ドラマじゃない!本当に死ぬかと思った刑事のお話【S県K市への出張編①】
「よし!突入するぞ!」と掛け声をかけて、ドアを蹴り破り、鍵がかかっていればけん銃でカギを破壊し、室内に突入する…
なんて描写は刑事ドラマの王道ですが、実際に刑事として勤務していてもそんなスリリングなシーンに出会うことはなく
「そんなのないってば!ドラマのお話だよ」
と思っていました。
だってそうでしょう?
通りすがりのフリーランスドクターが凄まじい技術で大手術をこなすことなんてあり得ないし、転校先の学校に四天王と呼ばれる美男子がいることだってあり得ません。
全てはドラマ、面白く見せるために脚色された虚構の世界なのです。
だから、刑事ドラマの中で描かれるようなシーンなんて「自分の身に起きるわけがない」と思い込んでいたのです。
そう、あの事件に携わるまでは…
舞台はS県K市…
事件の舞台は関東近郊、S県K市。
ある事件のグループの一人を九州で逮捕し、グループの本拠地がK市にあることを突き止めた私たち。
主犯格の男はK市に住む暴力団員であることも判明しました。
これはもう張り切って捕まえるしかない!
「あーアレだ、お前、とりあえず今日のうちにS県まで行け」
昼飯を食べた後の休憩時間にそんなことを平然と言い放つ刑事課長に軽い殺意を抱きつつ、急いでチケットを手配し、5人1班で羽田にブッとんだ私たちは、夜のうちにS県入りしました。
実は、この事件だけですでに5回以上の関東出張をしていた私は「またかよ…」くらいの軽い、ごく軽い気持ちで捜査に参加していました。
ようやくPASMOも財布に入れたまま使うことに慣れてきたし、乗り換えもスムーズになってきた…
さて、今回は羽田で買うお土産を何にしようかな…と気分が浮ついていたのですが、数時間後には死を覚悟することになります。
K警察署で「死んでもしりませんよ?」と言われる
警察官が他の都道府県で捜査活動に従事する際には『共助』という協力体制を確保します。
たとえば、現地で被疑者を逮捕したら最寄りの警察署に連行したり、翌日の飛行機に乗せるために留置場を借りたりするためです。
また、共助連絡が行き届いていないと「◯県の警察官を名乗る人が訪ねてきたけど、本物かどうか心配」なんて通報されることもあるので、こっそり捜査は好まれません。
さて、S県K市に到着した私たち5人。
K警察署に赴き、捜査の内容や対象を説明することにしました。
「実は、◯町の◯◯ビルに対象が住んでいまして…」
班長がこう説明すると、K警察署の方が返しました。
「チャカは全員持ってます?防護衣はちゃんと着てますか?」
チャカとは、ご存知の『けん銃』のこと。
防護衣とは、鉄板が入ったチョッキのことです。
実際のところ、あまり危ない目にあうとは思っていなかった私たちは、代表1名だけにけん銃を装備させて、あとは全員が普段着でした。
実は、けん銃を持って飛行機に乗るのは非常に厄介なんです。
事前に航空会社に連絡し、搭乗便を指定して許可をもらい、手荷物チェックも普通のゲートを通ると混乱を招くためみなさんが知らないような通路を通されることになります。
ぶっちゃけて言うと「めんどくさいし、1名だけでいいでしょ」という判断でした。
この状況を知ったK警察署の方が言い放った一言が忘れられません。
「そんな装備でそこに行って、死んじゃっても知りませんよ?」
え?なにそれ?
死ぬかもしれないようなところなの?
