・・ああ、もちろんだ!」
「ありが・・とう」
「くそっ!なんで赤衛が・・・」
その時、赤衛の黒目がだんだん上にのぼっていった。
「赤衛っ!赤衛っ!」
呼びかけても返事はなかった。
「赤衛・・・・・・・・・・・。くそっ、くそっ、くそっ!国司のやつよくも・・・絶対に復讐してやる。絶対に。」
氷衛は村長と相談をしていた。国司のやつは憎い。すぐにでも奴の息の根を止めに行きたい。しかし・・・、国司を殺すと、この村が目を付けられる。自分一人の感情でそんなことをしたら、村の者みんなを危険にさらすことになる。しかし、このまま引き下がることも出来なかった。氷衛は腕をまくった。そこには大きな爪のようなものでひっかかれたような傷跡があった。氷衛はそれを見て、思った。赤衛が殺されてこのままでいられるか。
「協力するぜ。」
そこには村の男の衛門、風助がいた。
「お前たち・・・」
「赤衛を殺されて悔しいのはお前だけじゃない。一緒に国司のやつぶっ飛ばしてやろう。」
そう衛門が言った。その時、別の男が現れ、口をはさんだ。
「復讐なんぞやめとけ。やめとけ。」
氷衛とは少し離れたところに住む恭助だ。いつも酒ばかり飲んでいる。真面目な氷衛とはいつも反りが合わない。今日も恭助からは酒の匂いがする。
「何だと。」
衛門が言った。
「へっ、国司に勝てるかよ。」
恭助はそう言って、去ろうとした。
しかし、衛門は許さなかった。
「お前逃げんのかよ。」
今にもつかみかかりそうな勢いだ。
「お前らこそ無謀な戦いをして、そんなに死にたいのかよ。」
「お前・・、言ったな・・!」
衛門がつかみかかった。その時だった。
「恭助、協力してくれ。頼む・・」
氷衛がそう言って、恭助に頭を下げた。
「氷衛・・・」
衛門がつかんでいた手を緩めた。
「無謀なことしようとしているのはわかってる。でも俺は赤衛を殺されて黙ってることなんてできない。だから、お願いだ。協力してくれ。」
氷衛はさらに頭を下げた。
「・・・・・無理なもんは無理だ、お前らと一緒に心中なんてまっぴらごめんだからな。ただ、国司を殺しても中央から目を付けられない方法なら知ってる。」
「!?・・教えてくれ」
「王臣家にこの土地を支配してもらうんだ。」
「王臣家?」
「王臣家は中央の貴族が手を出せない武装集団のことだ。あの方たちに支配してもらえれば中央の勢力には手を出されない。」
「なるほど」
「でもそんな連中に支配されるなんて危険じゃないのか?」
風助はそう言った。
「いや、森の向こうの村も何年も前から王臣家に治められているが、村では反乱一つ起こっていない。心配することはない。」
恭助はそう言った。
「なんか胡散臭いな・・・」
衛門はそう言った。氷衛は少し考えて言った。
「確かに、こんなうまい話は、にわかには信じられない。だが・・・、今はそれしか方法がない。だから、俺はこの話信じてみようと思う。それにこの方法以外に国司に復讐できる方法はない。・・・俺は王臣家を頼りたいと思う。」
氷衛はそう言った。風助が答えた。
「・・・俺もそれしかないと思う。それに村で反乱一つ起こってないのは長がきっと優しいんだよ。」
「・・・・まあ、確かにそれしか方法はないもんな。俺も賛成だ。」
衛門はそう言った。
「ただ、このことは俺たちだけで決めるわけにはいかないんじゃないか。村の者たちにも聞いてみないと。」
風助はそう言った。
「ああ、村の掟では、村の3分の2が同意したことには従わないといけないとなっている。これから、村の者に意見を聞きに行く。そして、村の3分の2に同意してもらえるようにする。」
氷衛はそう言った。
「ああ、でも赤衛が殺されて悔しいのは俺たちだけじゃないはずだからきっと同意してもらえるよ。」
風助は言った。
二時間後
村長が戻ってきて言った
「3分の2以上の同意が得られた。皆の者も赤衛の復讐を願っている。特にちなつが皆のものを説得したようじゃ。」
「ちなつが・・・。」
氷衛が言った。
「あとは王臣家の許可がもらえるかどうかだな。」
衛門はそう言った。
「だな、じゃあ行こうぜ王臣家のもとに。」
「ああ」
王臣家
4人は、王臣家の館へ向かった。東の森の向こうにある村にそれはあった。森を抜けるとそれはすぐにあった。こじんまりとした館だった。門の前には門番が2人いた。森を抜けると4人はすぐに気づかれた。門番は武器を構え、警戒した。しかし、氷衛が銭を見せながらここの長と話がしたいと言うと、武器を下ろしてくれた。銭を払えば王臣家の長と話せるというのは、恭助が教えてくれた。4人は門番に近づいていき、お金を見せた。門番はお金を確かめ、うんうんと頷き、ついて来いという風に手招きした4人は門番2人に囲まれる形で進んでいった。進む道は木の柵で囲われていた。館の中には階段があり、それを3階まで登っていった。そして、廊下を進み障子を開け、居間のようなところへ入っていった。どうやらここに長がいるらしい。中に入ると、上段に金色の派手な服を着た男が座っていた。この男が長だ・・・。一同はそう思った。4人は門番にその男の前に正座させられた。男はこちらの様子を十数秒見つめていた。そして言った。
「何の用できた?」
その声は意外にも高いトーンだった。氷衛は答えた。
「われられは国司を討つため、王臣家様にわれらの土地を治めてほしいと思い、参りました。」
男は少し笑った。
「何故国司を討とうと思う?」
