#7 いぬ
こんにちは、平埜生成です。
ヒラノキナリ、と読みます。
気軽に「キナリ・ワンワン・ナイト・クロニクル」と呼んでください。
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わたくし、よく犬に吠えられるんです。道ばたで。なぜでしょう。
先日も、横断歩道で信号を待っていると、足元から「ううう」と、うなる声が聞こえました。見るとトイプードルがキバをむき出しにしてコチラを睨んでいるではありませんか。
でも、わたくし、動揺せずに犬に気づかないフリをして、悠然と空を眺めていたんです。
「敵意はありません」
「むしろ動物が好きなんです」
「本当はワシャワシャと撫で回したいのよ」
と心の中で叫びながら、雲の数を数えていました。 でも……。
「ううううう、ワンッ!」
わたくしの念は通じませんでした。飼い主に「コラっ」と叱られながらも、その犬は何度も何度も声を荒げます。ワンワンワンワン、ワン。
わたくし、恐怖のあまり固まってしまいました。蛇に睨まれた蛙、状態です。
「なんで吠えるの。なにがいけなかったの。ごめんね。もしかして、直前にわたくしのお尻から漏れ出てしまった〈すかしっ屁〉がいけなかったのかしら……」
目で訴えかけるも想いは届かず、その子は飼い主に引きづられながら去っていきました。最後には、まるで何かを訴えかけるかのような顔で吠えていました。なにを叫んでいたんだろう……。
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別の日のことです。
わたくしは、仕事終わりに公園のベンチで休んでいました。
リュックからイヤホンを取り出し、耳にセット。それからスマホを操作し、ベートーヴェンのピアノソナタ第14番「悲愴」第三楽章をタップしました。(演奏者は反田恭平さんです。ぜひ、検索してみてください)
血の沸き立つような力強いメロディラインに乗せて、ピアノの音の粒が暴風のように吹き荒れます。その音色につき動かされるように、思わず頭を揺らしてしまいました。ヘドバン、ってやつですね。
とにかくピアノが激しいのです。
感情を揺さぶってくるのです。
身体が反応してしまうのです!
気付けば、ビクンビクンと、まるでダンスを踊るかのように全身を動かしていました。
そこへ、散歩中の小型犬の群れが通りがかりました。チワワにトイプードル、ポメラニアン、ヨークシャーテリア……。かわいい、のオンパレードです。
わたくし、視界の端で犬の存在に気づき、すぐさま音楽のボリュームを下げました。ワンちゃんたちが、例の如くコチラをじっと見つめ、微かにうなっていたからです。
これまた、わたくし「敵意はありません」のすまし顔。空を眺め、口笛でピアノソナタのメロディをヒューヒュー吹きました。
でも……。
ワンワンワン、ワンワンワンワンワン!
地面が割れるほどの犬たちの大合唱でした。イヤホンごしにでも、その剣幕が伝わってきます。犬たちの怒りが連鎖し、それが掛け算のように膨らんでいくのが分かりました。
「なんで吠えるの。ごめんね。わたしの口笛の選曲が悪かったのかしら……」
飼い主さんたちは慌てるように「ごめんなさい」と頭を下げ、リードを強く引っ張っていましたが、犬たちがキバをしまうことはありませんでした。やっぱり、なにかを訴えかけるような表情で吠えていたのです……。
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わたくし、ワンちゃん大好きなんですけどね。どういうワケか吠えられるんです。調べてみると、同じように「犬に吠えられがちな人」はたくさんいるようでした。なぜなんでしょうね。
ワンちゃんたちが、何かを訴えようとしているのは確かなんです。わたくしに何かを伝えようとしているんです。それが伝わらないから、怒っているのかもしれない。
……あ! もしかしたら!
わたくし「犬界の伝説の騎士」として知られているのかもしれません!
ワンちゃんたちは、伝説の騎士に挨拶をしてる。
そう考えたら納得がいきます。だって、わたくし、伝説の騎士として、返答をしてこなかったわけですから!
♢
「あ、伝説の騎士だ! すごい! 初めまして! こんにちは! いつも元気もらってます!」
「(すまし顔で無視)」
「騎士! 騎士! こんにちは!」
「(わたしに敵意はありませーん)」
「おい! 騎士! ヒドイじゃないかっ! なぜ無視するんだ! あなたは犬界の騎士じゃないのか! あなたに憧れている犬がどれだけいると思ってるんだ!」
「(あわわわわ、なぜいつも吠えられるんだ……)」
♢
そういうことだったんですね。
スッキリしました。
〈伝説の騎士は、伝説の騎士らしく振る舞わなければならない〉
なるほど、これはすごく示唆に富んでいますね。日々、勉強です。
今度からは、膝をついて、騎士として堂々と挨拶をしようと思います。
皆さんも、ぜひ、参考にしてみてくださいね!
ではでは、また!
平埜生成