地域おこしの光と影:高知県の観光施設「南風」のカフェ 立ち退き問題の背景と教訓
「田舎はどこもこうなのですか?」
「田舎はどこもこうなのですか?」――2023年5月10日にツイートされたこの疑問が、拡散されたツイートと共にSNS上で1.2億回以上も閲覧された。赤ちゃんから100歳のご老人まで、日本国民全員が目を通したかのような、にわかに信じられないような数字である。何があったのか。
東京から高知に移住した元・地域おこし協力隊のカフェオーナーが、地元の有力者との対立に直面し、立ち退きを迫られたのだ。
元・協力隊のオーナーは、地元の有力者からの、自身の意見に従わなければ地元を去るよう命じられたと訴えた。さらに、彼が「Twitterで発信します」と述べた際には、地元の有力者から「たかがSNSや」と鼻で笑われたという。
このツイートは、瞬く間にTwitterユーザの怒りを引き起こした。さらに複数のインフルエンサーの手により、爆発的に拡散されることになった。怒りに突き動かされたTwitterユーザが、高知県土佐市を粗暴な田舎として非難し、市に苦情の電話やメールを送りつけ、さらには幼稚園児への誘拐予告や学校への爆破予告を行うなどの深刻な事態を引き起こした。
拡散された情報は高知県土佐市――田舎――に対する偏見や批判を引き起こし、Twitterユーザと市民の間に亀裂を生じさせた。この事例は、地域おこしの光と影を浮き彫りにするものだった。
はじめに洪水ありき
四万十川に並び、清流で知られる愛媛・高知を流れる仁淀川(によどがわ)とその支流である波介川(はげがわ)は、たびたび洪水を引き起こしていた。
特に、この2つの川が合流する地点が洪水の原因となると分析された。
この問題に対し、県や国は波介川を仁淀川ではなく、直接海に流すという解決策を考えた。
それが「波介川の河口導入流事業」である。しかし、この事業により豊かな農地を失うこととなる地元の住民は、事業に強く反対し、長い闘いが始まった。
以下は関連する年表である。これらは、高知県土佐議会の議事録や、土佐市ならびに国交省の資料より確認をしたものである。
この闘いの中で、住民側団体「新居を守る会」の住民側窓口となっていた人物が、その後もNPO「新居を元気にする会」の理事長として、地域を代表する「有力者」となっていく。彼は、戦いに疲弊した新居(にい)に新しい風を起こす施設を希求し、その熱意が行政を動かし「南風」(まぜ)の建設に至った。
ただし、この「南風」は"交流施設"として国の交付金が投入され、通常の道の駅のような商業施設ではない。そのことが、今回のトラブルの重要な背景となっていく。
Café Niil Mare(ニールマーレ)
土佐は、海と川と空が美しい土地だ。2016年、この土地に魅了された飲食業経験のある若者が「地域おこし協力隊」として着任し、「南風」の2階にCafé Niil Mare(ニールマーレ)を開業した。
Niil Mareには、「新居」を意味する「Nii」と、「海」を意味する「il mare」が込められている。店内からは海と川と空が広がり、四季折々の青い景色が楽しめる。ニールマーレは、ロケーションも料理も評判がよく、来客が絶えないお店になっていった。(リンク:https://niilmare.com/)
すでに説明をしたが、ニールマーレを開業したオーナーらは「地域おこし協力隊」であった。地域おこし協力隊は2009年に導入された制度であり、国が3年間を上限に費用を支援し、意欲と能力のある若者を過疎地域などに派遣する取り組みである。現在では5,000人以上の隊員が全国で活躍している。
ニールマーレが入る「南風」には、国と土佐市が費用を拠出したと先述したが、一般論として、公がお金を出す場合は商業利用は難しい。その点に関連し、「南風」にも問題があった。ニールマーレが入居する2階は、あくまで交流スペースとして規定されており、時間単位でのスペースや厨房の利用料金を支払うものである。利用したい市民に調理スペースを提供するというものだ。したがって、本来的には飲食店が専有することは許されないように見える。(土佐市立新居地区観光交流施設及び避難施設の設置及び管理に関する条例)