氷衛は答えた。
「私怨なのですが、私の友が国司に打たれその恨みを晴らすためです」
男はさらに少しだけ笑った。
「なるほど、友の為、国司を討つか。美しい友情だ。」
「協力して頂けますか?」
「・・・・・いいだろう。わしが土地を治める。おぬしらは安心して国司を討つがよい。」
「ありがとうございます!」
「ああ、復讐に励め。では、また会おう。」
「はい!」
氷衛たちは門番に促され、そのまま退出した。こんなにすんなり協力してもらえるとは・・・。しかし、うまくいきすぎてないか・・・・。いや、考えすぎか・・・。氷衛はそう思い直し、頭を振った。俺は、赤衛の仇が討てればそれでいい。それがもうすぐ果たせる時がくる。
「案外、すんなり行ったな。・・・でも、それにしてもあの人恭助のこと、やけにチラチラ見てたけど、何だったんだ・」
衛門は言った。
「確かに。」
と風助もそれについて同意した。氷衛は自分が話すのに必死で、そんなこと気づかなかった。恭助は言った。
「・・・・気のせいだろ。それよか復讐、頑張れよ。国司のやつを甘くみんなよ。それと俺の役目はここまでだからな。」
衛門が答えた。
「お前に言われなくても油断なんかしねえよ。なあ氷衛。」
「あっ、ああ」
「ん、どうした。」
「いや、何でもない。
風助は心配そうな顔をして言った。
「これから闘いに行くんだからしっかりしてくれよ。」
氷衛はさっきの恭助の態度が気になっていた。さっきの衛門の指摘で恭助は動揺しているように見えた。なにか嫌な予感がする。・・・でも、今はそんなこと考えても仕方ない。風助の言う通り、これから闘いにいくんだから、余計なことは考えないにしよう。
仇討ち
氷衛たちは一度村に帰り、武器を調達し、すぐに、国司のいる館へ向かった。武器は全員こん棒を持っていた。国司の館は村の北端にあった。村の住人たちとは少し離れたところに住む。そのため、復讐計画のことも知られることはなかった。氷衛たちは川を渡った。浅い川なので泳ぐことなく渡ることが出来た。川を渡ると国司の家が見えた。どうやら館の前に門番がいる。しかし、川からここまで身を隠せるものは何もない。氷衛たちは見張りの2人に見つかった。衛門が言った。
「まずい、見つかった。」風助「どうする?」氷衛「ぐずぐずすれば相手に時間を与えることになる。このまま突っ込もう。」衛門と風助も頷き、3人は全力で走った。ここから館まで500m近くある。国司に臨戦態勢を整えさせないため、1秒でも早く、館に着こうと全力で走った。見張りは3人の存在に完全に気づき国司に報告に行った。その間に、3人は館まであと200mのところまで迫った。見張りは国司に報告し、外に出てきた。そのときには3人はあと100mのところまで来ていた。特に、風助は速く先頭を走っていた。門番は3人の速さにギョッとしたが、すぐに刀を構えた。
「おおぉぉーーー!」
まず風助が敵に突っ込んだ。門番は刀を振りかぶり、風助のこん棒での攻撃に合わせて振りおろしたが、風助の方が走ってきただけあって、勢いが強く、押された。それを見たもうひとりの門番は助太刀しようとしたが数秒して、今度は氷衛が突進してきたため、それに刀を合わせなければならなかった。氷衛の勢いもすごく、門番はまたも押された。しかし、剣技は門番の方が高く、風助にいったん押された門番も体勢を立て直した。しかし、そこに今度は衛門が突進してきた。衛門のパワーはすさまじく、力で殴られた門番は、口から吐瀉物を出し、その場にうずくまった。一方、氷衛は門番の剣技に押されていた。いったん崩した体勢は立て直され、今度は逆に氷衛の体勢が崩されていた。しかし、門番を一人倒し、すでに3対1の状況になっていた。門番が氷衛と対峙している横から、風助は突きを繰り出し、それを避けた門番を衛門はこん棒で横殴りに殴り、気絶させた。さっきまで風助たちと対峙していた門番が起き上がろうとしたが、衛門が顔面を一発棒で殴り、気絶させた。衛門が言った。
「よし、門番は片付いたな。」
風助も満足そうに
「ああ、あとは国司の野郎をぶちのめすだけだね。」
と言った。氷衛は門番が持っていた刀を拾った。そして言った。
「行こう」
2人は頷いた。そして、門に近づき、目配せをし、衛門は扉を足でガーンッとこじ開けた。中にはおそらく鎧を着たばかりの国司と刀を2本持つその部下がいた。部下は国司を守るようにして立っている。
「かたき討ちに来たのか?」
国司はそう聞いた。氷衛が答えた。
「ああ、よくも赤衛を殺しやがって。死んで償え!!」
そのまま国司に向かっていった。手には門番が持っていた刀を持っている。本当に殺す気だ。国司はその殺気を感じて震えた。風助と衛門は部下に襲い掛かり、氷衛は国司に近づいていった。国司は逃げながら言った。
「お前らー!俺を殺したらどうなるかわかってんのか?中央から狙われるんだぞ。それもお前らだけじゃない、村の人たちが狙われる、それを分かってんのか」
氷衛が動きを止める様子はない。なぜだ。なぜ、俺を殺そうとできる。中央が怖くないのか?
「おいっ、俺のはなしをきいてるのかー!!」
衛門が言った。
「俺たちは王臣家が守ってくれるからな。中央は怖くない。残念だったな。」
なっ、だからこいつら・・・・
もしかして・・あの時のことも、計画・・・?しかし・・・
「あいつ、あいつめ・・・」
氷衛の動きが一瞬止まった。・・・?
