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【提案】「夢は小さく」ってどうかな?

「夢」と「現実」。

両者は全く相容れないものだと思っていませんか?

「夢は叶う!!」とルーキーズの川藤先生のように熱く叫びたいのではなく、
「夢」と「現実」どちらかを選んだらどちらかを捨てなければいけないと頭に叩き込まれている気がするけれど、

実は少し工夫すれば「夢」と「現実」って意外と仲良くやっていけるんじゃない?という私の勝手な考えを提案したいと思います!💪

🪐「夢」と「現実」の相違点

まずは私が思う「夢」と「現実」両者の最大の相違点を記載します。
それは、、

自分自身で勝手に決められるかどうか

です。

現実って全くもって自分自身ではどうしようもないですよね。
夏休みの宿題はあるし、毎日学校行って苦手な教科も勉強しないといけないし、
仕事行かなきゃ、満員電車に乗らなきゃ、育児・家事が大変、、
ましてや、学校の友達との関係や、仕事の上司との関係、夫婦や子供との関係等、
人間関係の現実も小さい頃からずっと変わらず毎日自分の意思とは関係なく降りかかってきたと思います。

一方で、環境や状況に関わらず自分で夢を決めて掲げることは誰にでも出来ます。
現実的かどうかはさておき、今から「大谷翔平選手のような野球選手になる!」と夢を掲げることは、学校にも職場にも、親にも友達にも、いかなる事象にも止めることはできない一人一人が持っている権利だと思います。

夢を持つ時期、大きさ、内容、そもそも持つかどうかすら自分に委ねられていますよね。

だからこそ、夢に向かって頑張ることって、あまりにも美化されて少し自分とは遠いイメージを持つ方も多いと思うのですが、
実は考え方次第でどうにでもできると思うんです。

🪐「夢は大きく」の功罪

小さい頃から学校や家で「夢は大きく持ちましょう!」と言われた覚えはありませんか?
私たちが気づいたら勝手に頭に刷り込まれている「夢=大きほど良い」みたいな感覚って、幼い頃から回りの大人によって伝えられてきたメッセージではないでしょうか。

確かに、夢を大きく持つことは決して悪いことではありません。むしろとても良いことだと思います。
しかし、小学生くらいまでの幼い時期は大きな夢を躊躇なく宣言できますが、中学生頃になるとだんだん自分の能力が客観視できるようになり、思春期も絡んでくることから、「夢なんて叶うはずない」と自分の中で自然と諦めと折り合いをつけることになりがちです。

また、進学や習い事を始めるタイミングで所属するコミュニティが増えて、今まで出会わなかった人に出会うようになります。そこでまた他人と比較することが増え、幼き頃に無邪気に抱いていた夢に自分よりも近そうな人が周りには沢山いることに気づき、同時に自分にはとても叶いそうもないことにも気づきます。

いかがでしょうか?「自分もそんな経験がある」という方も多いのではないでしょうか。
でも、当時持つことを辞めた「夢」って、サッカー選手や漫画家、俳優やYouTuber(さすがにまだいないか、、?)といった肩書きを持った職業が多いのではないかと思います。

これはまさに夢が「大きい」状態ですよね。
でも仮に、サッカーを「プレーする」こと、漫画を「描く」こと、役を「演じる」ことなど、何かの肩書きではなく、自分が好きなはずの行動を「夢」にしてしまえば、アマチュアでもサッカーをプレーし続けることは可能だし、自主制作した漫画をSNSで公開することは誰にでもできます。ドラマ仕立ての映像を撮影してYouTubeやTikTokに投稿することも可能です。これなら少しできそうな気がしませんか?

これで少し夢が「小さく」なりましたね。

🪐「動詞」を夢に設定しよう

先ほどの例で気づいた方もいるかもしれませんが、夢の大きさは「名詞」を夢にするか「動詞」を夢にするかによってその大きさが異なってきます。

現に私も、前職での日々を変えたいと考えた際に、大好きなサッカーに仕事で「携わる」ことを具体的な夢に設定し、転職でスポーツ業界に入ったことでその夢を叶えることができました。また、日々サッカーに「携わる」仕事をすることで夢を叶え続けています。

実は私が設定した「携わる」という動詞の夢には、様々な角度から実現の可能性がありました。
結果的にスポーツ業界に転職するという本丸に飛び込んで携わることになりましたが、出版業界でサッカーの記事を書くことや、玩具業界で関連のグッズを制作すること、旅行業界でサッカー観戦の海外旅行パックを販売することなど、「携わる」という夢には他にも様々な選択肢がありました。
どの選択をしても夢を叶えられたでしょうし、やりがいを感じながら仕事ができていたと思います。

「動詞」を夢に設定することで心理的なハードルがかなり下がりますし、選択肢も増えて達成できる可能性も高まると思います。


初めにも述べたとおり、夢の大きさは誰にも邪魔されず自分自身で勝手に決めていいものです。
だから、自分のやりたいことを噛み砕いて少し「小さく」することをお勧めしたいと思います。

🪐終わりに

もしあなたが夢を設定しようと思いたったら、『自分が何をしている時(=動詞)に楽しいと感じるか』
その感覚を大事にして欲しいと思います。
もしそれが仕事になったら、とても幸せな社会人の日々を送ることができると思います。

もちろん、夢なんか持たなくてもいいです。持つかどうかも自分に委ねられていますから、今直面している「現実」に一杯一杯な場合は、持たない選択肢も全然アリだと思います。


これだけ夢夢述べてきましたが、自分の考えが唯一の正解とは全く思っていません。
でも、仕事に夢なんか持っていなかった金融サラリーマン時代と比べて、今の生活のほうがハリや刺激があって自分が活き活きしているように感じます。

今私は一旦夢が叶っている状況ですが、もちろんこの先も新たな夢を設定する時が来ると思います。
その時は、また例のごとく自分のその時大事にしたい「動詞」を叶えるために考えるつもりですし、必ず達成したいと思っています。

夢を「小さく」持ってみると、現実が少し豊かになるかもしれません。

最後まで読んでいただきありがとうございました😊

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