木元哉多ゼミ〜推理作家の思考 第2回 小説講座 着想②
至高のミステリー小説とは、どういうものか。
僕が思うに、まず読みやすい文章の上に、キャラクター、ストーリー、謎(ないしトリック)の三要素がそれぞれ活きていて、かつ調和している物語です。その三要素がきれいな三角形を描いていればこそ、その小説は美しい。
このうち謎(ないしトリック)に関していえば、僕のなかで「ちゃんと推理できる推理小説って、実はほとんどないんだよなあ」という思いがありました。
たとえば本格ミステリーの定番に、「館」シリーズがあります。
ある特殊な館で、密室殺人が起きる。犯人は殺害後、窓にもドアにも鍵がかかった部屋からどうやって脱出したのか。それが謎になります。
多くの場合、その館の特殊な構造に秘密があります。たとえば屋根がカツラみたいにパカっと外れるとか。
犯人は殺して、部屋から出たあと、クレーンを使って屋根を開ける。それから部屋に入ってドアの鍵を閉め、開いた天井から外に出たあと、クレーンで屋根をかぶせる。これで密室殺人が完成します。
まさか屋根が開閉できるとは思わないから、意外な真相になる。
なんだかバカバカしい話なのですが、こういうものだと現実的にありえないし、論理的に推理できるというものでもない。
あらためて考えてみると、ちゃんと推理できる推理小説ってほとんどありません。じゃあ、それを僕がやろう。
これも「着想」の一つです。
次に、そもそも「ちゃんと推理できる推理小説」とは、どういうものかという話になります。
それは当然、論理だけで答えを導きだせるということです。とすれば、物理トリックや叙述トリックは除外される。
(推理力の定義については、第四巻『点と線の推理ゲーム』の第一話・向井由芽篇を参照してください)
ここからはくどくど考えていって、結果、「ちゃんと推理できる推理小説」の要件を挙げると、次のようなものになります。
①死んだ時点で、謎を解くために必要な情報は出そろっている。
②登場人物は、基本的にみんな容疑者になる。
③主人公(視点人物)は、謎を解く探偵役に設定する。
③については少し説明がいります。
従来型の探偵小説だと、視点人物はワトソン(探偵助手)に設定されることが多い。そしてワトソン目線で、シャーロック・ホームズ(探偵)を描写するかたちになります。たいていワトソンは凡人に設定されます。
まず、事件が起きる。ホームズが捜査をはじめる。ワトソンはそのホームズに付き従って手助けをする。
凡人のワトソンは、天才のホームズが何を考えているかは分からない(二流棋士では、一流棋士の思考を読めないように)。
ホームズは謎が解けるまで、いっさい説明しない。ワトソンはホームズをよく観察して、彼なりに犯人を推理するのだけど、凡人の発想なのでたいてい間違っている。
ホームズが犯人を特定し、容疑者全員を集めたところで、やっと謎解きが披露される。ただしこのかたちだと、推理は「後出しの説明」感がどうしてもつきまとう。
『閻魔堂沙羅の推理奇譚』では、まず主人公(視点人物)をがっつり探偵役に固定しようと思いました。
この探偵役は、同時に被害者でもある。そして自分が殺されるまでの出来事のなかに、自分が誰になぜ殺されたのか、その謎を解くために必要な情報はすべて落とし込まれている。物語がはじまって、殺されるまでに出会ったすべての人が容疑者になる。
主人公はやがて殺される身なので、物語がはじまった時点ですでに事件に巻き込まれている。とはいえ、本人は必ずしもそのことに気づいていない。
そしてその事件は、主人公に内在する問題をふくんでいる。主人公はただ謎を解くだけでなく、自分に内在する問題とも向き合わなければならない。
主人公は殺され、閻魔大王の前に立つ。だが、手足は動かない。つまり逃げることはできない。閻魔大王から「誰になぜ殺されたのか、その謎を解くことができたら、死の十二秒前に戻れる」と告げられる。「いま頭の中にある情報だけで謎が解ける」とも。
だが、ヒントは与えられない。捜査もできないし、誰にも相談できない。閻魔大王には命乞いも泣き落としも通用しない。推理力だけで謎を解かなければならない状況に置かれる。それができなければ、地獄行き。
「ちゃんと推理できる推理小説」なのだから、推理のプロセスそのものも実況中継的に書いたほうがいい。数学のテストで、どうやってその答えにたどり着いたのかの計算式を書くように。
つまり、こうこうこのように考えて、この答えに到達しましたと。それなら「後出しの説明」にならない。
ここで新しい要件が加わります。
④推理の計算式を書く。
これで物語のイメージはおおむね固まりました。このシリーズで、自分は何をやりたいのかも見えてくる。
主人公はただ謎を解くだけの存在ではない。探偵であると同時に、被害者でもある。事件はまさに自分の身に起こったことなので、ひとごとではない。そこには自分に内在する問題もふくまれている。
謎を解くことで、主人公は自分自身の問題と向き合わざるをえない。自分の欠点、コンプレックス、犯した罪と向き合う。そのことによって成長する。とすると、これは必然的に成長小説のかたちになる。
成長小説とは、「何かを通して主人公が成長する物語」です。
それなら構図は序破急の三部構成がいい。広辞苑によると、序破急とは「序は事なくすらすらと、破は変化に富ませ、急は短く躍動的に演じる」とあります。
・序……物語がはじまり、主人公が殺されるまでの出来事。
・破……死んで、閻魔堂へ行く。謎を解いて生き返る。
・急……生き返ったあと。
分量は、感覚的にですが、2:3:1くらいがいいかな、と。
主人公は一度死んで、生き返る。つまり文字通りの死と再生を経て、内面的な変化が生じていなければならない。
考え方や価値観が変わる。反省する。後悔する。コンプレックスを克服する。犯した罪を償おうとする。その変化に成長のあとが垣間見えたところで、物語はすっと閉じる。
これで構図は決まりました。
「死の十二秒前に戻れる」、「ちゃんと推理できる推理小説」、「成長小説」、この三つの条件を満たした物語です。
最初の着想ができて、ここまでで三日くらいです。短いように感じられるかもしれませんが、逆にこの三日間はずっとそのことばかり(夢の中でも)考えています。
頭の中で延々と転がし続けて、なんとなく固まってきたなと感じられたところで、やっと書きはじめられる態勢になります。
マラソンにたとえると、ここからがスタートです。
走る道筋はもう見えています。そして走りはじめてからは、今度は技法の問題になってきます。
では、また次回。