Crisisに関するあれこれ
様々な問題
Crisis(危機)と名付けられたこのナンバーは、作曲当時ボブの心を苦しめていた様々なものが生み出した曲です。
銃撃事件という形でボブを襲い、事実上の亡命生活へと追いやったジャマイカの政治的暴力・・・
いつまで続くのか先が見えないロンドンでの生活が自分の心に与えていたネガティヴな影響・・・
揺れ動くCindyとの起伏の激しいロマンスやRitaと冷め切った夫婦生活・・・
信仰上の疑問や迷い・・・
程度の違いこそあれ、こういったものすべてがボブにとっては苦難であり、危機と呼べるものでした。
しかし彼の人生最大の危機はまだ訪れていなかったのです。
最大の危機
最大の危機とは、残された命の時間を一気に短くしてしまった「病魔」です。
アルバムExodusリリースの約一ヶ月前(1977年5月)。アルバムプロモーションのために組まれたコンサートツアー初日の前日にパリでやった報道陣との草サッカー試合中にボブは右足の親指を怪我しました。
相手選手に踏まれて指を痛めたボブは、試合後爪の下が黒ずんでいるのを発見し、血豆だなと思ったものの、念のためロンドンで診察を受けました。
この時点では試合中の打撲による「痣」という診断になったんですが、時間の経過と共に患部の状態が悪化していったので後日別のクリニックで組織を採取して生体検査を受けています。
爪下黒色腫
検査結果は、皮膚がんの一種「末端性黒子性黒色腫(acral lentiginous melanoma)」の中でも非常に珍しいタイプである「爪下黒色腫(subungual melanoma)」でした。
悪性黒色腫(melanoma)はメラニン色素(melanin pigment)を生成する色素細胞が悪性化してできる腫瘍で、一見しみやほくろのように見えますが、進行が非常に早く、手術をしても早い時期に再発や転移が起きることがよくある悪性度の高いがんだと言われています。
黒色腫と診断した医師からボブは進行がすごく速いガンであるという説明を受け、右足親指を切断することを強く勧められています。
そうすれば生き残れる可能性がアップするからです。
運命の選択
しかし、ボブは足の親指の切断を拒否しました。
理由に関しては様々な説がありますが、間違いなく言えることはふたつです。
ひとつ目は足の親指を失ってしまうと音楽と同じぐらい愛していたサッカーが二度と自由にプレイできなくなるということ。
ふたつ目はステージ上で感じるままに自在にダンスできなくなること。
どちらもボブにとって失うことなど想像できない大事な大事な自分の一部でした。
そこで彼は医師が提示した選択肢から足の親指を残す「別のやり方」を選択しました。
アルバムExodusのリリースから一ヶ月後、1977年6月ボブは親指の爪と爪の下の組織を切除してそこに太腿から皮膚を移植する手術を受けています。
終わりの始まり
これが終わりに向かうターニングポイントになるとはこの時点では本人を含め、誰も考えていませんでした。
ボブはこの手術が自分にとってベストの選択だと信じていたようです。
残念ながら彼の判断は完全に間違っていました。がん細胞は身体中に次々と転移していったんです。
全身を蝕んだがんによってボブがアルバムUprisingのプロモーションツアーの中止に追い込まれたのは1980年9月のことです。
NYのマディソン・スクエア・ガーデンで歌った翌日、9月20日にボブはセントラルパークでジョギング中に突然失神して倒れました。
医師による診断の結果は脳腫瘍(brain tumor)でした。
精密検査でがんは脳だけでなく、肺や肝臓にも広がっており、もう手の施しようがない状態であることが判明しました。
この時点で約10週間という余命宣告を受けています。
最後のコンサート
周囲の反対を押し切り、満身創痍のボブは9月23日ピッツバーグのStanley Theatre(1987年に改装され、Benedum Center for the Performing Artsと改名)で1時間半のコンサートを予定通りにおこないました。これが彼の最後のコンサートになりました。
あらゆる音楽活動を中止したボブは、闘病生活に入ります。
約8ヵ月間続いたがんとの闘いの後、1981年5月11日ボブは天国に召されました。
右足親指爪の下の病変発見から4年後のことでした。
ボブはこの世を去る約半年前に洗礼を受け、エチオピア正教会(Ethiopian Orthodox Tewahedo Church)の一員になっています。死後の世界を信じないラスタではなくキリスト教徒として神の国へと旅立ちました。
以上、駆け足ですが、ボブを襲った最大かつ最後の危機について経緯をまとめてみました。
ボブの闘病生活や洗礼についてはまた機会をあらためて書こうと思います。
それじゃ今回はこのへんで~
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