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ハマかぶれ日記264〜シャインな秋

 今年ほどブドウを食べた年は記憶がない。ほとんどがシャインマスカットで、市場に出回り始めた8月中頃からこれまでに、多分、20回ぐらいは食べただろう。ざっと3日に1回の割合。今朝も風邪ひきの喉に入れやすいお茶漬けでまずは腹を満たした後、一人で抱え込むようにして大ぶりの房の半分以上を胃袋に納めた。種がなく皮ごと柔らかく食べられ、程よく甘いし、香りがいい。そんな食味の良さもあるが、何より大きいのは適当な値頃感で買えるようになったことだ。
 10年ほど前、店頭に並び始めた頃には1房が5000円以上もして手を出せなかった。料亭でご馳走に預かった時などにデザートで出てきた2粒3粒を口にして、そのおいしさに「いつか思うがままに食べてみたい」と念じていた。それが3千円台になり2千円台になって、今や千円台、規格外のものだと数百円で食べられるようになった。それでも贅沢品と感じる向きもいるだろうが、果物好きのパートナーがせっせと買ってきてくれるので、存分に嗜好を満たせている。さらに加えて今朝のような一人隠れ食い。ありがたいことだ。
 シャインマスカットを最初に目にした頃は、瀬戸シャインなどという名前が付いていて、広島県福山市で品種改良のすえ生み出されたと新聞か何かで読んだ記憶がある。調べると、やはりその地で国の農業研究機構が30年近くもかけて改良に成功し、2006年に品種登録された新品種。有名な岡山のマスカットオブアレキサンドリアの孫に当たるとか。同じ瀬戸内海気候の岡山でしかうまく栽培できず、長年に渡って高級ブドウとして垂涎の的だったマスカットの名前を入れたところが、人々の心を鷲づかみにする一因でもあるだろう。
 農水省統計(2020年)によると、その10年前に比べて作付け面積は9倍となり、沖縄以外の全都道府県で栽培されているそうだ。飛ぶ鳥を落とす人気であり、確実に拡大の一途を辿っているのは、値段の動きを見れば分かる。
 幼い頃、四国の実家近くで木工所を営んでいた伯父に連れられ、時々、フェリーで海を渡って岡山へ行った。商品の卸しのためだったが、むろん何かを手伝わされたわけではない。小学校に上がるまで家の事情で預けられ、昼間をその下で過ごした伯父は実の父親のように可愛がってくれた。三輪トラックで行く岡山は、幼い身には遊びの一環、ドライブのようなもので、楽しみはお昼に立ち寄る食堂での一品や岡山名産のお土産だった。その目玉の一つがマスカット。甘味の少ない時代にあって、蠱惑的な味と香りに酔ったものだ。
 シャインマスカットは、元祖のマスカットからさらに歯切れの良さという武器を身につけて一層、蠱惑的だ。味わうたびに、亡き伯父の面影や古き良き時代の田舎の光景を思い出して胸の奥がじんわりと温かくなるのも、老いていく身にはかけがえのないひと時。ちっぽけなタイムカプセルのような存在といえる。
 今年はあとどれぐらいの期間、楽しめるだろうか。できるだけ先まで、その艶ややかなエメラルドグリーンの輝きで果物店やスーパーの棚を照らしてもらいたいものだ。
 わが横浜ベイスターズも大方の予想に反して、ポストシーズンのファンの楽しみを先へ先へと繋いでくれている。昨夜の東京ドーム。CSファイナルステージ第3戦も巨人に2対1で競り勝ち、3連勝とした。今夜、勝てば、日本シリーズへの進出が決まる。
 1点リードされて迎えた3回裏、1死満塁のピンチを切り抜けたセカンド・牧のプレーはもはや神がかりと言っていいレベルだった。「やられた!」。誰もがセンターに抜けると思った強い当たりのゴロを横っ飛びして捕ったばかりか、ショートに素早く送球し、併殺を完成させた。抜けて入れば、完全に負けムード。たぶん同じプレーをもう一回と求められても無理だろう。興奮して震えがきた。
 マスカットとベイスターズ。ブドウと星の輝きのお陰で、シャインないい秋を過ごせている。
 
 

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