【父は不眠症】
父は不眠症だ。
生粋のやんちゃ坊主(ほんとに坊主)、若かりし頃のどこでも寝る男君は、
家長になって、仕事を頑張って、課長になって以来、
目の下に影の層を、ミルフィーユがごとく、積み重ねていった。
父は2時間か3時間の眠りで目が覚める。
父の夜は短い。
彼が自分の名を忘れ、裸になって、ただの睡眠体である時間は、24時間分の2。
彼を彼に強く結びつけるものは
永い事張ったままのタコ糸。
それは仕事の恐怖や、家族への責任や、親への憎悪をまたいで、引き継いで、色を染めなおし、純粋な彼の脳とこころを寝かせない。
父は酒をよく飲む。
睡眠導入剤だ。
アル中だと思うか?
憐れな、早期リタイア済みのスナック通いだと。
…ごめん、これは私に向けた言葉だ。
父は、純粋で、子供で、あんまりにもナイーヴなんだ。
全部受け取っちゃう、かわいい人なんだ。
だから不器用で、
父の不眠症は、張り詰めた緊張と、ずっと癒えない生傷のせいだ。
それでも私が隣にいると、4,5時間は眠れるらしい。
ああ、
父は、神様からしたらきっと、かわいい人だ。
どうか、どうかやさしいあたたかな神様の涙で、彼に抱擁を。