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「バッドエンド×勇者(バッドエンドヒーロー)」 1話 ⚠︎ジャンププラス原作大賞、連載部門応募作品

1話

 勇者になりたかった。
 
 死んで欲しくなかった人が、魔族に殺されたからだ。

 あの人が生きていた頃の言葉や笑顔は、今でも鮮明に思い出せる。

「メリバさん……」

 俺は雨粒が痛いくらい打ち付ける地に伏せながら彼の名前を呼んだ。

 敵を討つはずだったのだ。

 だが、どうしてだろう。
 魔王も倒せず、勇者にもなれず、それどころか不運にも雷に打たれてしまった。
 王城では今ごろ、勇者候補たちが集められているだろう。

「クッ……」

 すでに意識は朦朧としていた。

 司祭だったメリバさんは親のいない俺を教会で育ててくれた。この世界で『黒髪』のガキなんか育てたら面倒なことになるのは目に見えていたはずなのに。

「たしかに人間界で黒髪というのは珍しいです。魔族のようだと言われることもあるでしょう」

 メリバさんが優しく諭してくれていたことを思い出す。

「ですがそれは全員ではありません。わたしのようにシャルのその黒髪が好きという人物もいるのです」

 俺はメリバさんより優しい人を知らない。

「わたしだけではありませんよ。いつかシャル自身を見てくれる人がいるはずです。世界は広いのですから」

 ――生きていてほしかった。
 悔しさが込み上げて目頭が熱くなる。

「俺はまだ……ッ」

 こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。
 そう言葉にしようとしたが、もう声にはならない。動かない体から少しずつ血の気が引いていく。

 まだなにも出来ていない。
 あの日の痛みはなにひとつ報われていない。

 ……。
 その後悔を最後に、俺は意識を失った。

 □ □ □

 気がつくと俺は見慣れた廃墟の教会にいた。
 死んだはずだったよな……?
 そう思い教会内を進むと、ステンドグラスから差し込んだ光が怪しく前方を照らしていた。そしてすぐ俺はギョッとして息をのんだ。

「誰だ」

 講壇に見慣れない人影があったのだ。
 ここは村人は愚か、司祭さえにも見放された教会だ。人がいるなんて有り得ない。

「神に向かって、いきなり誰だとは不躾だね」

 俺はまた息をのんだ。少年のような声が耳元で囁いたのだ。気がつくと講壇にあった人影は消えていた。一瞬で真横に移動したらしい。恐る恐る横に目をやる。
 すると神と名乗ったそいつには――顔がなかった。

「……」
「なになに~! そんなに警戒しないでよ」

 神(自称)はけらけらと笑う。

「毎日お祈りしてくれた仲じゃない」

「でも残念、君は死んじゃいました!
これにて人生は終了でございます。
かわいそうだね、泣けてきちゃうよ」

「なにがいいたい?」
「あらら、タメ口。君、信じてないね? 僕ね、君のことはよぉく知ってるつもりなんだよ」

 顔が無いはずの神(自称)がにんまりと笑ったのが分かった。瞬間、甲高い音で鐘がなる。

「僕が君の人生をダイジェストで教えてあげよう! 君がしらないことも含めてね♪」

 神(自称)は再び講壇に立った。
 同時に脳内に映像が流れ込んでくる。

「メリバの教会が魔族に破壊されてからも君はメリバとの約束を大切にしてたね」
「だから君は廃墟とはいえこの教会を見つけだし、毎日通ったんだよね」
「健気な子がいるなと思ったよ。出来ることなら僕も君を最後まで見守りたかった」
「勇者になって魔王を打ち倒すその瞬間を少しだけ楽しみにしてた」

「メリバに拾われて、同じ孤児たちにも虐められる毎日。だけどメリバのおかげで少しずつ君を受け入れてくれるものもいて、15歳くらいまでは幸せだったね」
「だけど衝撃! 君がメリバに頼まれて隣町で用事を済ませてるあいだに、君の町は襲われた!」
「帰ってきた時には教会はもちろん、町に積まれた死体の山。メリバが死んだ。メリバだけじゃない、みんな死んでしまった! 生き残ったのは君だけだ」
「それからすぐ他の町でも似たような事件が多発した。だから王様が勇者を育てることにしたんだ」
「君は勇者を目指し、そして18歳で落雷により早くも死亡……と」