「なんだ?」
「図られた・・・、くそっ」
その時国司の部屋の奥に血の跡が残る刀があるのを氷衛は見た。
回想
「おっ氷衛いたいた。今日は稲、沢山取れたぞ。」
「やるな、赤衛。」
赤衛がまだ生きていたころ、氷衛は赤衛とちなつと3人で暮らしていた。夕方、日の暮れた頃だった。3人は農作業と採集、そして月に一度村人同士で行われる狩りを分担していた。今日は午前中は3人で農作業を行い、午後は氷衛はそのまま農作業をし、赤衛は木の実の、ちなつは果実の採集に行っていた。
「それにしてもちなつの帰りが少し遅いな。心配だ・・。俺ちょっと見てくる。」
そう言って赤衛が行こうとした。
「俺も行く。俺も心配だ。」
「ああ、まあ、きっと、手間取ってるだけだろうが。」
そう言って2人は家を出て、歩き出した。空には黒い雲がかかっている。曇りでも月と星が見えることが多いが、この日はほとんど見えず、いつもより薄暗かった。2人はふたつに分かれた坂道を左に曲がっていった。歩いて少しすると雨が突然ザーッと降ってきた。
「こいつはついてないな。」
赤衛はそう言った。そうしてしばらく歩いた時だった。遠くに人影が見えた。どうやら右足を押えているようだった。近づいてみるとそれはちなつだった。ちなつが見つかった安堵は一瞬で、足はどうしたんだろうと心配になった。氷衛がちなつに声を掛けようとした時だった。氷衛と赤衛はちなつの少し先に虎がいるのを見た。しかし、ちなつはそのことに気づいていない。そして氷衛と赤衛に気づいた。
「あっ赤衛!氷衛!ごめん、足が折れちゃったみたいで。」
その声で虎がちなつに気づいた。少し様子を見て、ちなつが動けない状態なのを見ると猛スピードで駆けてきた。赤衛と氷衛も走った。
「ちなつ、後ろから虎が来てる!」
ちなつは虎に気づいた。驚愕すると同時に折れた足で全力で逃げた。しかし足は思うように進まないようで、足を引きずるようにしか進めない。しかし、虎はどんどん近づいてきている。助けないと…。氷衛はそう思った。しかし恐怖で足が思うように動かない。虎とちなつとの距離は10mを切った。くそっ、何やってるんだ俺は。氷衛はそう思い自分の足を持ち上げるようにして走った。虎とちなつの距離は5mを切った。虎は非情にもスピードを落とさず近づく。ちなつは恐怖のために、声も出ず、足を引きずりながら懸命に逃げた。さらに虎はちなつにも吐息が伝わる距離まで近づいた。そして舌なめずりをして、口を大きく開け、虎はちなつを食べたかに思われた。しかし虎の口には別の人間の片腕があった。赤衛だった。
「あっ・・赤衛」
ちなつは死という恐怖から解放された安堵以上に赤衛に対する申し訳なさ、赤衛が食べられたことに対する悲しみの感情があふれた。氷衛はその時あと5mのところにいた。しかし重いおもりでも持たされているかのように体が重い。死。食われたら死ぬ。血が止まらなかったら死んでしまう。そう思うと足がすくんだ。虎は赤衛の存在に気づくと、腕を噛みちぎり、そのまま食い殺そうとした。と、同時だった。氷衛はそこで初めておもりから解放され、虎に向け全力で走ることが出来た。そして虎に向かって飛び蹴りをした。そのとき赤衛は右腕は噛まれたまま左手で虎に向け、目潰しをおみまいしていた。赤衛の目潰しが少し早く氷衛の跳び蹴りはそのあと炸裂した。虎は目潰しを食らい、その上別の何者かによる攻撃によりさっきまでとは打って変わり、恐怖におののいた。氷衛と赤衛はアイコンタクトをし、出来る限り音を立てないよう氷衛はちなつを持ち上げ、そして忍び足で逃げだした。赤衛は出血がひどく、気を失いそうになりながらも音をたてないように氷衛とともに逃げた。幸い虎は眼をつぶされたことと、加勢のものがいる事実におののき、3人を追ってこようとはしなかった。それに加え、動物は血の匂いに敏感であるが、雨が降っていたため3人の行方は分からなかった。くそっ、俺はなんて臆病なんだ・・・。俺は赤衛よりも足が速いはずなのに・・・。
「お前の跳び蹴りすごかったな。あれがなかったらやばかったよ。」
赤衛はそう言ってニカッと笑った。自分の方が腕が痛いはずなのに、俺の方が足が速いの知ってるはずなのに。氷衛は力を入れちなつを全力で運び、赤衛は何度も気を失いそうになりながら、かろうじて家にたどり着いた。3人は同時にわらの敷かれた居間に倒れこんだ。
「赤衛、氷衛ほんとにごめん。」
ちなつは涙を流しながらそう言った。
「あんなところに虎が出てくるなんて誰も思わねえよ。」
「でも、私がケガしてなけりゃ・・・私のせいで・・っ」
赤衛が言った。
「お前のせいじゃないよ。俺は俺の意思でちなつを助けた。氷衛だってそうだろ。」
「うん」
「だからそんな気にすんな。」
氷衛は赤衛の男気に打たれた。・・ところで赤衛の腕は大丈夫なんだろうか?
「赤衛、その腕に巻けるもの探してくる。」
そう氷衛が言ったとき赤衛の意識が急になくなった。
「赤衛っ・・赤衛っ」
咄嗟に脈を確認した。
「赤衛―っ」
ちなつの顔は青ざめていった。・・・・脈は打っていた。
「脈はある。・・気を失っただけみたいだ。」
「ふーーーっ、よかった!」
・・・・でも気を失うぐらい出血はひどいのか・・・・。なのにあんなに俺たちを気遣うようなこと言って・・・・。
「ちなつは出血をなるべく抑えてくれ。おれは村の人から漢方もらってくる。」
「わかった。」
別の回想
国司は鍬で赤衛の頭をガンッと殴った。赤衛の頭からは血がドバッと流れ出た。赤衛はその場に倒れこんだ。よし、役目は果たした。フッでは行くとするかこの刀はもらっていくぞ。そう言って国司は赤衛が奪い返した刀を取り返そうとした。しかし刀は取れない。赤衛が手で全力で握っていた。この刀はやらない。氷衛は両親が死んで放浪していた俺を一緒に暮らすように誘ってくれた。そんな氷衛が命よりも大切にしていた、この刀はやらない。そう思い赤衛は一層力を込めた。なんだ全然取れない。どうなってる。こいつは瀕死のはずだろ。国司は力を込めたがびくともしなかった。しばらく引っ張っていたが、全然刀を取れないことにしびれを切らした国司は赤衛の腕を鍬で殴り始めた。さすがの赤衛でもこれには刀を持つ力が弱まってしまった。その隙に国司は刀を奪い取った。
