木元哉多ゼミ〜推理作家の思考 第23回 小説講座 第1巻第4話 君嶋世志輝編①
『閻魔堂沙羅の推理奇譚』第1巻の第4話、君嶋世志輝編。
第1巻は、主人公が女、男、女という順番で来たから、4話目は男とまず決まります。
第1話の女子高生と第3話のおばあさんは、老若という対比になっています。では、第2話の気弱なサラリーマンと対比になるのはなにか。ヤンキーだろう。ということで、次の主人公はヤンキーに決まる。
小説を書くとき、前作の反省から入ることが多い。これまでの三話で、そこまで強く押し出してくるキャラクターはいません。味の濃いものが一つは欲しい。
だからアクティブでポジティブな性格にする。いや、もっと極端に、破壊的なほど行動力があって、底抜けに楽天的なキャラクターにする。
ここを起点に考えていきます。はたしてどんなヤンキーか。
次にどんな話にするかを考えます。
着想はテレビ番組です。
TBSで放送されていた『クレイジージャーニー』だった気がするのですが、記憶がはっきりしません。
とにかくその番組で、発展途上国の犯罪組織に潜入取材するジャーナリストが取りあげられていました。誘拐や麻薬をビジネスとしてやっている犯罪組織で、そこに身分を隠して潜入します。
一つ間違えば殺される、危険きわまりない仕事です。世の中にはクレイジーなやつがいるもんだな、と思いました。
そのめちゃくちゃ感が、第4話の主人公に重なりました。
最初に考えたのは、元ヤンキーのジャーナリストが犯罪組織にスパイとして潜入するというシナリオです。
ここからさらに練っていきます。
僕の場合、小説を書くとき、プロットというものはありません。囲碁や将棋のように、何手先までずっと読んでいくという書き方をします。
主人公は、誰になぜ殺されたのか分からない状態で死ぬ、という展開にならなければいけない。話をどのように持っていけば、そういう展開になるか。
こうしたら、こうなるよな。そしたら次はこうなって・・・。
ずっと先の展開まで読んでいきます。読みに詰まったら、少し戻って考えなおす。その作業をくりかえして、最善手を探す。
しかし、元ヤンキーのジャーナリストが犯罪組織に潜入するところからはじまって、ずっと先まで読んでいくと、どうも具合が悪い。犯罪組織に潜入して殺されたのなら、「誰になぜ?」は謎にならないからです。
そこで頭をひねって、たとえば仲間に裏切り者がいたとか、取材情報にフェイクがあったとか、犯罪組織に潜入した時点で罠にはめられていたとか、いろいろ考えるのだけど、どれもずっと先まで読んでいくと、やはりしっくりこない。
短編なので、主人公が死ぬまでに費やせるページは、原稿用紙33枚程度とあらかじめ決まっています。あまり複雑なことはできない。
こうやってころころ考えているうちに、突然、答えが見つかります。
ひらめきとは、急に空から降ってくるものではなく、論理的な思考を詰めていった先でやっと見つかるものです。
向こうから来るのを待つのではなく、必死で探さなければならない。
こっちから近づいていって、やっと手の届くところまで来たとき、ふいに手に触れる。その瞬間につかんだものが、ひらめきです。
そう、主人公をジャーナリストの弟にすればいい。
その弟に、君嶋世志輝という名前をまず与えます。
元ヤンキーで、現在はフリーター。喧嘩はめっぽう強い。頭も悪くないけど、目標のない毎日を送っている。
兄はフリーのジャーナリスト。犯罪組織に潜入している。秘密保持は絶対なので、そのことを弟にも話していない。
世志輝は、知らず知らずのうちに兄の仕事に巻き込まれて殺される。死んで、沙羅の部屋に行くが、誰になぜ殺されたのかが分からない。
世志輝は、自分の身に何が起きたのか、というより、兄は何をしていたのか、という謎を解かなければならない。
物語のかたちは、第2話と似ています。
第2話では、脇役の岩田が物語の「回転軸」となって、主人公を助けるという構成でした。第4話ではむしろ世志輝が「回転軸」となって、兄を助けます。主人公が「助けられる側」から「助ける側」に代わっていますが、物語の回転の仕方は同じです。
だが、兄の潜入している犯罪組織が、世志輝にとって完全に無関係なものだと、あまりにも情報がなさすぎて、推理することができません。世志輝にもなんらかの関わりは持たせたい。
そこで幼なじみの由宇が出てくる。
①由宇の親友である千郷が、自殺した。自殺の理由は不明だが、千郷には売春していたという噂があった。
②兄が犯罪組織に潜入している。
③兄と由宇は付き合っている?
この三つの情報が結びつくと、謎が解けるという仕掛けです。
ここで大事なことが一つあります。
この物語は、世志輝と兄の関係性のおもしろさで進展します。
兄弟の関係がメインです。親はおらず(第1話の緒方智子編と同じ設定です)、二人で暮らしています。
以前にも話しましたが、兄の個性は弟との関係性において発揮され、同時に弟の個性は兄との関係性において発揮される、というのが僕の基本的な考え方です。
この回は、兄弟の絆が強調される物語でなければいけない。
兄は、いろいろ問題を起こす弟を、それでも見放さずに面倒を見ています。しかしその問題児の弟が、兄が犯罪組織に捕まるというこの修羅場では、意外な力を発揮する。そして世志輝が兄を助ける。
この二人の関係性のおもしろさが、この物語の肝です。徹頭徹尾、兄弟の物語でなければならない。
だから、世志輝と由宇を恋人同士にしてはいけない。
物語の方向性がブレるからです。
これは世志輝が由宇を助ける物語ではありません。あくまでも世志輝が兄を助ける物語です。
兄を助けるために、世志輝は兄が自分にかけた電話の意味に気づかなければならない。それは兄弟で、一緒に暮らしていて、親がいないので二人で助け合ってきた深い関係性があるからこそ解ける暗号です。
したがって世志輝と由宇が恋人同士ではいけない。このことは蓮司との会話ではっきり言わせています。
「世志輝。おまえ、由宇と付き合ってんの?」
「いや。隣同士だから、よく顔は合わすけど」
ここまで考えが進めば、もう物語の骨格は固まっています。
考えはじめて三日くらいです。物語の大筋は、経験上、だいたい三日でまとまります。三日でまとまらないようなネタなら、もう捨てたほうがいい。
物語の結末は決まっています。
乱闘です。ヤンキーなので、最後は殴りあって勝つ。
世志輝は一度、撲殺で殺されます。これは世志輝らしい殺され方です。そして生き返って、もう一度戦って、今度は勝つ。一度負けて、再戦して勝つというのは物語の王道で、映画『ロッキー』がそうです。
では、また次回。