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ハマかぶれ日記256〜気分の弥次郎兵衛

 朝、外から住んでいるマンションのエントランスに戻ると、管理人のN君が待ちかねていたように声をかけてきた。「私、久しぶりに怒りまくりました」
 聞くと、一昨日のサッカーJリーグ第32節の試合で、茨城出身のN君が子供の頃から贔屓にしている鹿島アントラーズが湘南ベルマーレに負けた、それも2対0のリードをひっくり返されて負けたという。「2対0からの逆転なんて、11年ぶりですよ」。頭にきてSNSの投稿欄に「なんでこんな負け方をしたのか説明責任があるだろう」とかなんとか書いたら、出来のいい投稿のベスト5に選ばれたそうだ。
 今年は、N君にチケットを取ってもらって2回、アントラーズの試合を観に行っている。そのせいで近頃は、何となくアントラーズの戦績が気になるようになっていた。
 そんなファン予備軍の筆者に胸のうちのモヤモヤをぶちまけ、共感を示して欲しくなったのだろう。最近、モタモタしているうちに優勝戦線から4位に後退し、挙句は16位と格下のベルマーレによもやの大逆転負け。そりゃ、頭にも来るわな。普段は温和なN君の眼差しがキツくなっていた。本来は、生計の中心である都心の会社での夜勤を務めた足で副業の管理人業務に突入した疲れと眠気が宿って、少しトロンとしていそうなものなのに。
 「こっちもおんなじだよ!」。すぐにそう返したのは、昨夜、甲子園で行われた阪神タイガースとのナイターで、横浜ベイスターズが同じように7回、6対2とほぼセーフティーリードしていながら、一挙に5点取られて逆転負けしたからだ。これで、一昨日の巨人優勝に続き、阪神も2位が確定した。残るはCS第1ステージへの進出権がある3位の座だけ。一つ一つ目標を下げざるを得ない毎日なのだ。4位の広島カープがこの日、負けたからいいようなものの、1・5ゲーム差しかなく、今の戦いぶりでは心許ない。どころか、尻に火のついたようなジリジリ炙られ感がたまらなく不快だ。
 先日も書いたが、こんな時は戸外に気分転換の種を求めるのが一番だ。今朝の散歩でも、癒しのもとになる収穫があった。
 一つ目は、今シーズン初めて木犀の花の香りを嗅いだことだ。散歩コースの善福寺川沿いの遊歩道でいきなり、かすかな芳しさにぶち当たった。川の最上流部から3本目の橋、新町橋の袂。心当たりはある。橋の上手の左岸にある大きな家の銀木犀の木。毎年、いち早く香りを届けてくれる。遠目にはまだ花の色は浮かんでいなかったが、近づいて確認すると、小さな白い花が少しほころんでいた。
 香川の実家の庭には、亡くなった父が小さな池を穿って錦鯉を飼っており、そのほとりに1本の銀木犀の高木が立っていた。家の軒を覆うように枝を広げ、今の時期、もはや臭気と呼んだ方がいいぐらいのたっぷりの香りを辺り一面に振りまいた。それを思い出した。60年以上も前の遠い光景と幼身の嗅覚の記憶に混じって父や母の声が聞こえたようで、唐突に胸の内が温かく湿った。
 しみじみ秋を感じる時候ではある。川面に目を転じると、顔馴染みの青鷺の1羽が大きなザリガニを捕え、苦心惨憺、飲み込もうとしていた。あっという間に来るだろう寒い季節に備えていっぱい食べておかなくては・・。「天高く馬肥ゆる秋」の旺盛な食欲を感じて心地よかった。
 少し下流では、一軒家の駐車場に停めてあるセダンの屋根の上で羽を休める別の青鷺がいた。物狂おしい暑い夏を凌ぎ、快い季節を楽しもう。なんで車上なのか、本心はわからないけれど、遊び心が溢れている風で、近づいて撫で撫でしたくなった。
 さて午後は、映画でも観に行こう。少なくとも映画館の座席で尻が炙られることはない。朝の収穫とこれを合わせて、気分の弥次郎兵衛は平衡を得る。
 
 

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