やたらと当たるタイの占い師

 気功を学び始めてから人生が激変したのですが、まさか私が気功をやっているとタイの占い師さんに言い当てられると思いませんでした。

京都大学大学院の前期(修士)が終わって、本来なら就職しているはずでしたが、大学時代の教授が紹介してくれた会社の内定が直前で取り消しになりました。ちょうど2000年頃、日本は不景気でした。

結果的にその会社に行かなくて正解だったのですが、一年間就職が伸びてしまいました。

両親は残念がると思ったら、父親が

「就職なんか一年遅れても問題ないから、海外旅行一緒に行こう。」

と、遊びに誘ってきました。

どうやら、私が大学時代に海外へ一人旅に出かけるのがうらやましかったようです。また、働き始めたら一緒に海外旅行なんか行けなくなると思っていたようです(実際は、独立してから父親と一年に一カ月程度、海外旅行に10回以上も行くことになるのですが)。

母親は、アジア旅行と聞いて不参加でした。。。

せっかくだからと、父親と二人でシンガポールからマレー鉄道に乗ってタイのバンコクまで行くことにしました。

ほとんど予定を立てず、最初に泊まる場所だけ決めてシンガポール駅(今は廃線になっています)からマレー鉄道に乗りました。

予定が無いので、泊まったホテル周辺の町が面白いとぶらぶらしていると、マレー鉄道でバンコクまで行くスケジュールが無理になってきました。

2000年当時のマレー鉄道は、とにかく乗り継ぎが悪く、遅延で3時間遅れとかよくありました。ひどいと6時間遅れ。

とりあえず国境は陸路で越えたかったので、夜行バスに乗ってタイのハジャイまで行き、そこから飛行機でバンコクまで行きました。

話はそれますが、ハジャイは「つばめの巣」が有名なところで、いたるところで乾燥したつばめの巣が売られていました。デザートでツバメの巣が食べられる免税店があったので、試しに食べました。

「つばめの巣}は、ゼラチン質のマロニーみたいな触感で、甘くておいしかったです。お値段は二人前で600円。タイでは高かったんだと思います。

「つばめの巣」よりも驚いたのが、免税店の店員が私たち日本人を珍しがって、全員がついてきたことです(5人以上いました)。売り込んでくるわけでもなく、ただ、私たちが珍しいようで、ついてきます。

食事中もずっと私たちをとり囲んで

「味はどう?おいしい?」

私たちが、おいしいというと

「おーー。」

と一斉に返事をしてきます。

芸能人になったような気分でした。

その免税店では、ワシントン条約で禁止されている象皮のベルトが売られいたり、驚くことがたくさんありました。

この旅では他にも驚く体験がありましたが、脱線するので気が向いたら別の機会に書きます。

ハジャイから飛行機チケットとホテルも予約したのですが、そのホテルで占い師さんと出会いました。

旅行代理店が取ってくれたホテルは、なんとバンコク風俗街(ナナ駅周辺)の真ん中にありました。

父親とマッサージ店に行きたかったのですが、ホテルを出ると風俗系しかないし、女の人が「ハーイ!」とひたすら声をかけてくるので、あきらめてホテル内にあったマッサージ店に入りました。

マッサージ店に入ると店長と思しき女性から、混んでいるから一人待って欲しいと言われたので、父親が先にマッサージを受けることにしました。

私が、入口の椅子に座って待っていると、店長さんはニコニコしながら私に話しかけてきました。

「あなたは、何か特別なトレーニングをしているの?下腹部にしっかりした光が見えるけど?」

「そんなことわかるんだ、すごいね。気功やってるんだよ。」

「それで、そんなに下腹部に光があるのね。私は、霊や神様が見えるの。あなたたちが入ってきた時も、光が見えたわよ。」

そんな話をしていると、いわゆる霊視占いができるというので、暇つぶしにと思い、占ってもらいました。

せっかくなので、私の就職先と将来について占ってもらいました。

彼女は、タロットカードを持ってきて私に選ばせると

「あなたは、チームで他の会社に行って問題を解決する仕事につくわね。あなた、就職試験たくさん受けなくてもいいわよ。どうせ一社しか受からないんだから。」

私が就職活動していたのは、ITなどのコンサルティング業界でした。4社くらい受けて、受かったのは株式会社アクセンチュアという会社だけでした。

それだけでなく、

「あなたは、数年したらその仕事を続けるか大きな選択をすることになるわね。どちらを選択するのも自由だし、問題ないわ。そのまま会社にいたら、世界中を仕事で飛び回ることになるわ。」

と、数年後に独立することまで言い当てられました。

その占い師さんの名前は、「ヤダム」さんといいます。タイ在住の日本人の間では有名らしく、彼女は色々な人の名刺を持っていました。

その時は、一回限りの出会いだと思っていたのですが、それから20年来の付き合いになりました。

会社で長期休みが取れると、タイにダイビングに行っていたので、毎年のようにヤダムさんにあって、占ってもらいました。

一番驚いたのは、私が就職一年目の時です。

「あなたのお父さん、破産したわよ。でも、問題は解決できるから心配ないわよ。」

英語で、破産は「bankrupt(バンクラプト)」と言うのですが、そんな単語を使ったことがないので、最初はよくわかりませんでした。

でも、ヤダムさんと話をしているとやっぱり「破産」という意味です。

ヤダムさんは、とにかく問題ないから心配するなと繰り返し話してくれました。

「まさか父親が破産するなんて・・・」

と半信半疑で帰国したら、母親から電話があって開口一番

「お父さん、破産したの。」

と言われました。

「ああ、知ってるよ。占い師に先に言われたよ。でも、心配ないって言われたから、大丈夫だよ。」

という、不思議なやり取りしたのを覚えています。不動産屋をしていた父親が仕事仲間の連帯保証人になっていて、その人が夜逃げしたため連帯保証人である父親に支払いがきて、破産したようです。

ちょうど私が会社員になっていたので、ウルトラCで実家を買い戻すローンを組むことができました。

私は就職して東京にいたので、ローンを組むために地元まで戻って契約したら、また東京へとんぼ返りです。支払いの期日が次の日だったので、本当にぎりぎりローンが組めて助かりました。

結果的には、ヤダムさんが言った通り問題ありませんでした。

それ以外にも、ヤダムさんに言われた内容でぴったり当たることは何回もありました。また、ヤダムさんを紹介した人からも、

「すごい当たる。言われたとおりのことが起こったから、心配せずに過ごすことができた。」

と感謝されました。

ヤダムさんは、私の気功能力が上がってくると、

「あなたは将来に何の不安もないから、占う必要が無いと思うよ。」

と、あまり占ってくれなくなりました。

「それよりも、私は人を占うとその人から邪気をもらって体が重たくなったりするの。あなたの能力で、邪気を取ってくれない?」

と頼まれるようになり、いつしか友人に会うような関係になっていました。

ヤダムさんに占ってもらって、唯一外れたのは結婚でした。

32歳で結婚しなければ独身と言われましたが、45歳で結婚できました。

ヤダムさんがいつも言うのは、

「運命は選択することができるから、どんどん道が分かれていくの。だから遠い将来の話は、占ってもあいまいになるのよ。」

ということです。人によっては、運命は決まっているといいますが、私もITコンサルティング会社に入社して、数年後独立して気功治療家になる選択をしたので、運命は大きく変わったのだと思います。


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