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トミー・ジョン手術を受けたMLBピッチャーと股関節の怪我との関連性
今回紹介するのは2018年に書かれた論文で、MLBピッチャーの肘の内側靭帯の怪我と股関節の怪我の関連性を調べた結果について書かれています。
内側側副靱帯の怪我とは?
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内側側副靱帯(以後UCL)は肘の内側にあって、投球動作の中で上腕骨と尺骨に起こる外反ストレスに耐える働きをしています。一般的に外反ストレスはコッキングから加速フェーズに入る時に最も高くなります。UCLや他の靭帯の怪我には損傷度に応じて3段階に分けられますが、その主な原因は連続した力強い投球動作によるものがほとんどだと考えられています。
靭帯の損傷度よりもプレーに影響する具合で手術の判断をすることが多いのですが、問題は手術件数が年々増加してきているということです。2000年には12人のMLBピッチャーがUCLの再建手術(以後トミー・ジョン手術)を受けたのに対して、2012年には32人。2015年の調査ではMLBピッチャーの25%がトミー・ジョン手術を経験したとの報告も上がっています。
トミー・ジョン手術を受けてから競技に復帰できるまでには平均で最低でも1年以上かかりますが、近年ではおおよそ80%くらいの選手たちが術後競技に復帰しています。この論文では述べられていませんが、競技復帰=術前と同じレベル(メジャーもしくはマイナーリーグ)というわけではないので、そこは頭の片隅に入れておいてください。
なぜUCLの怪我が起こる?
UCL損傷の主な原因として投げる頻度、投球速度、球種、ウォームアップ不足などが挙げられていますが、下半身の怪我との因果関係を調べた論文はまだ多くないようです。特に股関節インピンジメント(以後FAI)と関節唇の損傷はMLB選手でもよく見かける怪我です。僕の個人的な見解では、これらの怪我はポジションプレーヤーよりもピッチャーに多いように思いえます。
投手がFAIになると股関節の可動域が狭くなって、ピッチングを行う上で力学的にもかなり運動効率の悪い状態になることが多いです。実際にボールを投げるには肩や腕を使いますが、それを可能にするには安定した下半身が不可欠です。ある研究では肩の関節唇を損傷したピッチャーと股関節の内旋角度低下の関連性を示したデータもあります。だとしたら効率の悪くなった股関節をどこか別の関節で補うように事が起こったとしても、そこまで不思議ではないように思えます。
研究への参加者
2005年〜2017年の間にトミー・ジョン手術を受けたMLBピッチャーで、手術前と後で最低1回はメジャーの試合で投げた選手。また学生時代、海外リーグやマイナーリーグ在籍中に手術を受けた選手は除外してます。
股関節の怪我の対象基準はFAI、関節唇損傷、骨軟骨損傷、屈筋損傷、股関節の張りや不快感、ハムストリング損傷、内転筋群損傷ですが、脱臼やプレーに関係ない所での怪我などは除外されてます。怪我が起きた期間はトミー・ジョン手術の前後4年に設定されてます。
怪我をしたグループと比べるために選ばれた『対照群』の基準は、怪我をしたグループが手術を受けた歳と同じ年代、防御率、プレーの年月で、股関節の怪我の基準は上のグループと同じです。もちろんトミー・ジョン手術を受けた選手は除外しています。
結果
集められた247人のサンプルから対象基準を満たしたのは145人で下のチャートの様に年齢からストレートを投げる確率までのデータに小分けされてます。ストレートの球速だけなくて選球の確率まで出しくれるのはいいですね。
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結果的にトミー・ジョン手術を受けた145人の選手のうち、手術前後4年間に下半身の怪我は40件(27.6%)でした。そのうち16人が股関節の怪我で、13人がハムストリング損傷、14人は内転筋群損傷で、1人が大腿四頭筋損傷でした。オフシーズンに起こった怪我や10日間の故障者リストに入らなかったものは除外されているようです。
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これらの怪我の半数以上(54%)は手術前に起こっていました。股関節の怪我の発生率だけで言えば、対照群と比べて倍以上の頻度で起こってます。グラフを参照して分かるとおりハムストリングや内転筋群の怪我は両グループともあまり違いがないように見えます。とはいえ対照群は全体的に下半身の怪我が少ないのがチャートを見ても分かります(26件=17.9%)。単純に計算するとトミー・ジョン手術をうけた選手が下半身の怪我をする確率は74%高かったということになります。
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ちなみにUCLグループで起こった股関節の怪我のうち47%がFAIと関節唇損傷で、この内の3/4がストライドレッグ(前に出す足)で起こってます。後にその全員が手術を受けていました。これは少し恐ろしい結果になりましたね…
まとめ
トミー・ジョン手術受けた選手たちは手術の前後4年以内に下半身の怪我をする確率が74%も高いという結論に至りました。また手術前に怪我をする確率はおよそ2倍で、この研究者たちの仮設が証明されました。
投球時に股関節を痛める要素の一つにストライドの長めに取る事とあります。しかし日本人選手は欧米選手と比べて統計的に長いストライドを取る選手が多いですが、トミー・ジョン手術の件数は圧倒的に少ないのでそこの因果関係も気になりますね。また日本でプレーした選手たちに聞いた話によると、アメリカのマウンドは日本のより硬いので、それが原因になっている可能性もなきにしもあらずです。可能性を考えていたら正直キリがないですが…
下半身の怪我の中で一番多かったFAIがUCL損傷の原因となっているのであれば、FAIになることで選手がプレー時間を削られる確率は2.7倍高くなることになります。予防策としてシーズン前と後に関節の可動域を記録して、そのデータをアスレティックトレーナー、ストレングスコーチ、投手コーチなどと協議をしてその後の方針・対策を考えていくと良いでしょう。
結構飛ばし飛ばし紹介したのでこの論文を詳しく読みたいと思う方はリンクを張っておくのでチェックしてみてください。
それでは、
参照URL<https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC6168728/>