「かえ・・せっ」
赤衛は苦しそうにうめいた。国司は赤衛を背中をさらに鍬で突いた。
「ウッ・・」
「残念だったな。でもお前が悪いんだ。お前みたいな一農民が国司様に逆らうから、天罰が下ったんだ。」
そう言って国司は部下を起こし馬の方へ向かっていった。
「じゃあな、俺に逆らったことあの世で後悔しな。」
国司は馬に乗り去っていった。血がドップリとついた刀を持ちながら。
回想が終わる
「国司、赤衛は最後まで刀を守ろうとしてたのか?」
「ふんっ、こんな刀の為に何を一生懸命になってるんだと笑いそうになったよ。」
「・・・・お前・・よくも・・死んで赤衛を殺したこと、後悔しろ!」
「まっ、待て、氷衛。こいつ何か知ってそうっ・・・・」
風助がそう言い終るまでに氷衛は国司のことを左袈裟に一太刀で斬った。
「・・・・、すまない風助。こいつのことどうしても許せなくて。」
風助と衛門はどきりとした。氷衛が今まで見たことがないくらい、凄惨な表情をしていたからだ。
「いや・・、いいよ。そいつのこと許せないのは俺たちも同じだ。それにそいつを殺すためにここに来たしな。」
風助は少したじろぎながら、そう言った。
「ああ、俺も同じ思いだ。」
衛門も同意した。
俺の尊敬する赤衛を殺したこいつは生かしておくわけにはいかない。赤衛おれの目標だった。それをよくも・・・。よくも・・。殺してもまだ足りない・・・。国司の部下は国司がやられてしまって戦意を喪失したようだ。両手を上げ、降伏の意を示した。しかし、氷衛の殺意は冷めなかった。氷衛は部下に一瞬で近づき、身体を半分に両断した。切断面からは上に激しい血しぶきが舞った。
「氷衛、お前・・・。」
衛門はかける言葉が見当たらなかった。氷衛はそのまま館を出て、村の方へ歩きだした。衛門と風助は少し距離を取りながらそれを追った。
つかの間の平穏
国司を殺してから3日が過ぎた。氷衛はあれから衛門たちと話せずじまいでいる。氷衛は家に帰り、ちなつに赤衛の仇を討てたこと、怒りのあまりその部下まで殺してしまったことまで話した。ちなつは赤衛を殺された怒りと悲しみを一番理解してくる人、俺の話を親身に聞いてくれた。あれから時間が経ち、あの時の怒りはほとんど収まってきた。ちなつと話したら
「衛門さんと風助さんとはそろそろ話した方がいいと思う。」
と言われた。一緒に戦ってくれた仲間を3日も無視しているなんてやってはいけないことだ。今日、俺から家まで行こう。そう思い、氷衛は出かけた。村はもうすでに王臣家の勢力下になっているらしい。税は国司がいたころと同じ額がとられている。でも、国司がやっていたように恐喝して多くとっていくなんてことはされていないから、前よりも平和になった。王臣家は国司が館を構えていたところに館を築くらしい。俺はできればあそこにはもう行きたくない。衛門の家が見えてきた。風助の家も隣だ。衛門の家にまず行った。
「・・!おっおお、氷衛久しぶりだな。あれからどうだ、体調とかは大丈夫か?」
「ああ、3日休んで心も落ち着いてきたし大丈夫だ。心配かけてすまない。」
「いや、いいよ。大丈夫なら安心した。風助の家一緒に行こうぜ。」
「ああ」
「久し振り、風助。」
「・・・!氷衛!心配したぞ。・・・大丈夫か?」
「ああ。平気だ。心配かけてすまない。」
「いいよ。氷衛が平気そうで安心した。」
「・・・・そういえば、恭助はどうしたんだろう。最近見ないけど。」
「確かにね」
「そういえば俺も見てないな」
その時、恭助に感じたあの嫌な予感をまた感じた。
疫病神
王臣家がこの村を支配して、3週間が経った。この村に少しずつ、不穏な空気が流れ始めた。王臣家が税を不当に取り始めたのだ。最初は空助という住民が狙われた。空助は妻の富子と暮らしていた。その時はたまたま富子が出かけていて、空助一人だった。いつも税を取り立てに来る使者は一人のはずだがその日は3人で来た。週に一度税を払うことになっているのだが、この日取り立てられた税は前の週より3袋も多かった。空助はそう主張したが、使者たちは聞く耳を持たず、米を取っていこうとしたため、無理やり取り返そうとしたら木の棒で頭を殴られたそうだ。次に啓介という貧弱そうな男が狙わらえた。啓介は両親と暮らしており、たまたま啓介はその時一人だった。今度は使者は二人だった。同じく取り立てられた税は前の週よりも多く、4袋も多かった。おそらく一緒に暮らす人数が多いからだろうが、そんなこと王臣家が細かく覚えているだろうか?啓介の場合、圧に押され取り返えそうとしなかったため、ケガはなかったらしいが、それにしてもひどすぎる。それに両方とも人が一人しかいない時を狙って行われてる。それがなんとも怪しい。恭助の話では隣の村では反乱一つ起きていないらしが、本当だろうか?こんなの反乱が起きないわけがない。しかし、守ってもらった義理があるから簡単に反乱を起こすわけにもいかない・・・・・・。!だとしたら厄介なことになったかもしれない・・。
「・・・・ということだ。どう思う、衛門、風助。」
風助は言った。
「守ってもらってる恩があるから容易に反乱できない。・・・でもこのまま何もしなかったらずるずる王臣家のなすがままになる気がするよ。」
氷衛は答えた。
「そうだよな・・・・・。」
衛門が言った。
「ここはいっそ思い切って反乱を起こしてみるとか?」
氷衛が言った。
「確かにそれは一理ある。・・でも俺が気になるのは、なぜ、王臣家が住民が一人でいるところを狙えるのかってことだ。」
衛門が言った。
「それは俺も謎のままだ・・・・」
氷衛がまさに考えていたことだ。
風助は言った。
「おれは・・・恭助が怪しいんじゃないかと思ってる。最近あんまり見かけないし、話しかけても適当に切り上げてどっか行く。これが怪しくないわけがないよ。」
衛門が言った。
「それに恭助は王臣家に認識されている風だった。もともと俺らに王臣家のことを話してきたのはあいつだ。」
氷衛が言った。
