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フラれ人間
同世代と比較した際、平均くらいには女の子と付き合ってきたと思う。フラれた数で言えば日本の上位5%に入るのではないか。
私の恋愛遍歴は敗北の歴史であると言える。
本当に惚れた女の子と付き合ったことはほぼない。
それでも一度だけ恋い焦がれた女の子と付き合えたことがある。
ほぼ毎日顔を会わせる関係性で、そのほぼ毎日告白をし続けていたら、ある時気の迷いでOKをしてもらえた。継続は力なりだ。
そんな彼女とも長続きしたわけではない。
バイト先の社員とキャバクラに行きまくっていたのがバレてフラれてしまった。本当にもったいないことをした。
思い返せばこんな記憶ばっかりだ。
わりと最近「アイドルでも普通に彼氏くらいいます」的な発言をして燃えた人がいたが、一般人なのに彼女がいない私は異常ということだろうか?小一時間問い詰めたい。
フラれるというとネガティブなイメージだろう。誰だってフラれて傷つきたくはない。
しかしながら、悪いことばかりではなかったように思う。普通に恋愛をしてきた奴らがたどり着けない深さの“エモ”がそこにはあった。
俺調べによると、恋愛とは付き合う直前をピークに付き合ってからは徐々にトキメキが薄れていくとされている。
一方エモというのは“思い出す時”ここで訪れる。
普通に恋愛をしてきた諸君らは、
あぁ、あの時恋人とこんなことをしたな~と思い出して感傷に浸りエモを引き出すが、そこにセットで、でも別れて良かったな~かやっぱり別れたくなかったな~の二択である。いわば満足と後悔の二択だ。
一方で付き合えずにフラれた私は、付き合いたかったな~という第三の選択肢を持ち合わせているのだ。
そして第三の選択肢の先には反省がくるのだ。なぜなら付き合ってすらないからね!
つまりエモを感じるとき私は常に反省しているのだ。言い換えるのであれば成長しているのである。
フラれるということは後退ではない。
むしろ前進しているのだ。
最後にこの言葉を残して締め括ろうと思う。
『負けたことがあるというのがいつか大きな財産になる。』
我々は恋愛界の山王工業だ。