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【#1】地味な経理担当が異世界で本領発揮する話

カタカタカタッ
カタカタカタッ

ペラペラ

少し暗くなってきた静かな部屋にキーボードを叩く音と紙をめくる音が響いている。
また、いつものように一人…..
「残業かあ」

今日は21時から推しの生配信があるから帰りたいなあ。
時刻は現在18時30分。

会社の皆さんは、定時のチャイムがなると早々に帰って行った。
どうして自分は毎日、毎日仕事の処理に追われているんだろう?

いくら従業員が少ないとはいえ、経理の自分だけがこんな目に遭っているのは理不尽ではなかろうか。
元はといえば、一緒に経理の担当をしていた社長の奥さんが妊娠したのがきっかけだ。

いや、めでたいんだけどさ。
せめて人を雇ってほしかった。

「えりちゃんは仕事が丁寧で早くてとっても頼りになるし、一人でも大丈夫だよね?」なんて奥さんが言ったばかりに。
社長が「おっ!そうか。さすが、足立だな!その調子で百合子が産休・育休から戻ってくるまでよろしく頼むぞ!」なんて言ってくれちゃって。

「あ゛あ゛〜」
椅子の背もたれに背を預け、ぐっと伸びをする。
背中から肩がバキバキ、ポキポキなんて音がする。

いや、私まだギリギリ20代よ。

なんて、つらつらとしょうもないことを考えてしまう。

いや、集中、集中。
少し休憩するかと席を立ち、コーヒーを口に含む。

コーヒーは苦くて、ずっと苦手だった。
今では眠気ざましのカフェインを摂るために躊躇なく飲んでいる。
やっぱり今でもこの舌に残る味は得意じゃない。

「はあ、仕事しよ」

再び、席に着いて画面の数字と睨めっこしたくさん積まれた伝票や領収書を処理していく。

カタカタカタッ
カタカタカタッ


結局、帰路に着いたのが21時。
推しの生配信には到底間に合わない。
帰ってご飯作るのは面倒だし、コンビニ寄って帰ろう〜。

サラダ、鮭おにぎり、スープ あとは、ご褒美のスイーツに….
いや、今日も結構買ってしまった。

「ありがとうございました〜」

この物価高というのに、結構買ってしまった。
まあ、いいや。
好きなものを好きな時に食べておかないと今日過労で死ぬ可能性もあるし〜
なんて。
言い訳しつつも久しぶりのコンビニスイーツとお菓子を貪り食べるのを想像しながら、一人暮らしの部屋へと歩を進めた

はずだったが、足が地面を踏まなかった。
いや地面がなかった。

えっ

と思った時には、体ががくっとなり。もう片方の足も地面から離れてしまう。
ヒッ

何、どうして?!

下に落ちていく感覚を味わいながら、いつの間にか意識は無くなっていた。



ブルっと寒さを感じ目を覚ます。
「痛っ」
体が痛い。土の上?
なんで木々が周りに生い茂っているの?
というか、少し薄暗くなり始めている。もしかしてこのまま夜がきてしまうの?
怖い。怖すぎる。
ブルブルッと寒さか恐怖かで体が震え始める。
とりあえず、民家がある場所へ出よう。震える足を叱咤し、なんとか立ち上がる。
ガサッ
あっ、コンビニの袋握りしめたまんまだったのか。珍しく大量にスイーツやらを買い込んで置いてよかっったと変に安堵する。

よし、行こう!!
暗くなる前に民家がある場所に出るのが、理想だけど。


やばい、もう日が暮れてしまう。
かなり歩いたとは思うが、一向にこの森を抜けそうな気配はない。
とりあえず、寝床を確保しよう。さっき大きな石があったから、あれに背を預けよう。
火をつけておけば、多少の獣は寄ってこないはず。

ふう、人間って明かりがあるだけでこんなに気持ちが変わるんだ。
何より暖かい。
意外と枯葉や枯れ木が落ちていたのも助かった。

今日は帰ったらお香を焚いて癒されようと、ライターを買っておいてよかった。
というか、ここは本当にどこなんだろう。

誘拐されてきた?

それともファンタジー小説などでよく読む異世界召喚?
いやいやだったら、目覚めた時に誰か周りにいるでしょ。
って、もし異世界来てるなら私の部屋や仕事はどうなる?
最近、残業続きだったから冷蔵庫に食品は入ってないから大丈夫か。

腐って悪臭で近所迷惑なんてことはないよね。
仕事….無断で休むことになる?会社の人も困るよね。どうしよう….

混乱する頭で色んなことを考えながら、腹ごしらえをした。
サラダと鮭おにぎり。
美味しい。

食べながら、涙が溢れてきた。
不安でたまらない。どうしてこんなところにいるのか。
1人でこんな場所に居たくない。
誰かに会いたい。

不安で、不安でたまらない夜は今まで生きてきた中で一番長い夜だった。

ほとんど寝れなかった。
体もあちこち痛いし、虫はいるし最悪だ。

周りが明るくなってきたので、一晩中つけていた火を消し歩き始めた。

なんか、川の音が聞こえる?
そういえば、お風呂も入ってないし顔も洗えてないな。
飲み物はまだ少し残っているけど、水って生きていく上で大切だよね。

耳をすぎとまし、音がしてくると思われる方に歩を進めていった。

あったあ〜。よかった。
川が流れている。そんなに深くなさそうだ。

顔を洗うとスッキリする。
あっ、顔拭くものない。行儀は悪いが、しょうがない。スーツの裾で顔をゴシゴシと吹いてしまえ。

スッキリした!!よし、朝だし腹ごしらえもしてしまおう!

いつまでこの森を彷徨わないといけないかわからないし、腐りやすそうなものから食べよう。

んん〜このスイーツめちゃ甘で最高!
この皮のもちもち食感は絶対に忘れない!リピート確実だな。
うんうんと味わいながら、食べていると涙が溢れてくる。

美味しいもの食べるとなんで泣けてくるのかな。

また、コンビニにリピ買いしに行けるのかな?
この森からそもそも生きて抜け出せる?

どんどん不安が押し寄せてくる。

いっそのこと楽になりたいと早くも、諦めてしまおうとする自分がいる。

でも、大切な両親や弟、妹の顔も浮かんでくる。それに簡単に諦めたら親友からも怒られる。

地味だけど、根性だけが取り柄なんだ!
「田舎もんをなめんな」

今日もまた自分を鼓舞して、この森から抜け出すために歩き始めた。

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