「ああ、確かにそうだな。今度会ったら、はぐらかされないよう徹底的に問い詰めよう。」
「ああ。」
「そうしよう。」
しかし、 この日から恭助は町に姿を現さなくなった。
本当の悪者
恭助が町に姿を現さなくなってから、1週間が経つ。住人が一人のところを狙う恐喝はいまだ絶えない。
「恭助のこと見たか?」
「いや、見てない。」
「おれも。」
今日も誰一人として恭助の姿を見た者はいなかった。
「やっぱり、あいつが俺たちのこと裏切って、俺たちのこと売ってたんだ。それで自分が俺たちからいじめられないように、王臣家のところに逃げたんだ。」
「ああ、間違いない。疑いが確信に変わった。やつは俺らのことを裏切った、裏切り者だ。」
氷衛は頬を紅潮させた。
「それしかないね。」
「・・・・・・反乱を起こすか。」
氷衛はそう言った。そして続けた。
「王臣家が俺らからの恩を利用して、横暴してるのは明らかだ。このままでは村人に迷惑をかける。・それに恐らく王臣家には、恭助の口から俺たち全員の情報が行ってしまった。このままでは恐喝はさらに凄惨を極める。ここで食い止めるべきだ。」
衛門が答えた。
「ああ、同意だ。恩はあるが、それ以上に迷惑をこうむっている。反乱を起こそう。」
「やろう!村人たちは恩とはほとんど無関係の人たちだ、その人たちを巻き込むわけにはいかない。」
3人の意見は合意した。そして反乱は3人のみで決行することに決めた。3人は王臣家に強さが知られ、狙われなかったが、ほかの闘えそうな男たちはみな、王臣家に負傷させられてしまった。何よりこの信頼している3人だけで行く方が強いと思ったからだ。3人は武器を持った。氷衛は赤衛が守ってくれた刀とこん棒、衛門は門番から奪った刀とこん棒、風助は木の棒のみで行くことにした。身軽さが武器の風助は身軽な方がいいと思ったからだ。
「じゃあ、いくぞーーー!」
「おおぉぉーーーー!」
3人は王臣家の館へと向かっていった。隣村の館だ。隣村の館に王臣家の長がいるからだ
3人は森を抜けていった。
「森を抜けたら、まず風助が全速力突っ込んでくれ。そのあとあれたちが加勢する。出来れば相手のことは絶命させる方がいい。もし、反乱がばれたら村人たちに被害が及ぶことになる。」
氷衛がそう言うのに、ふたりは頷いた。門番が見えてきた。2人だ。・・・・様子を伺い風助はダッシュした。門番の二人が気付いた時には風助と門番の距離はわずか5mほどだった。
「なっ、なんだ」
門番が構えるより先に、風助は間合いに入り、後ろに振り上げていた、こん棒を門番の頭に向け、思いっきり横に振った。頭を殴られた門番はそれで数秒後、絶命した。もう一人の門番は風助に向け刀を構えていたが、相棒の門番が絶命したのを見ると、恐怖のあまりへっぴり腰になってしまった。そのため、風助はそれを軽々受け止め、頭めがけて追撃した。門番は、それを避けることはできたが、風助の後を追っていた氷衛によって、身体を両断されてしまった。
「よし・・次行こう!」
風助がそう言うと、ふたりは頷いた。3人は階段までの道を歩き、そして階段をそっと音をたてないように登った。ここで気づかれてしまって、臨戦態勢に入られたら、数の不利で負けてしまう。風助を先頭に3人は進んでいった。3階に長はいることはわかっている。・・・・今、2階まで進んできた・・・・・!!上から足音が聞こえてきた。・・・人数は・・・ひとりだ。・・氷衛は風助に刀を渡し、耳打ちした。風助、この状況を打開するのは、おまえにしかできない・・・。相手が下りてきたらまず瞬時にのど元をかききれ。そのあと相手の脳天を突き刺し、絶命させてくれ。・・・・了解・・・。3人は階段の踊り場の手前の死角で敵を待った。風助は刀を短く持った。・・・・もしこれをミスれば村の住民は危険にさらされる。そう思うと、風助は手が震えた。・・・俺ならできる・・・俺ならできる・・・。そう必死に自分に言い聞かせた。俺はいつも衛門に頼ってばっかいたけど、俺だってやるときはやるんだ!敵はあと1mのところまで下りてきた。風助は聞こえないように深呼吸した。そして敵が見えた瞬間のど元に向かって、目にもとまらぬ速さで刀を横なぎに払った。それは敵が風助に気づくのとほぼ同時だった。敵は喉元を押え声にならない叫びをあげた。風助は間髪入れずに敵の脳天を貫いた。そして体の力の抜けたその人間を風助は受け止め、そっと置いた。・・・・・・やったな!!!・・・やるじゃねえか!!!・・・・氷衛と衛門はそうささやいた。3人はそのまま3階へと登って行った。・・・・廊下には誰もいなかった。障子は透けてしますためこのまま突っ込むしかない。・・・いくよ。風助はそう言って2人にアイコントした。そして風助はそのまま障子に向かって走り、障子を突き破った。・・・そこには衝撃の光景が広がっていた。先に行った風助が動かない。どうしたんだ・・。氷衛と衛門は不思議に思いながら後を追った。・・入った途端、2人も動けなくなった。そこには恭助が血だらけのまま宙につるされていたのだ。・・風助はこらえきれずに吐き出していた。氷衛も衛門も吐き気をこらえていた。・・・さらに気分の悪いことに恭助の後ろで長がにやにや笑いながら恭助をつついていた。
「・・・・・・見られちゃったか・・・・」
「・・・・・・・・・何をやってるんだ…」
衛門がそう言った。
「何って見ての通りだよ。死体で遊んでいるのさ。・・死体って2、3日も経つと腐っちゃうからね・・・今が遊び時なんだよ。」
氷衛が驚きの声を上げた。
「・・・・!!!なっ何を言ってるんだ?・・・・・・なっ何で・・・恭助を殺した?」
「・・・あーーーー・・・言っちゃうか・・・どうせこれを見られた時点でお前らの死は確定してるしな・・・・・。あっ、てことはお前らに話をしても意味ないってことか、あはっ!」
「いいから話せ!!!」
氷衛は恭助から感じたものよりも何倍も強い嫌な感じをこの男から感じていた。氷衛はそれを振り払うように大声で叫んだ。
「うるさいなー、俺必死こいてるやつ嫌いなんだよね。お前とか、恭助とか、あとは赤衛みたいにね。」
「!?なんでお前が赤衛のことを知っている!!!
