旅だ inベルリン ⑦ 最終回
罰金を取られた後に素敵なスタバを見つけて
凹んだ気持ちを慰めた翌日、
ミッテのホテルから
テーゲル空港近くのホテルへ移るため、
チェックアウトすると駅へ向かう。
ベルリンは、歩道がでこぼこの細かい
石畳になっていることが多く、
トランクのタイヤがいちいちもっていかれて
引きにくいことこの上ない。
さらに犬のフンも普通に落ちている。
華麗に避けながら、結局踏みながら進み、
今度はきちんと切符に打刻して、電車に乗り込む。
ベルリンは曇りが多い。
その日も空には薄い雲が広がっていたが、
常に薄陽がさしていて、
アンニュイな雰囲気がわたしは好きだ。
影のあるところは、光が際立って美しい。
それに、ベルリンの建築物の形状や佇まいが、
なぜか曇り空に似合う。
カッコイイ街にはグレーの空がぴったりくる。
*
ホテルの最寄駅に降り立ち、
地図を見ながら探すこと30分。
ないじゃないか。ホテル。
通りの名前も合ってるし、目印の店もあるのに、
ホテルだけがない。
おかしい。
疲れてきたし、探している時間がもったいないので
通りかかったドイツ人マダムに、
地図を見せて状況を説明する。
しかし説明するほどのドイツ語力も英会話力もない
悲しいアジア人のわたしたちは、
子供が「困ってるんでしゅ」と言っているように
見えたのだろう。
マダムは眉毛を上げ下げしながら聞いてくれ、
一緒にいらっしゃい!と
手を繋いで引っ張っていってくれた。
おソノさん!(魔女の宅急便より)
と心で叫びつつ、店と店の間の
細すぎる路地に引っ張り込まれる。
ここ、道だったんだ…と思いながら奥へ入っていくと
急に中庭のような広い空間が現れ、
目的のホテルがちんまりと佇んでいた。
マダムの表情から読み取るに(ちゃんと聞け)
デザイナーズホテルだから人気で、
海外からよく旅行者が来るらしいが、
場所が分かりづらすぎて
いつも外国人がウロウロ探しているから
前にも案内したことあるわ、と言っていた。
夫が Vielen Dank. とお礼を言うと、
マダムは手をひらひらして去っていった。
いいひとに声かけて良かった。
*
そのホテルは、小さいし部屋も狭いが
ドイツに住んで暮らしているような気分になれる
居心地の良い造りだった。
朝ごはんもアットホームで美味しく、
もしベルリンに移住したら、
こんな部屋を借りたいなと2人で盛り上がった。
夫のお目当てのbook&galleryは
むかし表参道にあったNADiff(現在は恵比寿に移転)
のような感じで、かなり楽しんだ。
夕飯は久しぶりに中華がたべたくなり、
ホテル近くの中華料理店に入る。
わたしは昔から米に依存がないので、
海外に来て米食ができなくても全く困らないが
夫はお米大好き人間なので、
注文したエビチリが来るや否や
幸せそうにモリモリ米を食べていた。
それを小籠包を食べながら眺めて、
またもや、ああこの人と結婚したんだなあ、と
感慨に耽った。
いつもながら、夫婦になった実感は
変なタイミングでやってくるなあ、と思いながら。
*
旅の最終日、これまで共にしてきた荷物と
プラハとベルリンで見つけた
可愛らしいお土産たちをリモワに詰め込み、
わたしたちはホテルを出た。
今はなきテーゲル空港に向かうため
シャトルバスに乗り込む。
窓際の席に座ると、車窓にはまたもや曇り空の
いつものカッコイイベルリンの街。
いちいちスタイリッシュだが、
不思議と落ち着く街だった。
この世界に、生まれ育った国ではないのに
こうやって不思議と居心地の良い街が
どれくらいあるのだろう。
時間もお金も許すのなら、全部訪れてみたい。
わたしには、世界は大きすぎる。
*
テーゲル空港は、管制塔の形が素晴らしくカッコよく
国際線なのにとても簡素な作りの空港だ。
今はもう閉鎖されてしまったのが
実にもったいない。
最後に利用できて本当に良かった。
搭乗時刻まで、少し空港を散策し
変わった造りの本屋さんや、
イタリアンエスプレッソを飲めるお店で
甘いものとコーヒーを楽しむ。
この旅で、たくさんのコーヒーを飲んだが
シチュエーションと
窓からの景色と
店のインテリアとが
それぞれ違ってみんな良かった。
夫が、スイスのコーヒーもすごく美味しいんだ、
と話していて、次はスイスも行きたいなと思う。
*
わたしは、パンとコーヒーとシャワーがあれば
どこでも生きていける、とこの旅で実感した。
適応力だけは、ちょっとだけ秀でているようだ。
それぞれの街に、良いところを見出して
夫と一緒に楽しめたこと、
たくさんのトラブルが降りかかったが
何とか一緒に切り抜けてきたことが
この旅に来た、大きな収穫だった。
日本でも、こうやって一緒の人生を
切り抜けていくんだろうな。
大丈夫だろうか。
きっと、大丈夫。
*
成田に到着すると、
何だか張り詰めていたウロコが
パラパラと落ちる感じがして、安堵したような
日本人ばかりがいて、つまらないような
変な感覚に陥りながら家路についた。
自宅の最寄り駅に降り立ったときの
ホーム戦感が忘れられない。
ああ、帰ってきた。日常に。
またいつもの毎日が始まる。
だけど、大きな体験を搭載した毎日は、
今までとは少しだけ違って
味の濃くなった日々となることだろう。
ありがとう、プラハ ベルリン!
ここまでお読みいただきました皆さま、
ありがとうございます。
(シリーズおわり)
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