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ハマかぶれ日記265〜ツキがほしい

 いつものように午前5時に起きて着替えをしつつ、スマホで天気をチェックしたら、薄曇りで気温はなんと8度とある。夏日になった前日の同じ時間より10度も低い。何かの間違いではないかと疑い、わざわざベランダに出て確かめたら、確かに。ブルっときた。あわてて、もう10年以上も使っている緑の薄手のジャンパーを引っ張り出し、身にまとった。
 愛犬の千はいち早く玄関で身構えて、お供の準備が整うのを待ちかねていた。「何やってんの」と目が咎め立てする。表に出ると、ワンちゃんには適した気温なのだろう。いそいそとやや早足で歩く。競馬用語で言えば、トロットといった具合か。お尻を軽快に振り振りし、白く豊かに立った尾っぽがイングランドの儀仗兵の帽子の房みたいに揺れて愛くるしい。引かれて歩き進むうちに、体はちょうどいい按配に温まってきた。人様にも、散歩に格好の季節なのだ。
 散歩コースの折り返し点である善福寺公園の上の池・北東端を過ぎてしばらく池畔を行くと、大きな女郎蜘蛛が低木の小枝の先と花類の植栽に糸をかけて巣を広げているのを見つけた。網目の糸を目でたどると、少し左上の方に小ぶりなもう一匹がひっそりと控えているのがうかがえる。大柄な雌に求愛のアプローチをしようとする雄だ。
 深まる秋の代表的な光景だが、さらにその2匹を見おろすみたいに、西に傾きかかった19日目の月が網目越しに小枝の間に浮かんでいるのに気づいた。満月から4日。右下の5分の2程が欠けているのも、何かの物陰で目だけを覗かせるキャラクターを思わせる。薄青の大気を背景に、表情豊かな月と、命をつなごうとする2匹の蜘蛛と。見事な構図に心動かされ、スマホのカメラに収めた。
 仮に写真プリントして作品名をつけるとしたら、どうなるかと帰り道であれこれ考えた。最終的に自選したのが、「月に(夫婦で)網を打つ」。夫婦(めおと)の2文字を入れるかどうかは、蜘蛛の場合、雌が気に入らないと夫婦ごとの前に雄を食ってしまうこともままある非情な現実に鑑みて、保留することにした。「打つ」は「張る」の方がいいかと、こちらも「推敲」の語源になった中国の故事を思い浮かべつつ悩んだが、語感に秋冷の爽やかさがにじむと考えて「打つ」を選んだ。判断に全く自信はない。
 月の字をツキと片仮名に置き換えれば、わが横浜ベイスターズは、もはやそれに頼るしかないところまで追い込まれた。
 日本シリーズ進出をかけて巨人と争う昨夜のセ・リーグCSファイナルステージの第5戦を、ベイスターズは1対0で落とした。リーグ優勝者に与えられるアドバンテージの不戦1勝を含め、これで3勝3敗のタイ。最初に3連勝した時には、もしやと胸を躍らせた。それが一昨日、昨日と、「あと1勝」の重圧に選手が負けているのか、プレーに硬さが出て攻守にミスが増えてきた。好機で良い当たりが野手の正面をついたり、ツキも落ちてきた。悔しくて、内容を細かに振り返る気にもならない。
 3連敗の後の2連勝で逆王手と勢いの出た巨人は、きょうの最終戦、先発に1年間、安定して先発ローテーションの軸となった若きエース・戸郷を立てる。一方のベイスターズは、好不調の波の大きい左腕のケイ。初戦で投げ合った顔ぶれで、前回は大方の予想を覆してケイに軍配が上がった。
 けれども、CSファーストステージで阪神に2連勝し、東京ドームに乗り込んだ前回と、勝てるゲームを連敗して追い込まれた今回は全く状況が違う。完全な下げ潮だ。まるで源平の最終決戦となった壇ノ浦の合戦で、瀬戸内海の早い潮流に押されて船を流され、破れた平家の軍勢のよう。もう神頼み、ツキ頼みしかないと、早くも捨て鉢になる所以だ。
 ええい! 東京ドームに蜘蛛を連れて行って巣を掛けてもらい、ツキを網に絡め取ってもらおうか。ヤケ気味に呟くと、腹の奥の方にいる悪い虫が囁く。いや、そりゃだめだよ。天井があって、絡め取る月がない・・。
 
 
 

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