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発達支援者法の前段階

こんばんは
だいぶ久方ぶりになります。
でも学生時代は真似したい人もいたけど、若い子はそういう人がいないから、逆にかわいそうな気もします。わたしもうんざりします。
いい大人が子供に見放されていることに気がついていない。

実はだいぶ前からありました。

わたしの先生は実はこのことを私たちを投影して、観察しておりました。わたし自身は情報処理や電卓のスピードが早くなりたいこと、大会出場、読み上げとフラッシュの段位を考えておりました。やはり商業の華は電卓、珠算ですから、勝手についてきた簿記も多少真面目に一応やりました。

❓❓❓

この先生は早稲田政経でても、高校の授業は私たち商業クラスしか担当しかしてないし、担任の先生…逆にいうとわたしはとは乖離した世界だよね…話したところ、合う話しはないのね。かといって、就職するとなれば、普段の行動がものをいいますので、悪態をつく人は誰一人として、いません。

これだ!


実際高IQとADHDは何気に早稲田に多いらしい。
私たちは景気のような時期はなくなりましたが、昔は御礼奉公3年と言われて、3年間嫌でも働かざるを得ない。ですから文科省がたくさんの適職診断をします。その中から、ラストは先生との話し合いで決まります。親はそこにはいません。自分の道は己が決めるものです。

早稲田からといっても…

お局はなんだろうか?はあったと思います。
私たちはやはり家庭が厳しいわけですから、どうしても、就労期間が3年以下は次(後輩)はないのです。 
ですから、適職だけではなく、合いそうな仕事を選び、3年奉公です。3年は働きました。同様に中村ユキさんは五年です。

実は厚労省は考えていて、その前段階は私たちの観察だったのです。
ただこれらは…なんですけどね。

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