キナリ杯感想8
↑都内某所、21時10分前、廃病院の前。これだけでめちゃくちゃ怖い書き出し。別に直接的に怖いこと書かれてないのに。ディズニーランドのなんかあのタワーから落ちるめっちゃ怖いやつの、前説明の部屋って感じ。読み進めていったら、そういう展示があるんですね!最初からその展示の説明があっても没入できないけど、最初の怖い雰囲気づくりと、フィクションがわかってからの冷静かつ明るい説明が良いなと思いました。
↑選択肢と自由が足りないという表現、カベやミゾという表現、すごくわかりやすくて、刺さりやすい言葉だなと思いました。こどもは仕事という発想、すごくいいですよね。小さいころ、お店やさんごっこが大好きで、小学校の小さな文化祭みたいなものをすごく楽しみにしていたのを思い出しました。
↑コンプレックスの過程と苦しみを、他人にもわかりやすく説明するって、ものすごく痛みをともなうことだと思うんです。文章にあらわれているのは氷山の一角で、その裏では、ものすごく深層心理や本心というものを掘っていかなければならないので。セルフケアのこと、それでも限界があることなど、同じコンプレックスを持っている人がこのnoteにたどりついた時、ものすごく救われるんだろうなと思いました。
↑わたしは全然お酒が飲めなくて、特に苦い飲み物がダメでビールもほぼ飲まないんですが、最近仕事でクラフトビールを取材しないといけなくてどうしようかと悩んでいたので、このnoteはすごく勉強になりました。飲めなくても、こうやって味やストーリーが楽しさいっぱいにギュッと詰まった文章を読めると、すごくいいよね。ビールにペアリングっていう概念あるんだ、と興味深かったです。
↑最近、好きな人や好きな世界と出会い直す、という概念によくたどりつくので、人と人が出会うときというタイトルに惹かれました。インタビュー記事のアナザーサイドという発想も今回の応募作でははじめて見たので、おもしろいですね。それぞれの怖さを抱えたまま望みを抱えるために動くことにした、というこの一文が力強くて好きです。
↑ぶーすか、っていう表現がすごくかわいい。そして「あき」の最初にたどりつく、ストーリー的な展開もおもしろかったです。名前が人生にものすごく強く関わってきて、支えられたりぶつかったりして、同じ名前を聞く度に思い出すっていう先まで想像できて、わたしは良い物語って綴られたその先の感情に思いを巡らせられる物語だと思っているので、良いなあと思いました。
↑書き出し、かわいいなあ。そして着ていく服が決まらない、でもどうしようというドキドキ感と、ワクワク感って、みんなが体験したことがあるから、追体験してるみたいで共感できますよね。5分遅れる、というマイナスの要素が、最後救いに変わったというオチと締めの一文も素敵でした。
↑第2ですぐはじまる「あの」ポーズ、という一文で一気にノスタルジックな記憶を引き起こしてくれる仕掛け、良いですねえ。なんで恥ずかしいんでしょうかね、あれ。こうやって表現してくれたから、文章を読みながら一緒に考えることができるんだと思います。ラジオ体操と美容室、ぜんぜん関係のないものを結びつけて、儀式としてつづるという構成、ユニークだなと思いました。
↑個人的にものすごく共感ができて、そうそう、と思いながら読んでいました。わたしも人の顔が覚えられない、ゆえに親切の気持ちすらも見逃したり、無下にしてしまったりすることがあるので。範囲の話ははじめて知って、びっくりしたけど。私服に着替えただけで判別できなくなるっていう細かい描写もそのとおり。でも、気づかなかったりしてごめんなさい、って最初に言っておくっていう勇気は、わたしも持ちたいなと思いました。
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