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【短編】 しめじとコーヒーと大人
美織は、しめじがとてもとても、それはもう視界にも入れたくないほど、嫌いだった。
あの独特の香りと、ぐにゃふにゃあ、みたいな擬音語だけでは言い表せない食感。
それなのに美織の家庭では、母のキノコ好きが乗じて、しめじが食卓のスタメンだった。
もちろん美織はそれを皿の端に避けて食事する訳だが、母がそれを叱るので結局口にする羽目になる。美織は噛むのも嫌なので、しめじを丸ごと飲み込んでいた。
「えぇ!美織そのグラタン、しめじ入ってるのに食べきったの!」
初めて美織がしめじをまともに食べれたのは高一の冬。
「え、入ってたの、この中に…」と言いながら美織はうぇと舌を出す。
「うんうん、美織にバレないように小さく切ってね。それでもいつも気がついてたから、今日も期待してなかったんだけど…明日雨でも降るのかしらねぇ。」
「普通に美味しいと思っちゃった…」
いいことじゃない、母がそう言いながら綺麗に完食されて空っぽのグラタン皿を持っていった。
「昔、そんなことがあってさぁ。今じゃ、しめじは結構好きな食べ物なんだよ。」
26なった美織は、親友の春村と純喫茶でコーヒーを飲みながら、しめじの話をする。
「私もコーヒーなんて飲めたもんじゃないって思ってたのに、いつの間にかブラックしか飲めなくなってたもんなぁ。」
春村がコーヒーを啜る。春村は味噌汁もコーンスープも、茶もコーヒーも、なんでも啜るタイプの人間だ。
カフェの窓から覗く道には、下校時間なのか小学生の黄色い帽子が通り過ぎてゆくのが目に入る。
薄暗い純喫茶からみるとそれはなお光り輝いて見えた。
「気づいたら27だねぇ」
春村がぽつりと言った。美織は無理に返事することなく、ただ1つ頷く。
顎の下からコーヒーの香りが這い上がってくる。
「子供が好き嫌いが多いのって、舌が味覚細胞が敏感で、苦味とか美味しくない味がよく分かるかららしいよ。だから年々食べられるものが増えていくのは、その細胞たちの老化だって。」
また春村がぽつりと言った。
本当かはわかんないけどね、と付け加える。
心地よい、二人の間に落ちた沈黙。店内に僅かにかかったジャズが空間を埋めている。
美織は手の中に収まったコーヒーの波紋を見てみた。
だんだんとそれが収まって、コーヒーの上の自分と目が合う。
毎日鏡で顔を合わす相手だから一体老けたのかも判別はつかない。
でももし、春村が言うことが本当なら、美味しいものが増えた私は着実におとなになっているらしい。
現にこのブラックコーヒーがとろけるほど美味しい。
別になんともない夕方に、美織は大人になったんだなぁ、と何度も何度も実感した。
凹も凸もないけれど、こういう時に1番じんわり中に広がる、と思う。
最後まで読んで下さりありがとうございました。
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