この一言で、帰りのお土産のことはすっかりとぶっ飛び、羽田で借りたレンタカーの中は異様な空気に包まれました。
屋上で全裸で踊る被疑者…そして訪れる窮地
K警察署で仲間からプレッシャーをかけられるという珍事を経験した私たちは、重苦しい雰囲気の中、目的地へと乗り込みました。
対象が住んでいるビルは繁華街のど真ん中です。
歩いていると奇抜な格好をしたキャッチのお兄さんたちにガンガン声をかけられる始末で、賑わいの中にもアングラな空気が漂う街の雰囲気に、私のテンションはダダ下がりです。
対象のビルを監視するために、道路を挟んで対面するコインパーキングにレンタカーを止めた私たち。
対象の部屋は灯りがついていて、在宅している気配でした。
15分から20分に1回、交代で1名が周囲を歩いて見回りをする決まりでしたが、私の番である異変に気がつきました。
さっきまで交差点のあちこちに散らばっていたはずのキャッチのお兄さんたちが、なぜか1箇所に集まっていたのです。
さらに、レンタカーに戻ろうとすると、背後にキャッチのお兄さん2名が尾行していることに気が付きました。
明らかに尾行されている…
これはヤバイぞ…と思いながら、努めて平静を装ってレンタカーをとめているコインパーキングに向かった私。
駐車料金を支払ってレンタカーに乗り込んだ私は「気づかれてます!」と伝えてすぐにその場を離れるよう進言するつもりでした。
ところが、それよりも先に興奮した他の捜査員から双眼鏡を手渡されました。
「屋上を見てみろよ!」
二つのまなこで双眼鏡を覗くと、そこには驚異的な光景が…
ビルの屋上、しかもフェンスを越えた『縁』の部分で、全裸の男が踊っているではありませんか!
なんていうか、適切な表現がありませんが、阿波おどりみたいな踊りです。
あまりの猟奇的な光景に絶句した私でしたが、窮地はさらに襲い掛かります。
ドンドンっ!
外を見ると、キャッチのお兄さんや黒服、チーマー風のお兄ちゃんたち、合計20人くらいに周囲を取り囲まれているではありませんか!
い、いつの間に…
さらに、ほぼ全員がレンタカーの窓ガラスをドンドン叩きながら
「お前ら、ポリだろうがぁ!」
「なんしにきたんじゃコラぁ!」
などと叫んでいました。
ドアロックを徹底していたのが救いでした。
ドアを開けられたら引きずり出されることは必至という状況です。
「とにかく脱出!」と運転席に乗っていた先輩捜査員がレンタカーを発進!
「うぉらお前らぁ、ポリが人にぶつけるんかコラぁぁぁぁぁ……」
と叫んでいるヤツの言葉が、街にこだましていました。
というわけで、どうにか脱出できた私たち。
さすがにあの人数には勝てないだろう…
捕まっていれば、どうなっていたことかと想像すると、K警察署の方が言っていた言葉の意味がようやく理解できました。
「死んじゃっても知りませんよ?」
たしかに、これは死人が出てもおかしくない街だ…と納得したのでした。
なぜ被疑者は屋上で全裸になって踊っていたのか?
ホテルに到着し、対象のビルよりも高いビルから監視していた別働隊の捜査員と合流した私たち。
別働隊の捜査員は、対象のビルの屋上で起きていた事態の一部始終を見ていました。
屋上にフラフラしながら現れた男が、いきなりフェンスを超え始めたので「やばい、自殺だ!」と思ったそうです。
建物の縁に立った男は、飛び降りるのかと思いきや、おもむろに衣服を脱ぎ始めてたちまち全裸になり、気分が良さそうに踊り始めたとのこと。
双眼鏡で人相を確認したところ、やはりソイツは対象の暴力団員。
奇行を起こした原因として疑われるのは間違いなく『覚せい剤』の影響です。
対象の暴力団員は覚せい剤に関する前科・前歴が多数だったので、まず間違いないでしょう。
なお、別働隊の捜査員は私たちが逃走した後も被疑者を監視しており、数十分後、いきなりバタンと倒れて黒服2名に抱きかかえられて屋上を去ったそうです。
本当に覚せい剤って怖いですね…
撤収命令、そしてリベンジを決意!
当日の状況を報告したところ、刑事課長の判断は「いったん帰ってこい」でした。
S県入りして半日も経たないうちに撤収命令が下されたことになります。
刑事として仕事をしながら、初めて感じた痛い敗北。
私たちは、リベンジを決意しながら、羽田で東京ばな奈を購入して帰県しました…
余談ですが、ちょうどこの時期は、東北の大地震が起きた2週間後でした。
ホテルに戻り、とりあえず一杯飲みに行こうと同僚と外に出た直後、携帯電話が「ファンファン」と鳴り響きました。
緊急地震速報です。
ホテルは都合があって新線新宿駅の近くだったのですが、道行く人全員の携帯電話が鳴るものだから、まるで街頭スピーカーか何かで大音量で鳴らしているかのような状態でした。
さすが東京…と打ちのめされながら、白木屋で飲み明かしたのでした。
次回、S県K市への出張編②では、リベンジに燃えた私たちが、まさに刑事ドラマのような突入劇を敢行したお話を紹介します。