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#6 ヤモリ
こんにちは、平埜生成です。
ヒラノキナリ、と読みます。
気軽に「キー坊」と呼んで下さい。
今回は「キー坊とヤモリ」というテーマです。どうぞ、よろしくお願いいたします。
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先日、家にヤモリが出ました。
朝起きて、すぐのことでした。
布団をたたみ、窓を開けたとき、頭上から小さな恐竜のカゲみたいなモノが降ってきた のです。何事かと床を見ると、グレーに光るヤモリがいるではありませんか。
わたくし、雄叫びを上げ、すぐさまヤモリを追いかけました。
ヤモリは声に驚いたのか、猛烈に駆け出しました。
しかし、逃げ足が早いとはいえ、ここは、わたくしの住む家なのですから、地の利を知るわたくしの方が有利なわけです。手で壁を作るようにして行く手を阻み、徐々にヤモリを追い込んでいきます。
すると動かなくなったグレーの小さな体。よく見ると、その脇腹が左右に小刻みに動き、ゼェゼェ、いっていました。
「観念しろ。もう、お前は逃げられないのだぞ」
そう言い放つと、ヤモリは体をグネりとS字に曲げました。プイッと、そっぽを向いてるようです。そして、細長い舌をペロリ。
わたくし、思わずアゴをガクガクさせてしまいました。馬鹿にされているような気分になったのです。
こうなったら、容赦はしません。
両手でお椀の形を作り、タイミングを見計らってヤモリの上に被せました。手の中でジタバタとヤツが暴れているのが分かります。ものすごいエネルギーです。
でも怖けず、しばらくそのままの体勢をキープし、ヤモリが疲れるのを待ちました。
「ハッハッハッハ。案ずるな、貴様を殺めたりはしない」
高らかに笑いあげた後、静かになったヤモリを素早く指でつまみ上げました。
すると、ヤモリは最後の力を振り絞るように体を左右に揺らします。一体、どこから、こんな力が湧いてくるのでしょうか。
わたくしは、その生命の強さに圧倒されるように、ヤモリを眺めていました。そこへ……。
「母ちゃんを離せっ」
突然、声が聞こえました。振り返ると、玄関にある傘立ての隙間から、もう一匹、小さなヤモリが顔を出しているではありませんか。
——もしかして、あの子が叫んだの?
自分の耳を疑うように、わたくし、ソロソロと玄関へ近づきました。
その時です。
カプッ
指先にキッとした痛みが走りました。見ると、ヤモリが力一杯、わたくしの指に噛み付いています。
「油断したな」
そう目で訴えかけてくるようでした。グググと、アゴの力はどんどん増します。わたくしの指からは赤い血がツーと流れ、その痛みは鈍いものへと変わっていきました……。
「くそ、やられた」
急いで玄関まで走り、指からヤモリを引き剥がすと、外へ向かってポイと放り投げました。空を舞うヤモリは、本当に小さな恐竜のように見えます。
そして、地面に張り付いた恐竜はコチラを一瞥し、「ウチの子に手を出したら、承知しないよ」と言い残し、去っていきました。
——そうだ。まだ子どもが残ってるんだ。
血の気の引くような思いで再び玄関に戻ります。指先からは血がポタポタと流れていました。それでも構わず、傘立てを動かし、並んだ靴をどかしていきました。
すると、「母ちゃん……、母ちゃん……」とベソをかくような微かな声が聞こえてきました。声を頼りにスニーカーをずらすと、そこに涙を流す親指サイズのヤモリの姿が。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」と、わたくしは手のひらを近づけます。怖がらせないように、静かに、ゆっくりと。
すると、子ヤモリは血の滲んだわたくしの指を見て、叫びました。
「よくも母ちゃんを、よくも母ちゃんを!」
「ちがう。これは、わたしの血だ。君の母さんのモノではない」
「母ちゃん、母ちゃーん!」
子ヤモリは取り乱すように叫び散らします。
その姿に、わたくし、胸が痛くなりました。本当は、この子も外へ逃がしてあげるべきなのかもしれません。でも……。
そして、わたくしは、その場を離れたのでした。
あれから一年。
その日の朝、わたくしは目を覚まし、いつものように窓を開け放ちました。すると頭上から恐竜のカゲのようなモノが二つ降ってきました。
何事かと床を見ると、そこには背中をシルバーに輝かせたヤモリと、少し色の黒っぽい小さなヤモリの二匹がいるではありませんか。
「あれ、あの時の?」
そう声をかけると、ヤモリはこちらを振り返り、チロっと舌を出して「実はね」と口を開いたのです……。
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ここからが「キー坊とヤモリの不思議な生活」の本当の始まりなのですが、文字数が迫ってまいりましたので、この辺で終わりにしたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました!
では、また。