A Song For Your Love
今から30年と少し前のことである。私の人生に年下のアイドルというカテゴリーがスルッと入り込んだのは。
今でこそ市民権を得た感のある推し活だが、当時はようやくワイドショーで「最近は年上の主婦層にも人気!」という切り口で、アイドルグループが取り上げられ始めた頃だった。それまでは、アイドルのファンは本人たちと同世代から年下と云うのが一般的な感覚だったように思う。
彼らより少し年上で、昼間はスーツとヒールの高い靴で武装し、なんとか男性社会で生きて行こうとあがいている女性総合職と呼ばれる人種が、大っぴらにアイドルへの愛を語れるような空気ではなかった。いや、もしかしたら私の周辺だけだったのかもしれないが、少なくとも私はそう思っていた。
そんな訳で、スルッと私の人生に入り込んできたアイドルグループをしばらくは所謂お茶の間ファンとしてテレビの画面だけでひっそり眺めていたのだが、ある日、大学時代の友だちがポロッと言ったのだ。「最近、気になって仕方なくてね、コンサート行きたくてファンクラブ入っちゃったんだよね。チケット当たったら一緒に行かない?」と。
…いた!同志が!こんな近くに!
そこからは同志を得た心強さも手伝い、私の脳内に彼らが常に存在するようになった。出演番組や雑誌をチェックし、ライブが発表されたら友だちと作戦を練って申し込み、ホテルとエアチケットを押さえ、休暇を確保した。
どんなに仕事がつらくても、毎日終電まで働こうとも、彼らを見れば頑張ることができた。私が会社からドロップアウトしなかったのは、間違いなく彼らのおかげである。
そのうちインターネットが普及し始めると、より同志を見つけやすくなる。すると、思いのほか同世代が多い。しかも素晴らしい文才と観察眼を持った方々が、彼らへの熱い愛を縷々と語り、同時に冷静な考察を繰り広げている。それはしばしばアカデミックな様相も呈する。なにこれ、楽し過ぎるではないの!
基本は人見知りなのでネットの世界でも自分からはあまり話し掛けることはなかったが、もともと文章を綴るのは嫌いではなかったので、自分でも日記サイトに登録して細々と文章を綴り始めた。いつの間にか訪問者が増え、記事を書けば日記サイトのアクセス数ランキングの上位に入るようになる。自己流でHTMLを書いてライブや舞台のレポをアップすると感想メールをたくさんいただくようになり、これはちょっと、いや、だいぶ嬉しかった。
メールが増えてきたので思い切ってBBSを設置したら、これもまた楽しい。常連さんとライブの開演前にお会いして、お互いちょっと興奮気味にご挨拶すると、ライブ直前の高揚感もいや増す。チケットを交換し合う自助ネットワークも自然に構築されていった。もちろん全て定価のみの遣り取り、細心の注意を払って安全に物々交換する。極めてクリーンで牧歌的な関係だった。
たぶん私が幸運だったのだろうけれど、ネットを通じて知り合った方々は本当に良い人ばかりだった。トラブルはもちろん、嫌な思いをした記憶は今に至るまで一切ない。
とは云え、プライバシー面では臆病なくらい自衛していたし、リアルで交流するのは慎重に遣り取りを重ねてこの人は大丈夫と確信できた方だけだった。そして、そのスタンスは関わった方に共通していたように思う。お互いにその感覚が同じ人を嗅ぎ分けて、コミュニティが造られていったということだろう。
少し前に同年代の男性と、そんな話になった。
「私、2000年代前半の、個人がHTML書いたサイトとか、日記サイトやBBSが中心だった時代がけっこう好きなんですよ」
「あ、すごく分かります、楽しかったですよね!読み応えのある良質なテキストもホントに多くて」
今度、ゆっくり語り合いましょう!と約束したが、そう言えばまだ果たせていない。
そのうち、そのグループには「国民的」と云う冠がつくようになり、年下のアイドルを推すことは何ら隠すことでもない空気になっていく。ライブにはあらゆる年代層のあらゆるタイプの女性が集まり、男性の比率も年を追うごとに増えているようだった。実際、私が会社内で見つけた同志は男性ばかりだったのだ。
個人の発信はブログを経てSNSの時代となり、私の使用ツールもその変遷を辿ることとなる。長文の記事やレポは、書くことも見かけることも減っていった。それはそうだ、わざわざ時間をかけて書かなくても、観たそばから数センテンスで投稿する人がかつてと比べてようもなく沢山いるのだから。情報は断片的になり、繋ぎ合わせるのは読み手に任されるようになった。それはそれで良いところもあるのだが、時々、あの頃の書き手各々の強い個性が溢れる濃いテキストの数々を懐かしく思ったりもする。
そして、おじいちゃんになってもグループを続けたいと言っていた彼らは、唐突な出来事をきっかけにバラバラになってしまった。
その発端の明け方、私はまるでそれを予兆するかのような夢を見たのだった。が、それはまた別の話。