偽日記 1
9月某日
今日から偽日記を書く。
現実を書いても何も面白くないからだ。ただ全部嘘を書くという縛りを入れるとしんどいから、ところどころに本当も入れる。でもそれも嘘かもしれない。
9月某日
新しくできた駅前広場に利夏ちゃんと行ってみようと約束していたのに、彼女は来なかった。スマホでも返信がないから仕方なくひとりで行った。
長い間工事をしていた場所は人工芝で覆われ、片隅に楕円形の人工池ができていた。
持っていったBL小説をそこで読もうとしゃがんでみたが、人工芝がチクチクして5分も座っていられなかった。
本当は利夏ちゃんとこの小説について熱く語り合うはずだった。
夜になってもスマホは繋がらない。既読も付かない。日付が変わる頃に、呼び出し音さえなくなってしまった。
利夏ちゃんはどこか遠くに行ってしまったようだ。
9月某日
仕事に行く。
沢山の書籍から選ばれるのはほんの僅か。それも繰り返し同じ本ばかり貸し出されて行く。きれいなまま日焼けしていく本の装丁をそっと撫でてやる。今日こそは誰かに選ばれたらいいのにね……。
でもそれは儚い望みだ。あなたが悪い訳ではけしてないのに。
9月某日
朝、起きたら足元に黒い何かが丸まっていた。
眼鏡を掛けてよく見たら太い脚を縮めた蜘蛛の死骸だった。ぎゅっと収縮しているから小さく見えるが、脚を伸ばしてみたらかなりの大きさになるだろう。もう干からびて動かないので怖くはない。
猫が持ってきたのだろう。
夜中に仕留めて褒めて欲しくて、シーツの上に置いておいたに違いない。
だけど褒めてやろうにもその猫の実像を、まだ私は見た事がないのだ。
この家のどこかにいるらしい。時々気配は感じるのだが、まだ見た事がない。
9月某日
実家の母から電話。
母の妹の所にしばらく行って来るので、実家に泊まりに来て欲しいと言う。私の生まれ育った家だ。父はとうに他界し、今は母だけが住んでいる。
たまに気晴らしに外泊する時に、私に留守番を頼みに来る。
それはいいのだ。それはいいのだが、この前もそうやって泊りに行って夜遅くまでパソコンをいじっていたら、いきなり背後の観音開きの箪笥の扉がバンと音を立てて開いた。
頭の芯が凍るくらいぞっとしながら、しばらくじっと見守っていた。別に何が出てくるわけでもなかったので、静かにまた閉めた。
後日母にその事を言うと、「ほんと!?」と驚いた顔をしていた。
古い箪笥だから蝶番が緩んできているのかもしれない。
でもそれはたった一度だけで、それからはもう二度と起こらない。
私の生まれ育ったなつかしい家だ。今は母だけが住んでいる。たぶん。
9月某日
40年ぶりに会いたいと門戸さんという人が連絡してきた。高校の時の同級生らしい。
40年ぶりなのにどうして私の携帯番号を知っているのだろう。
不審に思って訊ねてみると「サチに聞いたから」と言う。サチって誰?「ほらぁ、一緒に図書委員をしていた……」と言われる。そうなるとぼんやりとブレザーを着たツインテールの少女の像が浮かんでくる気がする。でもいくら思い返してみても門戸さんは出て来ない。
「懐かしいね。いろいろ昔の話をしようよ」
でも40年前はまだ私は小学生。高校生ではない。
「誰かと間違ってるんじゃありませんか」
「いやだぁ、何それジョーク?」
門戸さんはけらけらと笑って、勝手に場所を指定して来た。
「だってあなた○○ちゃんでしょ?」
「確かにそうですけど」
「なら、待ってるから。きっと来てね。来ないと怒るわよ」
電話が終わった後、すぐさまブロックした。
指定された場所で門戸さんはずっと私を待っているのだろうか。どんな人なのかちょっと見てみたい気もするが、絶対に行ってはだめ。顔を見てはいけない気がする。