「だけど、これには君の本当の両親の記載が足らない。君の生まれはなんと驚き魔界なんだってさ」

 知らない景色が流れ込んでくる。暗闇にいる魔族たちが魔物を従え、いやらしい笑みを浮かべている。

「君は魔族に捨てられた赤ん坊だ」

 神(自称)がはっきりと告げた。
 自分が黒髪だから言われているのでは無いことは明白だった。

「メリバは昔、魔界に足を踏み入れたことがあってね。君はメリバが魔界で拾ったんだよ」
「…………なんだよ、それ」

 到底理解できるような内容ではなかった。
 人間じゃない?
 魔族の子……?

 途端に自分の存在が気持ち悪くなって、吐き気が込み上げる。

「メリバさんは知って……?」

「もちろん。だから君にはたくさん嘘をついた。メリバは優しい人間だったからね」

「優しい人間は嘘をつかないと思うかな?」
「あらら、ざんねん。優しい人間だからこそ嘘をつくんだよ。お判りかな?」

「メリバを魔族に殺されたのに、憎むべき魔族の血がまさか自分にも流れてるなんて、君は本当にかわいそうだよ」

 神(自称)は再び目前までやってくると、おもむろに抱きついてきた。

「かわいそうだから、僕が最後に優しくしてあげる」
「毎日お祈りしてくれたことは感謝してるんだ。退屈しなかった」
「だからね、チャンスをあげるよ」

「……」
「もう一度言うよ。僕は神だ」

 神(自称)は俺から離れるとその場でくるりと回転してみせた。

「君を生き返らせてあげる」

「だけど僕も立場がある。君だけに肩入れするわけにはいかないんだよ」

「だから問おう!」

「君はどんな状況でも、その後悔を諦めないと誓うかい?」

 正直、今でも状況を理解出来ていない。
 死んでしまったことですら、まだ納得出来ていないのだ。

 でも後悔したまま死なずに済むというのなら、その道を選ばない理由はない。

「誓います」
「よろしい」

「いいかい? ここから先、起こりうるすべてのことには意味がある。君が見て聞いて考えるんだ」

 神(自称)は意外にもまともなことを言っていた。

「現実に裏なんてない。信じられなくても君が感じたものがすべてだ」

 その言葉を最後に教会は光に包まれた。
 生暖かかった空気が一転し、刺すような冷たさに変わる。

 次に目を開けると俺は、見慣れぬ景色の中にいた。ただ直感でわかる。
 そこは魔界だった――。

 背後には広大な湖が広がっていた。それを取り囲む様に目の前には薄暗い森である。月さえ存在しない、闇が覆う世界。

「ここに魔王が……」

 ここに魔王がいる。
 そう思うと武者震いさえしてきた。

 魔界がなんだ。魔族の血が流れていたからなんだ。俺は復習をするために勇者を目指した。

 しかしあの神様は雷に打たれた傷は治してくれても、それ以外はどうにもしてくれなかったらしい。
 身体中は軋むように痛むし、酷く喉が乾いていた。足元に力が入らない。

 ふらふらになりながら湖の水へ手を伸ばす。これでいくらかましになる。
 手の内の水を飲み干すと、水面に自分の顔が映る。

 青白く不健康な肌と、生気を感じない瞳。見慣れた黒髪も相変わらずだ。

「たしかに、人間ってより魔族がお似合いだ」

 皮肉にもそう言葉にしてしまう。
 だが、それも好都合だ。
 他の魔族にも人間だと疑われずに済む。
 魔界へ飛ばされたなら、内側から魔王の首をとるまでだ。

 俺は生き抜いて、自分自身とメリバさんの為にやり遂げてやる。

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