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ふと思い立ってお母さんにありがとうって伝えた。妊娠出産の大変さを知ったから。

友人が妊娠生活を送っていて、そろそろ臨月。友人は元から、自分のことを遠慮なく喋るタイプで、妊娠してからは、妊婦が直面する身体的苦痛と産婦人科通院の実情を事細かく報告してくれた。

そのおかげで妊婦の辛さがよく分かった。カフェでおしゃべりしていると、突然低血圧になって、一時間ほどテーブルに臥せって動けなくなっていた。お産の痛みは、脚切断ほどらしいと聞いて恐怖していたが、それまでの妊娠生活も苦行だ。女は男より強く創られているというが、苦痛を実体験することで半強制的に強くならされている。

こんな大変なことを、妊娠適齢期の女の私が知らないのは異常だ。いわんや男性。就活や結婚と一緒で、喉元過ぎれば熱さを忘れるというやつなのだろうけど、命がけの営みが、軽く見られている。世の母親たちはすべからく尊く、もっともっと感謝されるべきだ。

そういう経緯で、母にありがとうと伝えてみた。
本当はずっと言いたかった。言えてよかった。

ここで、親子愛が深まりました、ちゃんちゃん、で綺麗に終わらないのが母娘というもので、調子に乗った母が「育児も大変なのよ。お友達にも覚悟しといてって伝えといて。」などという。端的に老害だ。そんなことを言わなくとも、本人はわかっているし、彼女は私の友人であって、母の友人ではない。

距離感が分からないぐらい社交に疎い母を可哀想だと思う。結婚後、田舎の専業主婦になって、せいぜい祖父母とご近所さんとしか交流がない。アメリカ時代は閉鎖的な駐妻コミュニティに放り込まれて鬱になっていた。私は母を反面教師に話力を磨いてきたし、一生仕事を続けると意気込んできた。だがコミュ障ではない程度で頭打ちだし、仕事のストレスで抑うつになり、養ってくれそうな男性とばかり付き合っているあたり、血は争えない。

産んでくれたことに感謝はしているが、それはそれ、これはこれ。温かムードから一転、「そんなクソバイスはしない」と、ぴしゃりと言ってやった。「黙って、タオルとか、冷凍食品とかをあげることにする」と続けると、「スタイも良いよ」と母。母は母だ。それだけで十分。

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