「じゃあ、話してあげるよ。それ聞いてお前はどんな反応するかなぁーーー・・」
なんで!?なんで!?こいつが赤衛のことを知っている?こいつとは赤衛が死んでから話したはずだ。
「赤衛はね、恭助が殺させたんだよ」
「なっっっ!!!・・どういうことだ!?」
「恭助はね、仕方なーく殺しただけだから、許して欲しい・・。・・・・俺がこいつの女を人質に取っちゃったからね。」
・・・・・まさか・・・。恭助には妻がいた。それが・・・・ある日、突然いなくなっていた。そのことを恭助に尋ねてもなにいわなかった。・・・・・こういうことだったのか・・・。恭助はその日から酒ばかり飲むようになった。前までは仕事熱心だったのに、それからは週に一度しか田んぼの手入れをしなくなった・・・・・。それまでは仲の良かった恭助を俺はだんだん遠ざけるようになった。・・・こういう理由だったのか・・・・。・・・恭助は一人で苦しんで・・・・・・・。氷衛は体の奥から熱くなるものを感じた。涙をこらえることが出来なかった。・・・・・なぜ、おれは気づけなかったのか?なぜ、なぜ・・・。衛門の目からも涙があふれ出た・・・・・。急に豹変した恭助をおかしい思いつつもおれは冷たくあしらってきた・・・・・。なぜ変わったのかをなんて考えもしなかったんだ・・・・・・・。
1年前
「おーい。恭助、まだ果物採ってるのか?」
氷衛だ。
「ああ、俺の妻に美味しいもん食わせてやりたくてな。」
恭助は答えた。
「俺の妻って、恭助まだ結婚してもないんだろ。」
「明日、結婚式なんだからもう結婚したようなもんだろ。」
「調子づきやがって」
「ははっ、そりゃ調子づくさ。なんてったて、俺の嫁は世界一可愛いんだからな。」
「さっきまで妻って言ってたのに、今度は嫁かよ。」
「ははっ、すまんな。ちょっとテンションが上がってしまってな、お前こそちなつちゃんとはどうなんだ。」
「・・・ちなつのことは好きだ・・・・でも赤衛がちなつのことを好きなのも知ってる。赤衛に抜け駆けは出来ないよ。」
「でも、赤衛は両親が死んでさまよってたのをお前が助けたんだろ。だったら遠慮することないんじゃないか?」
「赤衛は別だよ。赤衛はちなつの命の恩人だし、それに俺の憧れなんだ。赤衛のことは裏切れないよ。」
その時、衛門が通りかかった。
「おっ氷衛、恭助。こんな時間までご苦労なことだ。」
「お前こそ何してるんだ。」
恭助が聞いた。
「いや、ここらで怪しいヤツを見たって女がいてな。そいつをとっ捕まえてやろうと思ってな。」
「お前こそご苦労なことだ。ちなみにそいつの特徴はどんなだ?」
「ああ、何でも男で、金の服を着て、ずっと笑ってて、声が高いやつだとよ。」
「ほんとに変な奴だな。見つけたらちゃんと捕まえてくれよ。」
「ああ、任せておけ。じゃあ、俺は行くぞ。」
「ああ、またな衛門」
「じゃあな、衛門。」
恭助と氷衛はそう言って衛門と別れた。
「じゃあ、おれももう帰るから、恭助。」
「ああ!またな、氷衛。」
さすがに暗くなってきたな。そろそろ帰るか・・・。その時恭助の眼に金色の服を着たにこにこ笑っている男が入った。・・・さっき、衛門が話していた男だ。・・・俺のことをじろじろこっちを見てくる。なんなんだ・・・。そう思っていたら
「お前の女、いい女だな。」
その男がそう話しかけてきた。声は高い。
「なっ、何だ、お前。」
「いやーかわいいなと思って。でも明日お前と結婚しちゃうんでしょ。」
「なっ何で知ってるんだよ!」
恭助は怖くなった。なっ、何なんだこの男は。
「でも、俺どうしても彼女のことが欲しくて。でも不倫は良くないいじゃん。だから結婚する前ならいいかなと思って、奪っちゃった。」
そう言ってその男はマントを広げた。なんと中には・・・気絶している初子がいた。
「何のつもりだ、てめえ!!」
そう言って恭助はその男に殴りかかろうとした。しかしその手はすぐに止まった。男が初子に刃物を向けたからだ。
「おっ、おっ、お前!!!」
「ダメだよ、そんなに声を荒げちゃ・。周りに聞こえちゃうでしょ。もし次荒げたら・・・・。」
そう言って刃物をさらに初子に近づけ、かすり傷を付けた。
「貴様・・・!!何が目的だ・・・・。」
「いやだから目的はこの女なんだけど、あーーでも、この女ちょっと飽きてきたかも。」
何を言ってるんだコイツは・・・・!!恭助は叫びたい衝動を抑えつけた。
「お前がどうしてもっていうなら、目的を変えてあげてもいいよ。」
なっ、なんだ、目的って?・・いや、でも俺には初子以上に大事なものはない。初子を守るためなら俺はなんだってする。
「・・・・・変えてくれ!」
「・・・・・・」
「変えてくれ・・・!!」
「・・・・・・」
「・・・!・・すみません、変えてください。」
「ふっ、そこまで言うなら変えてあげるよ・・・・・。じゃあ、今日からお前は俺のしもべな。」
「しもべ・・・?」
「ああ、何でも言うことを聞くしもべだ。もし俺の命令に一個でも逆らった場合、初子の命はないと思えよ。」
「・・・・・わっ、わかっ・・・・わかりました。俺はしもべになります。なので初子の命だけは奪わないでください。」
「ああ、約束する。」
「今日は赤衛の殺人を行う日だ。ふっ、赤衛が殺されたところを見た氷衛の表情を想像すると笑いが止まらないよ、あぁーはっはっはー!」
恭助が聞いた。
「・・・・なぜ、赤衛を殺すんですか?」
「それは氷衛をたきつけるためさ。国司に赤衛を殺されたとなったら、氷衛なら必ず国司に復讐する。俺は一回国司を殺しっちゃってるから、今度は別の人に殺させないと俺が中央から狙われちゃうからね。」
恭助は青ざめた。そして言った。
「・・・・・・・すみません。・・・赤衛の殺人だけはやめてもらえませんか?」
「・・・何!?お前は俺のしもべだよ。俺に逆らうなどあってはならないはず。・・・・初子の鮮血はどんな色かな。」
「!!・・・すっ、すみません。」
恭助はその場に土下座した。
「わっ私が間違っていました。しもべが歯向かうなどあってならないことです。赤衛は殺します。ッ・・それでどうかご勘弁を。」
「・・・いや、だめだ。お前は一度私に逆らった。さっき自分であってはならないことといったな。」
「はい・・・・・・。」
「まあ、命令に背いたわけではないから、初子には手を出さない。」
「ありがとうございます。」
「代わりに赤衛が殺された後、お前の手でちなつを殺してこい。・・氷衛とちなつはその時、別の場所にいるんだろ。だったらお前が殺したってばれることはない。大事な友だちに憎まれる心配はないんだ。簡単だろ・・・・。これで勘弁してやる。ふっふっ、ちなつと赤衛が殺されたと知った時の氷衛の顔想像したら・・・・あぁーはっはっはー!」
