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決めるのが難しいのは何故?

決めるのなんて簡単じゃん!って思えたらいいのに、
と考えた事ある人は少なからずいらっしゃるでしょうね。

身近なところでいえば、
例えば、商品購入で比較検討するのはちょっと苦手です。
パソコンを買う時には、ネットで調べたり、人に相談したり、店頭に行ったりと時間がかかります。

スペックの比較のための知識のストックが必要ですし、
今は必要としてないけど、もしかしたら使うかもしれないという未来の可能性など投資的な視点も必要だからです。

昔はあまりにも下手なので、何を決め手にこの商品をチョイスしたのかメモを残すようになりました。すぐに忘れちゃうので。

そうした練習を経て、予算は大体決まっているんだし、
最終的にはこっちでいいかと、割と気分で選べるようになりました。

あとは、お付き合い関係、この集まりに行くか行かないか。
気がすすまないけど、後で何か不都合なこと言われるのは嫌だなとか。
行った将来と行かなかった将来とを考えてしまうことをしていたのですが、
コロナ禍を契機に、割と決められるようになりました。

すべてがグズグズと決められないわけではなく、

例えば、私の場合は、食べたいものは割とすぐ決まります。

そして、もっと早く決めれる時もあります。
確信はないのに、思わず手を伸ばしてしまうみたいな、
息を吸うように自然にすっと身体が動くときがあるんです。
今までの分岐点になる仕事や知識やスキルの習得がそうでした。

表現は異なれど、似たような経験をされた方はいらっしゃるかと。
この違いはどこからくるんでしょうか?
たぶんね、思考だけで解決をしようとすると、
変なスポットに入るみたいなんです。

未来の可能性をはらむと少し投資の要素がはいってくるからでしょうか。
お金、時間、エネルギー(やる気・モチベーション)を振り分けることになり、得られる利益や効果と、得られなかった場合の不安や喪失を天秤にかけている。
不透明なことを思考だけで考えると、にっちもさっちも行かないんです。

ところで、

私には、師匠と言う方が2人います。
呼吸の師匠と、潜在意識を読み解くカードの師匠。

ふたりとも、同じことを言います。

「豊かになる、と決めればいいだけ」
「楽々スイスイで生きる、と決めればだけ」

「その未来は、とてつもない世界だよ」
「生き方と自己表現の重なりは至福なんだよ」

「決めたなら、将来と同じモードでただやるだけ」
「始めからやり直しになっても、ただやるだけ」

「やめたくなったらやめればいいだけ」

考えてみたら、

不安と欲張りな心があるから、決められない。
頑張ったけど結果がついてこなかったらどうしよう?
頑張れなくて、挫折や失敗したらイヤだ!今更かっこわるい。
やり方を考え続けるの面倒だな。

計算がつかないことを天秤にかけている。
何度も重さを確認して、確認するたびに、
自分で重りをさらに乗せて、身動きをとれなくしてる。

先延ばしにした分だけ重くなり、自分を縛り、決断を先延ばしにする。
そして、先延ばししたことだけでやった気分になる(笑)

思考だけで判断することに不向きな案件はあるんです。
どうせ未来は見通すことが出来ないから、自分のやりたい方向性にかける方がいいと思うようになりました。
人生のオールを自分で握りたいじゃない。

そのためには、自分の身体と心の整えて、バラバラにならないこと。
潜在意識が働きやすい状態でいることなんだと思います。


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