木元哉多ゼミ〜推理作家の思考 第31回 映画講座 『パラサイト 半地下の家族』②
この映画は、金持ち家族と貧乏家族という、交わってはいけない二つが急接近することが物語の起点になっています。
本来、この二つは棲み分けされています。
金持ちが行く店は高級百貨店、貧乏人が行く店は薄利多売のスーパー。学校も、金持ちは私立に行き、貧乏人は公立に行く。したがって接する機会がほとんどない。
金持ちは、貧乏人が自分たちの生活圏に入ってくることを嫌います。
一つは貧乏人を犯罪者予備軍と思っているからです。飢えた貧乏人たちが、自分たちの富を奪いに来ることを警戒しています。
同時に、貧乏人から恨まれたり妬まれることを恐れています。
映画のなかで、金持ち家族は、たとえば運転手や家政婦をクビにするときも、恨みを買わないように退職金を多く積んだりしています。
「金持ち、喧嘩せず」というのですが、その理由は余裕があるからではなく、金持ちのほうが喧嘩して失うものが大きいからです。
せっかく裕福でこの世を謳歌しているのに、貧乏人に刺されて死んだら最悪です。だから神経質になる。おたがいの生活圏を分けて、なるべく接触しないようにします。
その富裕層の心理は、金持ち・父のドンイクのセリフに、「境界線」という言葉によって表されています。都合、三度出てきます。
「なんで境界線を越えてくるんだ?」
「境界線をきっちりと守る。その線を超えてくる人が嫌いでね」
「言葉にしても行動にしても境界線を超えてくるようで、決してその線を超えてこない。そこがいい、すごく」
彼の理想は、金持ちと貧乏人のあいだに「境界線」があることです。
貧乏人がその境界線を越えて、金持ちのエリアに入ってくることを彼はひどく嫌います。と同時に、脅えてもいる。
とはいえ、金持ちと貧乏人は共存しなければなりません。
なぜなら金持ちは、貧乏人の労働を搾取することによって莫大な富を得るからです。白人が、黒人の奴隷労働から莫大な富を得たように。
ドンイクはめちゃくちゃ金のかかる生活をしています。豪邸に住み、運転手と家政婦と家庭教師を雇っています。犬を三匹飼って、高いジャーキーを食べさせてもいる。
それだけの収入を得るためには、下々の労働者から搾取しなければなりません。
彼は社長をしています。末端の労働者に支払う賃金を絞れば絞るほど、自分たちの取り分を大きくできます。
労働者側から見れば、自分たちは安い賃金で働かされて、得た利益の大半を社長が独り占めしているように見える。当然、社長を妬みます。社長は自分が妬まれているのを知っているから、境界線をもうける。
もし貧乏人がその境界線を越えてきたら、できれば金持ち専用の警官に(ボコボコにするなり射殺するなりして)追っ払ってほしい。
しかし富と貧という、両極端な家族がたまたま近い距離で(境界線を越えて)生活することになった。それによって、おたがいに対して持っている潜在的な感情が刺激され、芽を出し、やがて暴発することになります。
貧乏家族の四人は、この金持ち家族に寄生(パラサイト)しています。
その際、身分を偽り、服装や言葉づかいも金持ちサークルの仲間であるかのようなフリをしています。金持ち家族はすっかりだまされていて、貧乏人が境界線を越えてきていることに気づいていない。
しかし、いくら身分証を偽造して、服装や言葉づかいを変えても、どうしても偽れないものがあります。それが「匂い」です。
半地下で暮らしている貧乏人の体に染みついている匂いです。まさに便所コオロギの匂いで、家族全員、同じ匂いをしています。
最初にその匂いに気づくのは、金持ち・弟のダソンです。そのあと父のドンイク、母のヨンギョも気づく。
この半地下の匂いは、金持ちが日ごろ嗅ぐことのない匂いなので、敏感に気づきます。
特にその匂いが強いのは、貧乏・父のギテクです。
なぜ家族四人のなかで、特にギテクの匂いだけ強いのか。これがこの映画を読み解くポイントの一つです。
もちろん年齢的な加齢臭ということもありますが、たぶんそれだけじゃない。
このギテクを演じているのが、ソン・ガンホという役者です。彼の演技がすごくいい。
ギテクの生い立ちは、映画のなかでは特に説明されていないのですが、彼の演技を通して、なんとなく察することができます。
ギテクは、幼いころから半地下のような貧しい環境で育ってきたのでしょう。教育環境も悪く、低学歴です。それにともなう差別をたくさん経験してきた。貧乏ということで、もっとも屈辱的な思いをしてきたのがギテクです。
今も無職です。そして息子と娘にちゃんとした教育を与えられなかった(塾に通わせたり、家庭教師をつけてやれなかった)ことで、彼はすごく申し訳ない気持ちを持っています。
そのせいで息子は大学受験に受かりません。それなのに息子は、そんな父を恨むでもなく、「親ガチャに外れた」みたいなことも言わず、父に対して愛と敬意をもって接している。
ギテクは、息子や娘を愛おしく思うからこそ、半地下のような場所で生活するしかない現状が情けなく、恥ずかしく思っています。
彼こそが「半地下」の人間です。だから匂いも一番強い。
ちなみに息子と娘は、頭はいい。オレオレ詐欺みたいなことをやらせたら、能力を発揮するはずです。
でも、お受験用の教育を受けていないので、大学へは行けない。学歴差別がひどい国なので、このままだと父と同じく「半地下」から一生抜けだせないかもしれない。
でも息子のギウは、なんとか「半地下」から抜けだしたいと思っています。
まだ大学受験をあきらめていないし、金持ち・姉のダヘと付き合って、いずれ結婚して、豪邸に住むことを夢見てさえいる。
そのギウが、金持ちの娘と結婚して、豪邸に住みたいんだと家族に話すシーンがあります。そのときのギテクの表情がいい。
ああ、そういうことなんだ、と分かります。
ギテクは「半地下」の人間です。韓国社会においてそこから抜けだすことがどれだけ難しいか、身をもって知っています。
「半地下」の人間が地上にあがろうとしても、そこには「ガラスの天井」が待っている。透けて見えるので、上に行けそうなのですが、そこで行き止まりになる仕組みになっている。
今、息子が語っている夢は、絶対にかなわないことをギテクは誰よりも知っています。でも息子がそれを無邪気に話す表情を見たら、そうとは言えない。だから悲しくなるのですが、そういう表情さえ出せない。
そしてそれが、のちの殺意への伏線になっていく。
では、また次回。