・・・・・・・・・・・氷衛・・・・・・・・すまない。・・・・おれはお前の愛しの人を殺す。・・・・・許してくれ。・・・いや、許さなくていい。お前にはきっとそれは死ぬよりつらいことだ。でも・・・・・・俺はやる。・・すまない氷衛。
赤衛は殺されたか。ではちなつのもとへ向かうとするか。・・・やめた方がいいんじゃないか?・・・いや、初子のためだ。もう決めたじゃないか!・・・恭助ははっきりとした足取りで歩き、ちなつのところへ向かって行った。・・初子のため・・・初子のため・・・・。そう何度も自分に言い聞かせた。そしてちなつのもとへ向かった。そこにはちなつがいた。ちなつは周りを警戒する様子はない。そして、周りは木々で覆われ、誰かが通りかかっても、犯行を見られる心配はない。恭助は隙を伺った。ちなつは果物を下から眺めている。どの果物にするか迷っているんだ。果物を取りに行った瞬間を狙おう。そう恭助が思った時だった。ちなつが一人でしゃべりだした。
「この黒いやつは氷衛が好きなやつだ。あ、でも前回氷衛の好きなの取って帰りすぎたから、今回は赤衛の好きなこの緑のやつ持って帰ろう。赤衛、本当これ好きだからなー」
「妻に美味しい果物食べてほしくてさ」
「初子はこの緑のやつが大好物なんだよなー。」
・・・・・・・あっ、あっ、・・・あぁーーーー・・・・・・。恭助は突然涙が溢れ出てきた。・・・俺も・・俺も・・・ほんとはこんな風に初子と‥‥。恭助は声を忍ばせて数分間泣き続けた。・・・・そして、恭助は刃物を原っぱの上にそっと置いた。そして涙を拭い、そのままその場を立ち去った。
「おいっ、どういうつもりなんだ。なんでちなつを殺さなかった。俺はお前が逆らったのにもかかわらず、譲歩してやった。なのにお前は・・・・・。」
「もう、お前のしもべをやめたくなったんだ。俺は誰かの幸せを壊してまでわがままに生きるのはもうやめる。初子もわかってくれるはずだ。」
「・・・・・・・・貴様・・めった刺しにして殺してやる・・・!」
・・・初子、氷衛、衛門、あなたたちは俺にとって、とっても大事な人だった。最後は傷つける結果になってしまって本当に申し訳ない。でも、ほんとにわがままだけど、俺はあなたたちのことがこれまでも、これからもずっと好きだから、もしよければ俺のこともあの世で何度か思い出して欲しい。
「!!!!」
「赤衛が死んだのも恭助が豹変して、それで殺されたのも全部お前のせいだったんだな・・・・・・。国司に復讐しても赤衛の無念、恭助の無念は果たされなかった。・・・・無念を少しでも晴らすには、お前を殺すしかない・・・・!!!」
そういって氷衛は刀をさやから抜いた。氷衛の殺気は国司を殺した時以上だった。まるで眼にしたものすべてを死に追いやるかのようだった。そして氷衛の持つ刀はそれに応えるようにギラリ、ギラリ、と光った。殺気を放ったのは氷衛だけではなかった。衛門は身体から湯気が出るほど身体を真っ赤にして怒りをあらわにした。恭助、お前の無念、俺が絶対晴らす。風助はすぐに飛びかかれる態勢に入った。この生物は生かしておいてはいけない。村の人の為にも。死んでいった仲間の為にも。
長は縦2mほどでよこ1mほどの刀を取り出した。
3人は一斉に飛び出した。いつもなら一番足が速いのは風助だが、この時は違った。真っ先に氷衛が敵にたどり着き左袈裟に刀を振るった。氷衛の刀の切れ味は日本一と言っても過言ではない。代々家に受け継がれてきた刀だ。長は正面から刀を受けた。しかし自分の刀が切られる感じがしたため、そのまま体をねじり、右方向に回転した。風助は間合いに入った時だったので間一髪、長の攻撃避けた。衛門はその攻撃は余裕で避け、回転終わりのスキを突こうとした。しかし、長は回転してもぶれることなく衛門の攻撃を受け止めた。しかも受け止めるだけでなく、衛門のことを押し返した。なっ、力では負けたことのない俺が押された・・・。しかし3対1だ。氷衛はすぐに突きを繰り出していた。・・・氷衛の刀は危険だ・。そう長は判断し、突きは体を傾けてかわし、風助の攻撃をさばいた。・・氷衛の刀の切れ味はすごい。でもそれは正面で受けた時だけに発揮されるものだ。横からの攻撃には弱いはず。王臣家はそう思い、風助が斜めに振りかぶろうとした瞬間、こん棒を斬り、そして氷衛の攻撃に正面で受けるように見せかけて、氷衛が振りかぶった瞬間刀の方向を変え、氷衛の刀を弾き飛ばした。間髪入れず、長は衛門の刀も吹き飛ばした。・・・・くっ、刀を飛ばされた氷衛は相手の実力との差を感じた。しかし、そんなのがこいつを殺すことをあきらめる理由にはならない。氷衛は刀を飛ばされた瞬間前に走った。そして王臣家が横なぎに刀を払うのを右前に前宙してかわし、空中で長にこん棒で攻撃した。この攻撃は長に直撃した。この戦いで初めて、生身にダメージを与えた瞬間だった。長は正直動揺した。・・・この俺が殴られた・・・・。闘いで殴られたのはいつぶりだ・・?
「氷衛――――!やってくれたな。」
そう言って長はマントを脱いだ。そこには衛門以上の盛り上がった筋肉があった。と同時にいくつもの鞭で殴られたような跡があった。氷衛は少したじろいだが、すぐ気をとりなし、言った。
「いくぞ」
「かかってこい。」
氷衛は飛ばされた刀を拾うことはせず、そのまま突っ込んだ。間合いに一瞬で入り、そしてスライディングをした。そしてひざ元にこん棒を振るった。しかし、さっきとは違い、これは防がれた。しかしその時には風助が振りかぶっている。長は風助の攻撃をかろうじてかわすが、衛門の横なぎな払った攻撃を食らってしまった。
「くっ、くそっ・・・・。俺が、俺がこんなところで負けるわけにはいかんのだ。」
「・・・・お前に敗北は許されない。・・なのになぜあんな小僧に剣技試合で負けやがって・・・。お仕置きだ、来なさい。」
そう言って八畔は連れられて行った。パンっ、パンっ。そんな激しい音がして八畔は殴られていた。
「痛い・・。痛いよ・・・。」
「痛いだと・・・・。俺が今日の試合でどれだけ傷ついたのか分からんのか?・・・俺の心の痛みはこの程度ではないわ。」
そう言って八畔の父親はさやに強く鞭で殴った。八畔は5歳のころに両親を亡くした。そんな孤児だった八畔を救ってくれたのが、今の義父だ。この人は俺の恩人なんだ、言うことを聞かないといけない。俺のことを殴ってくれるのも優しさなんだ。
「今日、お前は寝ることは許さん。罰として一晩中正座しておけ。」
そう言って義父は去っていった。きっとこれも俺のことを思ってのことなんだ。俺が強い人間になれるように育ててくれてるんだ。しかし、その二日後、八畔は衝撃を受ける。何やら義父たちが話しているのを八畔はたまたま聞いた。それは信じられない内容だった。
