木元哉多ゼミ〜推理作家の思考 第11回 小説講座 第1巻第1話 緒方智子編①

    僕はこの『閻魔堂沙羅の推理奇譚』シリーズの第一話を書いたときの記憶があまりありません。そこまで構想が固まっていなかったのだと思います。手探りで書いていたので、「考えるな、感じろ」という状態です。
    意識レベルは落としたほうが、感覚は鋭くなります。そのかわり記憶に残りにくい。
    デビュー前なので、創作メソッドもそこまで固まっていません。
    作家はデビューすると、自分の作品が不特定多数の人に読まれる状態になるので、それだけでも意識が変わります。意識が変わることで、質に対するこだわりが強くなる。今までならこれでよしとしていたものを、一度立ち止まって、もう一度深く掘り下げてみようとする。
    自分の実感でも、デビューしたあとは飛躍的に伸びます。
    ただ、このシリーズのコンセプトからいって、「成長小説」という枠組みがいいだろうとは思っていました。
    成長小説とは、「主人公が出来事を通して成長する物語」です。広い意味では、すべての物語にあてはまります。
    したがって成長した姿がより見えやすい若者を主人公に据えたほうがいいという考えはありました。中年や老人も成長するけど、やはり若者のほうが見栄えがいい。
    第一巻の全四話のうち、三話は若者が主人公です。それだと偏りすぎるので、あえて一話は真逆のおばあさんに設定しました。

    第一話の主人公、緒方智子にはいちおうモデルがあります。
    いつだか、バス停に女子高生の一団がありました。十人以上いて、バス停を占拠していました。野球のバットケースを肩にかけていたので、ソフトボール部なのかなと思いました。
    その中に一人、日焼けしていて、やたら声の大きい女の子がいました。いかにも活発そうで、言葉づかいがとても悪い。その子が友だちに「親父がウザいんだよねえ」と話していました。親父がずっと家にいて、とにかくウザいと。
    僕はそのまま通りすぎたので、なぜ親父がずっと家にいるのかは知りません。ただ、その女の子のことが強く印象に残りました。
    若者を主人公にする、と決めたとき、最初に思い浮かんだのはその女の子でした。そして次に、親父と喧嘩して家を飛び出すシーンが浮かびました。
    さて、家出した女の子はどこに向かうか。普通に考えれば、友だちの家か、祖父母や親戚の家だろう。
    でも、行くあてがなくなって、学校のソフトボール部の部室に向かった。部室の鍵は持っていたことにする。
    その女子高生に「緒方智子」と名前をつける。
    がさつな女の子である。
    そういう子がいるところに、どういう人間関係があるか。こんながさつな娘を育てた、ウザい父親ってどんな人?    友だちは?    彼氏はいる?    学校の成績は?    将来、就きたい職業は?    最近、悩んでいることは?
    そういう女の子がいるところに、どんなことが起きるか。彼女は軽率にも家出してしまった。意地っぱりなので、親父に謝るつもりはさらさらない。とはいえ、女子高生にとって夜の世界は危険である。そこでどんなことに巻き込まれる?
    そうやって広がった想像の世界に、ミステリーのエッセンスを一つ足すと、推理小説ができあがります。

    最初の段階で、一つだけ明確に決まっていたことがあります。それは緒方智子の母親が亡くなっていることです。
    これはジブリ作品によく出てくるモチーフの一つでもあります。
『崖の上のポニョ』『となりのトトロ』『魔女の宅急便』『もののけ姫』『千と千尋の神隠し』。
    この五つに共通するのは、「主人公はまだ大人とは呼べない年齢で、大人が自分を守ってくれない状況に置かれることが物語の起点になっている」という点です。

『崖の上のポニョ』
    宗助(五歳の男の子)が住んでいる町を津波が襲います。宗助は助かりますが、母とは離れ離れになってしまう。宗助は自前のボートに乗って母を探しに行く。それをポニョが助ける。

『となりのトトロ』
    母が病気で入院したため、サツキ(小六の女の子)と妹のメイが、父と一緒に田舎の村に引っ越してくる。ただ、父は仕事があるため、二人の娘の面倒を見られない。隣のおばあちゃんが世話をしてくれるが、老人なので頼りない。
    サツキは母の代わりにメイの面倒を見ようとするが、妹は言うことを聞かず、わがまま放題。腹も立つし、母のことが心配でもある。そのうち妹が行方不明になり、探さなければならなくなる。それをトトロが助けてくれる。

『魔女の宅急便』
    魔女のキキが、十三歳になったら親元を離れて、知らない街で生活しなければならないという仕来りに従って、旅に出る。黒猫ジジがお供をしてくれる。

『もののけ姫』
    青年アシタカが、タタリ神を退治したせいで右腕に呪いを受けてしまう。その呪いを払うため、村を出て、タタリが起こる原因となった西の地に一人で向かう。カモシカのヤックルがお供をしてくれる。

    共通しているのは、まだ子供なのに、自分を守ってくれるはずの親や大人がいなくなって、自力でなんとかしなければならない状況に置かれる、という点です。
    僕はこれを「はじめてのおつかい」ものと呼んでいます。
    それぞれ使命があります。子供はその使命を果たすために、親元を離れて、冒険の旅に出なければならない。
    ただし孤独にならないように、たいてい親以外の誰かが助けてくれるか、お供をしてくれます。なんらかの形で助けが入るので、基本的には優しい物語になる。
    物語の原型は、『桃太郎』です。
    桃太郎はおじいさんとおばあさん(事実上の両親)のもとを離れて、鬼を倒すという使命を果たすための冒険に出る。犬と猿と雉がお供をしてくれる。『オズの魔法使い』も同型です。

『千と千尋の神隠し』
    千尋(十歳の女の子)と両親が道に迷い、トンネルをくぐっていった先で、両親がなぜかブタになってしまう。千尋は両親を元に戻すため、その異世界に足を踏み入れていく。ハクという少年が助けてくれる。
    なぜ両親がブタになってしまうのかは、この際どうでもいい。大事なのは、両親が自分を守ってくれない状況になるということです。千尋には逃げるという選択肢もありません。とにかく行くしかない。
    ただ、そうして入り込んで行った異世界は、魑魅魍魎とした悪霊の世界ではなく、怪しげではあるけれどユーモアに包まれた世界であるところがジブリ作品の特徴です。

    緒方智子の母親は亡くなっています。父と二人で暮らしていて、喧嘩して家を飛び出したことが物語の起点になる。そして学校のソフトボール部の部室に行く。
    女子高生にとって、夜の学校は異世界であり、危険地帯です。
    状況的には千尋と同じ。つまり同じ物語の構造を使っているわけです。
    そして殺される。
    さらに異世界の深いところ(死後の世界)に入っていき、沙羅と出会う。
    沙羅の立ち位置は、『千と千尋の神隠し』の湯婆婆(ゆばーば)と同じです。同じ物語の構造を使っているので、登場人物の立ち位置も重なってくるということです。
    では、また次回。

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