木元哉多ゼミ〜推理作家の思考 第32回 映画講座 『パラサイト 半地下の家族』③

    便所コオロギのような「半地下」の匂いがもっとも強いのがギテクです。
    そしてその匂いが、金持ちたちの鼻につく。ギテクの体臭に、金持ち家族がしかめ面をするシーンが何度もあります。
    金持ち・父のドンイクと、母のヨンギョの夫婦の会話にも出てきます。

    ドンイク「だけど、あの匂いが超えてくるんだよな。後ろまでやたら匂ってくる」
    ヨンギョ「なんの匂いかしら?」
    ドンイク「さあな。とにかく説明するのは難しい。ああ、時々、地下鉄に乗ると匂いがする。あれに似てる」
    ヨンギョ「分からない。ずっと地下鉄に乗ってなくて」
    ドンイク「地下鉄に乗る人特有の匂いがある」

    ここでもまた、「地下」が出てきます。物語の構図ははっきりしています。

    富裕層・・・地上
    貧困層・・・半地下、地下鉄・・・悪臭

    同じ韓国人なのですが、金持ちは貧乏人の暮らしをまったく知らないし、関心もありません。
    金持ちは、半地下で暮らしている人のことを考えたことがないし、地下鉄にも乗らない。日ごろ接することがないから、どんな匂いなのかも分からない。
    ドンイクも、普段は運転手つきの車で移動しています。でも渋滞のときなど、やむをえず地下鉄に乗ることがあるのでしょう。
    彼らは自分たちが暮らしている地上の下に、もうひとつ別の世界があることを知りません。それだけ社会が分断しているということです。

    日本も学歴社会ではあります。
    でも、「大卒でなければ一生負け組」とまでは言いません。実際、非大卒でも成功している人はたくさんいます。
    確かに大企業や官庁に就職したいなら、高学歴のほうが有利かもしれない。でも、そうじゃない生き方をするなら、学歴はあまり関係ない。
    学校の勉強ができることと、社会に出たときに役に立つ能力は別だという考え方もちゃんとあります。実際、金持ちに生まれて、子供のころから塾に通い、お受験用の傾向と対策をずっとやってきたから高学歴だけど、実際の競争社会に入ったら、プライドが高いばっかりで役に立たないみたいな人はけっこういます。
    日本はそこまでガチガチの学歴社会ではありません。
    でもこの映画を観るかぎり、韓国はガチガチなのかもしれない。韓国の受験事情について僕は詳しくありませんが、偏差値絶対主義みたいなものを一貫して強く感じます。
    つまり子供のころからお受験用の勉強をして、その思考法(ないし解答法)に慣れていないと通用しない。
    金持ちにとっては、そのほうが都合がいいのでしょう。
    家庭教師をつけたり塾通いさせなければ、絶対に受からないような種類の試験問題のほうが、貧乏人とのあいだに差をつけやすい。自分たちの子供が、より学歴社会の勝者になりやすい。とすると韓国の学歴社会は、世襲に近いものになっているといえます。
    そういう教育を受けてきた人が高学歴になり、やがて家庭教師になって、お受験用の勉強を金持ちの子供に教える。
    基本的に金持ちの子供が勝つ仕組みです。そして金持ちの子供が学歴社会の勝者となって、次代の金持ちになる。これは金持ちの固定化につながります。

    これは別論ですが、韓国では強者による弱者の支配が露骨なように見えます。
    いい大学に入って、大企業や官庁に就職しないと、幸せになれないし、成功しないと信じられている。いや、信じられているのではなく、事実そうなのかもしれない。学閥みたいなこともかなり影響があるように思えます。
    大企業とは、韓国の場合、いわゆる財閥です。
    財閥は政治家とつるんでいます。政治家は、財閥に勝たせるための制度を作る。政治家が、ある特定の人だけを勝たせたり、儲けさせたりするのはいともたやすい(これはアベノミクスについても言うことができます)。
    中小企業は、絶対に財閥(大企業)に勝てない仕組みです。
    したがって下請け的な存在でしかなく、上に搾り取られるために収入は格段に少なく、雇用も不安定になる。経済的強者と弱者がはっきり分かれていて、中間層が貧弱。
    他の韓国映画を観ても、強者と弱者、富める者と貧しい者がはっきり分かれて描かれています。服装や住居を見れば、ひと目で分かります。経済格差が世襲化されて、ほとんど身分制度になっています。
    ともかくここまでが映画の前半です。
    ここからが起承転結でいえば、転。一気に事態が急変します。
    金持ち家族がキャンプに行く。貧乏家族は鬼の居ぬ間にと思って、豪邸に集まって優雅なひとときを満喫します。
    ここにクビになった家政婦が現れる。
    実はこの豪邸には、金持ち家族も知らない地下室があることが判明します。
    たぶん北朝鮮と有事になった際の核シェルターでしょう。そこに元家政婦の夫が住んでいる。借金取りから逃げて、隠れて暮らしているという設定です。
    つまりこの家には、もう一つのパラサイト家族があったことが分かる。
    彼は半地下ではなく、完全に日の射さない地下に住んでいます。長いあいだ、地下で暮らしていたせいで、精神を病んでもいる。
    金持ち家族が、自分たちの豪邸の下に地下室があることを知らないというのが象徴的です。基本的に金持ちは、自分たちが住む地上の下に、貧しい人が住んでいることを何も知らない。
    つまり金持ち家族と貧乏家族という二層ではなく、その下にもう一層、極貧家族とでも呼ぶべきものがあることが分かる。

    金持ち家族・・・地上
    貧乏家族・・・・半地下
    極貧家族・・・・地下・・・・精神を病んでいる

    さらに豪雨が降ってきて、キャンプをやめて金持ち家族が帰ってきてしまう。
    つまり本来は棲み分けがなされていて、接することがないはずの三層の家族が、一つの場所に集結して、ごちゃごちゃになる。
    ここから事態は急変して、映画としてはサスペンス調になります。
    では、また次回。

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