ここで重要なのは、「南風」の2階の飲食スペースは借地借家法に基づく賃貸契約ではなく、条例に基づいた施設の利用契約になっているということである。この条例によれば、指定管理者が「退去してもらう」と言えば、退去するしかないとされている。また、ニールマーレのような長期間の専有は条例との整合性が取れていない。さらに、利用申請書も提出されていなかったことが判明している。このような状況下で、指定管理者のNPOより「退去してもらう」と言われたことにより、ニールマーレが置かれているのは非常に困難な立場である。NPO側の行いは適法に見えるためだ。
このように、「南風」は複雑な経緯を持ち、地域対策として作られたものである。地域おこし協力隊の募集時点で、地域対策として作られた交流施設にて(条例との整合性がとれない)飲食店を開くことが十分に説明されたのかについては、疑問が残る。
また、NPO法人の理事長が「なぜニールマーレに退去を求めたのか」ということは現時点では不明である。おしゃれなカフェではなく、高知の名物料理を出す日本料理店がよかったのかもしれないし、"新居地域の方が交流できる"もっとよいアイデアがあったのかもしれない。
そこは分からない。
しかし、ニールマーレに退去を求めたという事実からは、指定管理者のNPOが思い描いていたような形にはならなかったということが推測できる。その理由として、地域おこし協力隊の3年任期という制限があるのではないだろうか。土佐市は当時、地域おこし協力隊の誘致に力を入れていた。しかし、協力隊の「卒業」後に働く場所が存在しない。働く場所を創り出すためには、起業が必要とされる。したがって、市は地域おこし協力隊であるオーナーに起業を促し、多少アクロバットな解釈であっても「南風」の2階で開業してもらう必要があった。
ここで筆者が強く言いたいことは、「どこにも悪い人はいない」ということである。国も市も、NPO理事長も、ニールマーレのオーナーも、全員がそれぞれの立場で良いことをしようと努力を重ねた。そして、その努力が衝突を引き起こしているのだ。
「地域おこし」はもうやめよう
いきなりロジックが飛んだが、ちょっと我慢をして付き合ってほしい。
なぜこの問題が起こったのかを考えていくと、東京や大阪など都市部から若者を呼びよせて地域のかかえる課題を解決させるという「地域おこし」のありように原因があるのではないかという考えにたどり着く。
土佐市をはじめとする、日本各地の地方では子どもがいなくなり、高齢者だけが残り、産業が育たず、次第に行政サービスの維持も困難になってくるという重い問題を抱えている。
常勤の職員や議員が解決できない重い問題が、「地域おこし協力隊」という
外部から呼び寄せた3年任期の非常勤職員に、どうして解決できるだろうか。
地域おこし協力隊のメンバーは、短期間で地域の課題解決に取り組むことが求められるため、十分な経験や地域の事情を把握する時間がない場合もある。また、地域住民との信頼関係を築くには時間がかかることもあり、課題解決に向けた継続的な取り組みが難しくなる。
ニールマーレのケースでは、指定管理者であるNPO法人自らが2階の「交流スペース」の活用法を考え、運用していれば何も問題は起きなかった。そもそも、「南風」は「交流」が目的であり「地域おこし」ではなかったのだ。
「このままではいけない」という地域の焦りが、都市部から若者を呼び寄せ、衝突を起こし、だれも幸せにならない結末になってしまった。
こんな不幸を再生産しないためにも「地域おこし」はもうやめる必要がある。くれぐれも「地域おこし」を目的としてはいけない。「地域のために」という目的に頭を切り替えていくことが、不幸の連鎖を止める唯一の方法だ。
日本はこれから、都市部への人口集中がさらに進む。少子化は止める有効な術はあまりなさそうだ。この流れに逆らうのは難しい。
「地域おこし」ではなく「地域のために」何ができるかを考えることに、この流れの中でもなんとか生き抜くヒントがあるのではないか。明るい未来は別にないけど、そんなに絶望する必要はない。土佐の海と川と空は、青く、美しい。無理をしない、等身大の地方。これでいいじゃないですか。
※仁淀川河口の写真はこちらから借用しました。