「あいつ、俺もういいかな。子どもなら抵抗されずにいじめられて楽しいと思ってたけど、あいつはいじめるとぎゃんぎゃんうるさい。だからあいつは明日の朝どこかに捨ててきてくれ。」
八畔は聞いた内容が信じられなかった。義父は俺のことを大事に思ってくれてるんじゃなったのか?それともおれが、ぎゃんぎゃんうるさいから、俺が悪かったのか・・・・・。・・・いやそんなわけない、なぜ一方的にいじめられる俺が悪いんだ。なんで何も悪いことをしてない俺がこんな目に合うんだ・・・。ああ・・・・。そうか。わかった。・・どっちが悪いとかじゃない、どっちが正とかじゃない。力を持ってるか、そうじゃないか、ただそれだけだ、力がなければ何もできない。善悪は関係ない。・・・なら俺も強くなればいい・・・。そして八畔は調理室に行った。そして包丁を見た。俺は明日あいつを殺す。そしてこの家を出る。俺は誰よりも強くなるそして。もう誰にも虐げられずに生きるんだ。
八畔は構えた。居合だ。間合いに入るものを一閃する構えだ。八畔はもう自分から攻撃する余裕を失っていた。しかし、3人もこれには容易に手を出せない。間合いに入った瞬間斬られるのを想像してしまう。氷衛は吹き飛ばされた刀を取りに行った。そして八畔が構えるもとへ、歩みを少しも緩めることなく近づいていった。・・俺はもう逃げない。ちなつが襲われた日俺はそう決めた。赤衛のように生きたいと。そして恭助への償いのため、俺は絶対に!逃げない、一歩も引かない。そしてその歩調のまま八畔とあと3mのところまで近づいた。そして刀を左下に構えた。・・・・・・数秒間、間があった。そして両者、刀を繰り出した。勝負はほんの一瞬だった。八畔は刀を横に薙ぎ払った。氷衛は八畔の脳天めがけて刀を払った。勝負はコンマ1秒も経たないうちに終わった。八畔の頭は真っ二つに斬られた。そして・・・氷衛の身体は上と下に両断された・・・・。氷衛は逃げなかった。八畔の刀を一度受け止めることは、氷衛には可能だった。しかしそれをしなかった。・・・・もう逃げたくはなかったんだ。
「氷衛!!!」「氷衛ぇーー!!!」
衛門と風助は駆け付けた。氷衛はまだ息があるようだ。
「・・・・衛門、風助、俺と一緒にた・・たかって・・くれてありがとう・・・・・おかげで、・・・赤衛と・・・恭助の無念が・・・果たせた・・・。」
「氷衛・・礼を言われるじゃない。」
「そうだ・・・。俺たちもお前のおかげで仲間の仇が討てたんだ。」
氷衛はかすかに笑った。そして言った。
「ちなつには・・・すまないと伝えてくれ・・・それと赤衛・・も俺も・・おまえがすきだったと・・・。」
そう言った瞬間氷衛は身体の力がなくなり、首はグワンっと右へ倒れた。
「氷衛っ!!!!!」
二人は涙を流した。
最終章
「ちなつ・・話があるんだが・・・。」
衛門と風助は氷衛が死んでしまったこと。氷衛と赤衛がちなつのことを好きだったことを伝えた。・・・・ちなつの眼からは涙が溢れ出た。
「・・・私も2人が好きだった。真っ直ぐで正直で熱い心を持っていた、そんな2人が好きだった。」
もう思い合うことは叶わない切ない思いに衛門と風助は目頭が熱くなった。
「でも、私は2人からたくさんのものをもらって生きてきた。2人がいなくても、2人のことを思い出すだけで、寂しさはなくなる。そう思って私はこれから生きていく。」
ちなつは必死にこみ上げるものをこらえながら話しているようだった。その姿に二人は涙を流した。
翌日、王臣家の家臣たちが衛門と風助を訪ねてきた。衛門たちは身構えたが、むこうに戦意はないらしい。
「何の用だ?」
風助が言った。家臣たちは答えた。
「・・・・実は俺たち謝りたくて・・・・。八畔の命令とはいえ、村の人たちにはひどいことしちゃって。」
衛門が言った。
「・・・・・・ああ、謝る意思があるだけ村の人たちは救われるな。・・俺らじゃなく村の人たちに謝ってきたらどうだ?」
「はい。もちろん、そうします。・・実はあなた方にはお願いがあって。」
「お願い?」
2人は不思議そうに言った。
「はい。俺たちは王臣家のトップがいなくなって解散の危機にあります。でもこれはチャンスでもあると思ったんです。クズの八畔ではなくもっとふさわしいリーダーを見つけるための。・・・それをあなたたちお願いしたくて・・・・。」
2人は驚いたという風に顔を見合わせた。
「・・・俺はやってもいいよ。俺がリーダーになって、・・いい君主になりたい。」
風助はそう言った。
「ああ、俺も賛成だ。それにこの村を守るにはそれが一番いい。」
「・・・本当ですか!?ありがとうございます。・・・では今日は私たちは謝罪して回らねばならないので・・・・・明日、お城でお待ちしています1」
そう言って家来は去っていった。
「・・・いいリーダーになろうぜ、風助。」
「ああ、もちろん!」
氷衛が死んでから3日後、墓が建てられた。もともとあった赤衛の墓の隣には、氷衛の、その隣には恭助の墓が建てられた。風助と衛門とちなつは墓参りに来ていた。
「お前の花、しょぼいなあ。俺のぐらいでかくないとだめだろ。」
衛門はそう言って風助に花を見せびらかした。
「衛門のはでかすぎだよ。」
そう風助は言い返した。ちなつは衛門には、しょぼいと言われてしまうかもしれないけれど、30cmほどの花を持ってきていた。3人が暮らしていた家のすぐそこにあった花畑からとってきた。毎日目にしていた花だ。だからこの花を見ると、3人の思い出がよみがえる。私たち3人の。墓に着くと3人はそれぞれの墓に1つずつ花を置いていった。赤衛、氷衛、天国でもどうか楽しく暮らしていて・・・・。衛門は恭助の墓を見て思った。恭助・・お前の苦しみに気づけなくてすまなかった。お前はきっと天国にいるはずだ。天国では・・今度こそ、幸せに暮らせよ。風助は氷衛を思った。氷衛、お前にとっては赤衛が目標だったのかもしれないけど、おれは氷衛が、王臣家を倒した時、俺は氷衛が目標になった。・・・おれ、氷衛みたいになれるように頑張るよ。だから天国から見守っててくれ・・・・。そのときサーッと風が吹いた。桜が舞った。そういえば春になったのか。・・・3人は空を見上げた。空は曇り空一つない晴天だった。
(完)
追記:昔に作ったものを添削して、話を途中で変えたり、伏線をつくったり(かっこつけて)したので、齟齬が生じていたらすみません。あと、ちょっとずつ出そうとしていたのですが、出したやつは消し、一度に出しました。なので、最初に出していたものに好きしてくれた方はすみません。