三円小説のスゝメ 弐〜教育の現場から〜
SNSで話題の『三円小説』。
前回は、作者の原田剛さんの半生を中心に、三円小説を書くに至るまでの経緯や、その思いなどを書かせていただきました。
今回は、中学校で行われた『三円小説』の課外授業でのエピソードを中心に、教育への思いを伺いました。
「ある中学校で、課外授業をやってほしいと依頼された。これまでの人生経験とか、出版の経済の仕組みとか、三円小説のことなどを話しました。そこで、子ども達にも実際に三円小説を書いてもらったんです。天才でしたよ、子どもは。」
授業が終わって国語の先生がすごく喜んだそうです。
「僕が本当に褒めた生徒がいて、『この作品の着眼点が凄いよ、起承転結の転から始まったみたいや、立って、立って、拍手!』って言ったら、先生が後で『あの子はクラスでも浮いていて、ほぼいじめられっ子みたいな感じなんです。あんなスターみたいになったこと無いんですよ』と。だから、褒めたらあんなに照れていたんだなと。」
自己肯定感の低い日本の子どもたち
ところで昨今、日本の子どもたちの自己肯定感の低さが話題になっています。
「高校生の生活と意識に関する調査-日本・米国・中国・韓国の比較-」(国立青少年教育振興機構、2015年)によると、「自分はダメな人間だと思うことがある」日本の高校生は7割に上るそうです。
ただ、文部科学省もこの問題を重視し、学習指導要領にもそれを考慮した内容を盛り込んでおり、少しずつ改善は見られているようです。
詳しくはこちらをご覧ください。
【データで語る日本の教育と子ども】第3回 自己肯定感が低い日本の子どもたち-いかに克服するか(Child Research Net, 2019年3月8日)
才能なんて本来、学校の成績の良し悪しとは関係ないもの。また、一人一人の個性は、成績だけでは測れないものです。でも、学校は試験の点で成績が決まってしまう。そこで自己肯定感が下がり、埋もれてしまう才能・個性もあるのではないかと思います。
生きる力を育む『三円小説』の授業
学校での教科以外の時間である、「特活(特別活動)」。特活を推進している都内のある公立小学校では、学年縦断型の縦割り班を作り、生徒一人ひとりに役割を担ってもらっているそうです。学級会も全て生徒たちが主導で進める。
人の役に立つ、光が当たるようなことがあると、子どもたちの自己肯定感はぐんと上がるそうです。自己肯定感が上がれば、一段と成長する。その繰り返しにより、他人のことを思いやれる、下級生の面倒をよく見られる子に育っていくのだそうです。
原田さんの課外授業も、特活的な要素が大きいと感じました。
普段はいじめられっ子の生徒さんに光を当てる。その道のプロが、いいところを本気で褒める。その生徒さんにとっては、一生忘れられないでしょうし、きっとそれが糧になって将来の道を切り開いてくれると思います。
課外授業に参加した子どもたちの感想を拝見しました。
・本を出版するまでの過程や印税、収入などのお話が特に心に残っています。
・夢は一つに限らなくてもいいことに気づきました。
・仕事は、一人ではできないことがわかりました。
・自分の特技でお金を稼げるということがわかってよかったです。
・僕の夢は小説家になることです。(中略)先生のように話し上手で素晴らしい作品を描ける人になりたいです。
・一つの目標だけを追い続けるのではなく、その周りにあるいろんなことにも着目していくことで、自分の視野を広げられるということがわかりました。
学校の教科の授業では教えてくれない、生きるために大切なことを伝えている原田さん。『三円小説』の授業は、生徒たちの心を掴んだようです。
分からないことが大切
『三円小説』は1話10秒で読める超短編小説です。内容は身近なネタや親父ギャグから、歴史、時事ネタまで物凄く幅広い。中には、2回、3回と読まなければわかりにくい内容もあります。
「分からない、というのが重要なんです。分からなければ、知りたい。知りたければ、人に聞いたり、調べたりするでしょ。だから敢えて難しい戦後の話とか、社会的なものも入れてるんです。」
元々、作家になっていなかったら教師になりたかったという原田さんだけに、教育者としての視座を感じます。
またそれには、ご自身の読書経験も影響しているようです。中学生の頃愛読していたのは、芥川龍之介や菊池寛、井伏鱒二などの純文学。
「それこそ井伏鱒二なんて、中学生の時には分からなかったけど、調べましたよね。鱒二は全く擦り寄ってきてくれませんから。だからこそこれ読みたい、という大人の気持ちがあるじゃないですか。子供用鱒二とかだったら、読まないですからね。」
分からないからこそ、大人への憧れが芽生える。もっと知りたいと思える。そして、認識の世界で分からないからこそ、感性の世界に目がいく。
知的好奇心を揺さぶれば、美意識が高まる。美意識は足元を照らし、もっと深く、広い視野を持てるように導いてくれます。
また、多感な時期に純文学にどっぷり浸かっていたという骨太なバックボーンが、『三円小説』を単なるネット小説とは一味違うものにしているような気がします。そこには現場感と身体性が終始伴っている。そのため、描かれている些細な日常の一コマも、独りよがりな閉じられた世界ではなく、世界の原理や人の営みといった大きな流れと繋がっているように感じます。
「三円小説に触れて、文学に目覚める子が増えたらいいですね。どんどん文学好きになってもらって、出版関係の仕事に行く人とか、コピーライターとか出たらいいでしょ?」と原田さん。
1話150字、300話では5万字に
実は『三円小説』、1話は150〜200字程度で、確かに10秒程度で読めますが、300話トータルでは5万字前後となります。芥川賞候補作品で4万字〜8万字程度だそうなので、中〜長編小説程度の文字数があることになります。
文字を読むのが苦手なお子さんでも、いつの間にか、小説1冊分くらいの文字数を読むことになりますね。原田さんの術中にかかれば、もっと読みたい、もっと知りたいとなって、気がついたら苦手を克服しているかもしれません。
ライター:榎田智子
石川県出身、鎌倉在住。自宅出産を経て3人の子育ての傍ら、夫と情報デザインの会社を経営。各種マネジメント・ディレクション、取材撮影…と出来ることは何でもやってきました。不登校だった長女は、現在豪州留学中。何事においてもLet it happenを大切にしています。保護犬、猫、亀と同居、5人と7匹家族。