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ハマかぶれ日記254〜風立ちぬ、初秋刀魚

 朝5時半、歩き始めの気温は16度、風もある。いつものように半袖1枚で外に出たら、瞬間、肌寒く感じたが、歩いているうちに空気を快適に感じるようになってきた。散歩の主役である愛犬、千も酷暑の期間中、せわしなく続けていたゼーゼー、ハーハーの回数を減らし、道すがらクンクンとしきりに匂いをかぐ余裕を見せている。先週、定期的に通うペット美容ショップでつけてもらったオレンジ色のスカーフがヒラヒラ揺れて可愛い。頬擦りしたくなるものの、急に迫ると「何をすんのよ!」ときつい目つきで睨みつけられるのがオチなので、グッと我慢してリードを長めに握った。
 「風立ちぬ」。作家の堀辰雄(1904〜53年)が己の命も予感するかのようにして書いた小説は、フランスの詩人ポール・ヴァレリー(1871〜1945年)の詩の一節から引いている。「風立ちぬ いざ生きめやも」。古い訳文ではこう。ああ、ようやく涼しい風が吹いてきた、しっかり生きていかなくっちゃ。日本では、いま時分に吹く風を指すようだ。
 今朝の風は、まさにそうだった。ともに老境に差し掛かっている自分と千には、この1年もこのままつつがなく過ごせるよ大丈夫、と励ましてくれる優しいそよぎのようでもあった。
 きのう、行きつけのシネコン「アップリンク吉祥寺」で米映画の「ヒットマン」を観た。大学で心理学と哲学を教える傍ら警察の囮捜査の担当官も務める主人公の男性ゲイリーが捜査の対象者として知り合った女性マディソンと恋に落ち、彼女と夫との確執を巡る殺人事件に巻き込まれてドタバタするラブコメディー。プロの殺し屋を演じて犯罪者を炙り出す囮捜査で70件以上の殺人未遂事件を検挙した警察官の実話を元にしているので、クライム・コメディーとも言うらしい。軽快でわかりやすく展開するストーリーが大変、面白かった。マディソン役のアドリア・アホルナのキュートさも特筆ものだった。
 映画の中では、猫と犬が名脇役を演じる。猫派のゲイリーは、2匹の飼い猫をフロイト心理学の重要な概念である「EGO(エゴ)」と「IDO(イド)」と名付け、盲愛していた。それが犬派のマディソンに感化されて次第に両刀遣いに。かつては猫派だった我が身の現状に照らして、ありうることだと思った。どちらもピュアな存在で、その真っ直ぐな眼差しで心を癒してくれる点では一緒なのだ。
 昨夜、パートナーは夕食に、この秋初めて秋刀魚を焼いて食卓に載せてくれた。カボスを絞りかけて食べたら、おいしかった。むろん千にも1匹。われわれが食べている間は、おこぼれが欲しいと周りをうろうろしていたのに、いざ自分に秋刀魚ライスのお鉢が回ると半分ほど食べて残した。まだこの季節本来の食欲は到来していないと見える。はるか昔、秋刀魚を食しながら「さんま苦いか塩っぱいか」と涙した詩人、佐藤春夫のような屈託はまさかにないだろうが。
 屈託と言えば、わが横浜ベイスターズは・・。必勝を期してエース東を立て3点リードしたのに7回、一挙の4失点でまさかの逆転負けした一昨日のヤクルト戦は熊の胆のように苦かった。熊の胆なら体にいいけれど、あの負けはただ苦いだけ。今夜の巨人戦、なんとか絶妙な口直しが欲しいものだ。ねえ、千ちゃん。
 おっと危ない。こんなことを書いたら、ただでさえ曲がりやすいパートナーのヘソが曲がることは必至だ。クワバラ、クワバラ。


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