私の話なんて聞いても面白くない episode3
すごく困っている。noteが書きやすいのと、こうやって書くのが日課になりそうで困っている。おいおい、お前は毎日書きたいんじゃなかったのか、作家として生計を立てていきたいんじゃなかったのかとツッコミを入れたくなっている人の顔を何人か、いや何人も思い浮かびます。本当にごめんなさい。本当にありがとう。
今日は、たべちゃんと話をした。ここの登場人物は、身元がばれないように仮の名前で書くようにしているのだけれど、たべちゃんは「逮捕されない程度の話ならいいですよ」と言ってくれたので書く。「だけど、自分ってバレたくないことないですか?」ともう一度確認すると、「いや、そう思う人には見られないと思うんで」と男前な発言。
そこで矛盾を見つけてしまった。ついさっき、たべちゃんは2年前までインスタグラムに登録すらしたことがなかったと言い、本名は一文字も入っていない名前で活動している。なぜかと聞くと「私だとバレたくなかったからって」ね、そこ矛盾でしょ。指摘したのだけど、そうかぁと笑いながら、たべちゃんは話し続けた。何事にも答えを見つけたがる私だけど、たべちゃんの確信に負けて話は始まった。
右脳左脳、罪悪感、陰陽とたべちゃんから出てくるキーワードは、先月からの私のテーマだったので驚いた。罪悪感を持つのにもメリットがある。五感をキャッチした右脳を瞬時に押さえつけようとするのが左脳。おなじ写真を見てもグレーに見える人とピンクに見える人がいるように、おなじ空間にいてもキャッチするものが違うってさ、みたいな話。
たべちゃんは最初に、「私の話なんか聞いてもおもしろくない。どうしてこんなことしているんですか?」と2回も聞いてきた。その意味をずっと考えていたけれど、たべちゃんにとっては過去や目に見えるものを、ただなぞるような話は面白くない。「いや、見ればわかるでしょ、それには善悪も何もない。あるのは感情とそれをどう捉えるかの自分だけ」そうなんじゃないかと今、私は思っている。
だけれど、こうやって自分の話を書き残してほしい人はたくさんいるだろうなという話になった。「あみさんは今どこに住んでいるんですか?」と聞かれ、「きょ・・・(京都)」と答える前に、「海外ですか?」と返されたのはうれしかった。ニュージーランドに住みたいと思っている。森や海が見えて、小鳥の泣き声が聞こえて、小動物たちが遊びに来るよな庭を見ながら、「自分エピソードを残したい」人の話をオンラインで聞きながら書いて生活できたら、どんなにいいだろう。あーもうイメージできているのに。
生まれた時から今までの話を根掘り葉掘り聞くのが私の基本スタイルだが、たべちゃんにとって過去はそんなにフォーカスすべきものではないような気がしたから、そこまでは聞かなかった。きょうだいはいるのか、いつ結婚したのか、旦那さんとはどうやって知り合ったのか、そのあたりは聞いたけれど、結婚相手との出会いもたべちゃんにとってはもう、あいまいなものになっていた。
だけど、そんな話をしているうちにたべちゃんが思い出した話は、本日のクライマックスになった。テーマは「障害」だった。
保育士資格を取ったたべちゃんが最初に就職した施設での話。先輩が言ったそうだ。「うえむら、聞いて。ちょこちゃんはね、靴下をはくのが生きることなんだよ」障害の話をしながら泣くのはいつも、目の前の人よりも私だったはずなのに、たべちゃんが涙をこらえていた。障がいをかわいそうだと思っているからではもちろんなく、「上下関係ではなく、できないことをできるようになることでもなく、ただ、目の前のことに一生懸命に生きている人がいる」その感覚を体験させてくれた2年間で世界が広がったと言った、たべちゃん。
私も同じなんだよ。あるみたいと遠目に感じてた世界が自分のテリトリーに入ってきたとき、視野が半分からぜんぶになった感覚。
たべちゃんは、私に障がいのある娘がいることは知らずに、その話を始めた。2年間、施設で経験したのち、保育園に転職したそうだが、たった10分の親の遅刻にもヤキモキするような雰囲気に違和感があったらしい。すごくよくわかる。たべちゃんは施設での経験がなくても、そう思ったはずだけど、より一層、確信を持って「なんか違う」を思わせてくれる時間だったんだろうな。
私は一人で消化しようと思ってた悩みを打ち明けた。「障害児のママです」と自己紹介をするだけで「私はとても大変なんです」の看板をしょっているようでイヤだと思う気持ち。だけど、言わなければ隠しているようにも思われる。たべちゃんは最後まで聞いて、こう言った。「もしかすると、相手も何か助けたいと思っているけど、言葉が出てこないだけかもしれない」
そこで思い出したエピソード。これから頻繁に顔を合わせることになるはずのママ友に、障害をもつ次女がいると伝えたら、即座に「何か手助けできることがあったら言ってね」と返してもらえて、とてもうれしかった記憶。「助けて欲しい」「話を聞いてほしい」「わかって欲しい」それがホンネ。だけど、言えない。「障害児のママです」というのは、いつもいつも勇気がいって、せっかく勇気を振り絞っても必ず罪悪感が残る。それは大丈夫です、のフリをしているからかもしれないね、私。
本当は辛い。この子にとっての最良ってなんなのかわからない。だって、話せないんだもん。親だからわかるよねってことはあるかもしれないけど、それも感覚だもん。それを信じるしかないもん。誰にもわからないから、お母さんが決めていいんだよって、それも酷な話よ。お母さんにも、わかりませんから。
2時間弱のたべちゃんとの話は、半分、私の話になってしまった。最後に、たべちゃんの未来への希望を聞いたら、「この場所にいくとホッとできるよね」と思える場所になりたい。肩の力が抜ける言葉をかけられる人でありたいと。
その理由は、きっとたべちゃんの過去にあるんじゃないかと思うけれど、そこを深堀しなくても、たべちゃんと関わるだけで私が癒されたのだから、たべちゃんの未来への希望はもう叶っているのだから、こんなエピソードの書き起こしがあっても良いのかもと思いながら書き終える。ありがとう、たべちゃん、出会ってくれて、話をしてくれてありがとう。
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エピソード100に挑戦しています。ご自身の話を聞いてほしい方、メッセージください。形にできるかのお約束はできないのですが、私の頭の引き出しに納めさせてください。
インタビューライター あみあみ