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ONとOFFではない、常に『スタンバイ』だ

誰しも『恩師』と呼べる存在がいるだろう。

私の場合、それは警察学校のある教官だ。

残念ながら、その方はすでにこの世にはいない。

私たちへの教鞭を最後にガン治療のため療養に入り、そのままこの世を去ったからだ。

そんな恩師から教わった言葉がある。

「お前たちに必要なのは、ONとOFFの切り替えではない。常に『スタンバイ』を保つことだ」

警察官の生活にOFFは存在しない

毎日の仕事が終わり、帰宅する。

帰宅途中に本屋に立ち寄り、雑誌やマンガを買って、夜を楽しく過ごすためのスイーツをコンビニで買う。

帰宅すれば、家内が作った夕食をいただき、ぬるめの風呂に長く浸かる。

風呂上がりには、買ってきた本にざっと目を通し、まだ途中だったゲームをする。

もちろん、スイーツは独り占めだ。

ひととおりのんびり感を満喫したと感じたら、明日に備えて寝る。

これが「OFF」だろう。

仕事が終わったら、そこからは自分のための時間。

日中はスイッチを「ON」に入れて真面目に働いているのだから、OFFをどのように過ごそうが誰に文句を言われる筋合いもない。

たしかに、ONとOFFの切り替えが上手であることは、一流の基礎だろう。

真面目一徹で常にONでは面白くない。

かといって、常にOFFではだらしないし、そもそも社会人として成り立たない。

では、警察官の仕事はどうなのか?

勤務時間中がONなのは言うまでもない。

しかし、勤務が終了したからといって、いきなり私人に戻れるわけではない。

つまり、完全にスイッチを「OFF」へと倒すことはできないのだ。


ある休日のことだった。

私は、家族を連れて買い物にでかけていた。

片側三車線の広い国道を走っていると、前方の車が詰まって、渋滞しているのがわかった。

何事かと思って目を凝らすと、交差点の中心に2台の自動車が衝突していた。

まだ事故が発生した直後だったようで、片側の運転手は顔面から血を流したまま、運転席から動けない様子だった。

見過ごすこともできた。

せっかくの休みだ、事故処理は今日の当直に任せてしまえばいい。

渋滞しているとはいえ、5分もあればその場を通り過ぎることはできる。

何食わぬ顔をして通り過ぎ、翌日になって「あそこで事故があったな」と同僚に話せば、負傷者の安否もわかる。

しかし、スイッチを完全にOFFへと倒していなかった私は、マイカーを路肩に寄せて、上着を脱いだ。

家族がもっていたタオルをもらい、まずは負傷者に駆け寄る。

渋滞の中、私服の一般人が事故車両に駆け寄っているようにしか見えないのだから、お節介だと笑われそうなものだ。

近寄ると、初老の運転手はなかなかの大怪我をしていた。

衝突の衝撃から、フロントガラスに前頭部を叩きつけてしまったらしい。

明らかに「ぱっくり」と割れた頭からは、湧き水が出ているかのように血液が流れ出ていた、

「これで押さえて!」とタオルを渡し、運転席から運び出して安全な場所で横になってもらう。

家内に大声で叫ぶ。

「110番してくれ!119番も!」

応急処置をしている間も、幹線道路はどんどん渋滞してくる。

せめて、事故車両があることを知らせなければと、脱いだ上着を旗の代わりに振り回す。

こうすれば、遠い車両からも「なにかある」ということだけは伝わり、車線変更してもらえる。

この間に、負傷者からは簡単に事情を聞いておく。

いつ、負傷者が気絶してしまうのかもわからない。

どこの誰だかを、免許証や車検証だけで確認するのが間違いではないとも言い切れない。

時間が経てば、要らぬ知恵を授ける人も出てくるので、事故の状況を聞き取っておくことも大切だ。

ここまでやって、10分少々。

ようやく、パトカーと救急車がほぼ同時に到着した。

警察官も救急隊員も、一般の人が手伝ってくれたか、はたまた関係者かと思いながら近づいてくる。

当然、警察官は先に気がついてくれる。

「あれ?休みなのになにやってるんですか?」

たまたま通りがかって救護と交通整理をした。

それだけの事情だったが、後日、負傷者の男性からお礼の連絡があった。

「親切な方がいるものだと感謝したが、お休みの日の警察官だと聞いてさらに感心した」

自分に甘くスイッチを「OFF」に倒していれば、この選択はなかっただろう。

私が救護しなくても、おそらく死ぬほどの怪我ではなかったが、負傷者の不安を和らげる手伝いにはなったはずだ。

なお、この日は負傷者の血液で衣服が「まるで殺人犯」のようになったので、そのまま帰宅した。

家族からは批難を浴びたが、夕飯に焼肉をおごるという大人のカードを使って難を逃れた。


社会人経験が浅い人は「ONとOFF」ではなく「スタンバイ」であるべき

なにも、警察官のように人の生命や危険をはからにかけた仕事ではなくてもいい。

「ONとOFFの切り替え」ではなく、常に「スタンバイ」でいることが役立つ場面はほかにもあるはずだ。

OFFは満喫するもの、英気を養うには休養が第一だというのも間違いではない。

しかし、日本には「腰軽い」という形容がある。

なにかあれば気を利かせ、ヒョイヒョイと動き、細かな対応と気配りができる。

こんな気構えが好まれることは間違いない。

社会人になったばかり、あえて縛れば「入社3年目」くらいまでは、スキルの高さよりも腰軽さのほうが評価される場面は多いだろう。

だからこそ、自分が休みの日だからといって、電話を無視したり、電源を落としたり、どうかすれば「自分、休みなので…」とお断りするようなことがあってはならない。

休みは休みなので…なんて甘っちょろい考えは、せめて時給分の働きができるようになってからのセリフだ。

それまでは、社員教育にコストがかかっている状態であり、会社は投資のつもりで給料を払っているのだ。

その期待に応えるには、スタンバイの心構えであるべきだろう。

ハラスメントにうるさい時代ではあるが、厳しさの中で鍛えられてきた人材が成果を残しているのは間違いない。

誰も、センスや運だけで成功しているのではないのだ。

自分を厳しく律して、時には周囲に最大の気配りをして、やがて認められる日が訪れる。

カチカチとスイッチをやたら触りたがる、落ち着きのない言動が許されるのは幼児までだ。

大人はスイッチをカチカチとやたらと触らない。

かといって、常にONとOFFのどちらかに倒しておくことが適切でもない。


あなたのスイッチにも、ONとOFFだけでなく「スタンバイ」を増設してみるといかがだろうか?

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